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くるみは思わずじっとそこに言葉もなく佇んだ
自分の部屋にこんな素敵な人がくつろいでいるなんて
彼が銀の四角いフレームの眼鏡をかけているのをはじめてみた。普段の彼は目が悪く、コンタクトレンズなのだ・・・
そして今は上半身裸なのも、くるみをドキドキさせている要因なんだろう
ドアの前でボーっと立っているくるみを見て、彼はホルダ ーをピシャリと閉じ、それをサイドテーブルに投げ、横に置いてあった真っ白のTシャツを頭から被った
「やぁ・・・麻美ちゃんの部屋で寝るのかと思った、君があんまり長く帰ってこなかったから」
鍛え上げられた胸の筋肉がベッド脇のスタンドの明かりに照らされる
くるみは唾を呑んで、渇いた喉を湿らせた
さっきまで怒っていたのに、まったく今は別の様々な感情に戸惑っていた
「僕が下の布団で寝た方がいいよね?」
洋平は口元に温かい笑みをたたえ、腕を頭の後ろで交差させる、罪の無いのんびりした様子だ
来年の五月の終わりに自分と結婚するなどと、キチガイじみた宣言をした男性とは思えない
彼はゆったりと起き上がって、ベッドの横に敷いてあるふかふかの布団に移動し、くるみは自分のベッドへ登った
くるみの心臓は、長距離ランナーがハードなレースを走り終わった時のように急に激しくドキドキし出した
眠れるかな・・・
クルミの苺のシルクのパジャマは色気も何もなかった、もそもそとベッドの布団の中に入って横になり彼に小声で言った
「もう・・・あんな結婚式の日取りや嘘をついてどういうつもり?」
洋平は、しばらく口を尖らせて自分を睨んでいるくるみを、じっと黙って見つめていた
そして薄気味悪いほど長い沈黙の後、彼はゆっくり眼鏡を外し、体を傾けて眼鏡を黄色のホルダーの上に置いた
洋平の胸で筋肉が波打つのがクルミの視界に入って来た
そして洋平は片手肘をついて寝そべり、手を自分の頭の下に置いてくるみの方を向いた、くるみもベッドの上から洋平と同じ姿勢で片手を頭の下に入れて彼と向き合った
ほんのりとベッドボードの明かりが洋平の顔を半分オレンジ色に照らし、半分が暗闇になる
下の階の親戚を起こすといけないので、自然と小声になる、二人はヒソヒソ話しをしないといけないので自然と顔の距離は近づき、親密になる
「僕の意見言っていい?」
「どうぞ?」
「あの二人長続きしないんじゃないかな」
「私も実はそう思うわ・・・・でも今は妹夫婦の事よりあなたの役所やくどころについて、もう一度話し合いたいの、最初の契約と違わない?」
「君がそう言うなんて残念だな、僕はかなり上手く行ってると思ったのに」
洋平は少し不満そうに唇を尖らした
「ええ・・・お芝居はとても上手だったわ」
くるみは言った
「でも、私の身にもなってちょうだい!家族や親戚の人達みんながあなたを大好きになってるのよ?後で結婚しないと知らせる時どうなると思う?」
ふわぁ~~・・・と洋平が大きなあくびをした
「十日間はあれこれ噂するだろけど・・・そのうち別の噂を見つけるよ」
くるみはまだ眉をしかめて洋平を睨む
「遠い親戚はそうかもしれないわ、でも、両親はどう?母が結婚式の日取りを言い出した時、あなたは同意するべきじゃなかったのよ。来週になれば、母は私をウエディングドレスを見に連れ出すわ
賭けてもいいわ、多分もう神主様と仕出し屋に電話をかけたんじゃないかしら」
しゃくにさわることに、洋平はくるみの喧嘩を買う気はないらしい、眠そうに片目を擦る
「確かに君の言う通りだったね・・・
もうすぐ結婚する気でいるような事は言うべきじゃなかったよ。ごめんね・・・・ 」
素直に彼に謝られて、くるみもこれ以上は怒る気力を無くした
「なぜそうなったのか、わかるような気がするわ・・・・母はこの手の事になると、ゴジラよりすご腕なの、でも結婚すると言った直後にやっぱり結婚しないだなんて・・・どう説明したらいいと思う? 母と口論して麻美の結婚式の日にケチをつけたくないの」
「それはいけない、誠君と麻美ちゃんがちゃんと式を済ませるまで何も言わないほうがいい。それから二人で婚約破棄を告げる一番いい方法を相談しよう、式が終わればゆっくり考える事が出来るさ」
洋平の言い分はどれも理にかなっている
「そうね・・・・大阪に帰ってから母に電話をかけてもいいわ、そうすれば両親は週末中、麻美の事で楽しい気分でいられるわ・・・私の婚約破棄で 大騒ぎする前にね」
「心配しないで何かいい方法を考え出すよ。大阪に帰って一緒に電話をかけてもいい」
「でも、あまり仲のいいフリをすると母はまたすぐに寄りを戻すんじゃないかと期待するわ」
洋平はフムと考える
「そうだな・・・それなら僕が全財産を失ったとか言えばいいよ 」
くるみはガバッと起き上がった
「まぁ!それはだめよ!あなたが急に貧乏になったら、両親は私にあなたの傍にいて支えになってあげなさいって言うに決まってるもの、そうね・・・あなたは儲ける事ばかりに心を奪われて、私はあなたがお金の話ばかりするのを聞くのが嫌になった・・・・と言うわ! 」
「いいかもね・・・・それなら僕に責任を押しつければいいよ。 僕はどうしようもない仕事の虫で、横柄で、傲慢で、 家庭を持てるほど長く一カ所に落ち着いていられないヤツで・・・・てなんか自分で言ってて落ち込んで来た・・・・サイテーじゃん・・・僕って・・・ 」
シュン・・・・と洋平がうつぶせになって枕を顔に埋めている
「ああっ、もう!お芝居の話よ!洋平君、あなたはそんな人じゃないって知ってるわ」
ムクッと洋平が起き上がってくるみを見た
「ねぇ!そっち行っていい?布団なんかで寝るの何十年ぶりだから、明日腰が痛くなりそう」
「それなら私が下で寝るわ・・・キャァ!」
洋平がガバッとくるみのベッドに飛び込んできた
「ちょっと!洋平君!ふざけるのはやめて!」
「何もしないから今夜は一緒に寝て、くるちゃん、う~んお風呂上がりの良い匂いだぁ~」
洋平はくるみを抱きしめ、彼女の頭を腕に乗せたいきなり抱き付かれてくるみの体は硬直し動けなくなった。今洋平に襲われて大声で叫んだら誰か来てくれるだろうか、真剣に考えた
「君のご家族と親戚の巣窟のこの家で何もする気になんか起きないよ・・・・寒いんだよ、くっついて寝てると暖かいんだ、この辺って大阪より寒いから風邪ひきそうだよ!」
クスクス・・・・
「嘘ばっかり!さっきまで裸でいたくせにっ」
「本当だよ!あ〜寒い〜〜」
洋平はわざとらしくガタガタ震えだした
「・・・本当に寒いの?」
「うん(はぁと)」
「それじゃ電気毛布を・・・」
むくりと起き上がったくるみを洋平が再び抱きしめて布団の中に押し込んだ
「やだやだ!起きないで!せっかく暖まった空気が逃げる」
布団をすっぽりかぶせられ、洋平に抱き枕の様にホールドされてくるみは、眉をしかめながら暫くじっとしていた
ボソ・・・
「あ〜癒される〜・・・」
くるみの頭は洋平の上腕二頭筋にすっぽり収まり、洋平の腕枕はとても心地よく・・・
なるほど彼の言う通り二人で布団にくるまっていると、とても暖かい
洋平がくるみの頭の上でフフッと笑った
「さっきの話・・・・金があり過ぎてフラれるというのはおかしな気分だな」
くるみも笑った
「あなたが本物の億万長者じゃなくてよかったわね、有り余るお金を投資する自慢話をしているのに、つまらない人間だと思われるなんて惨めなものよ」
「・・・億万長者には珍しい経験だね・・・・」
再び洋平は大きなあくびをした
大きなコブのような胸筋がくるみの目の前で、膨らんだり、縮んだりしている
「ごめん・・・・これ以上もう目をあけていられない・・・僕はいつもは3時間しか寝ないんだけど・・・さすがに疲れたみたい・・・お説教は・・・・また・・・明日・・・・」
洋平の規則的な寝息が聞こえ出した
くるみの心臓は激しくドキドキしていた、彼の手先が優しくくるみの背中を何度か撫で・・・そしてコトリ・・・と腰に落ちそこからピクリとも動かなくなった
くるみは洋平に抱きしめられたまま、しばらく声も出ず、動くこともできなかった
彼は疲れきっていた
もしかしたら・・・彼なりに今日はとても気を使ってくれていたのかもしれない
この家に辿り着いた時から、彼はとても気遣いが出来る素敵な紳士で・・・・・
次々と到着するくるみの親戚に良くしてくれたし、母の用事も自ら進んで動いてくれた
男性が家の手伝いをするのなんか見たことない母の世代の伯母達に彼の姿はそれは新鮮に映った
その証拠に奈良で初の病院女性経営者で(62歳、独身、現役)の秋山一族の女性権力者、久恵伯母さんまで「洋平君は男にしては感じの良い人だ」とまで言わせたのだ
トクン・・・トクン・・・・
あらら・・・なんだか私まで眠くなってきちゃった・・・
彼の心臓の音が聞こえる
とっても暖かい
誰かとこうして一つの布団で寝るなんて子供の頃にしか思い出せない
やっぱりハグって素敵だな・・・・
人の体温に触れるとα波が出るって本当なんだ
今日一日・・・・彼のおかげで、誠との再会も怯えていたほど心は痛まなかった
誠と一緒にこの家にいる時も、くるみは彼を意識する所ではなく、洋平が親戚一同を次々に魅了していくのをハラハラして見守った
そんなものだから、くるみは誠とのことなどすっかり気にならなくなっていた
そこでおかしくてクスッと笑った今では彼に感謝している
そうね・・・・明日も彼が調子に乗った時に出て来る、嘘八百の億万長者でっち上げストーリが暴走するのを、一生賢明止めなきゃいけないから、私も忙しくなるわ
でも今は・・・・・
このまま彼の腕の中があまりにも気持ち良いものだから
少しだけ眠ろう・・・・
いつのまにか、二人は抱き合ったまま深い眠りについた
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