テラーノベル
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夏休みも、残りわずか。
「……あっつ……」
自分の机に突っ伏しながら、渚が呻く。
「またそれ?」
紅葉が呆れたように言う。
「だって〜……暑いんだもん……」
窓の外では、相変わらず蝉が鳴いている。
「てかさ」
渚が顔だけ上げる。
「宿題終わった?」
「は?」
紅葉の声が一段低くなる。
「いや、そろそろやらないとな〜って……」
「いやいや……もうすぐ夏休み終わるのに……終わってないの?」
「えっと……あはは〜」
誤魔化すように笑う渚に、紅葉は呆れたようにため息をついた。
「はぁ……こはるも終わってるでしょ?」
ふと、紅葉が視線を向ける。
ぴくっと肩が震える。
「え?」
「宿題」
「えっと……そのぉ………」
一瞬、言葉に詰まる。
「……まだ、です」
「え!?」
驚く渚と紅葉。
「こはる絶対終わってるタイプだと思ってた」
「仲間だ!ほらみろ!終わってる方がおかしいんだって!」
「いやいや、普通やってるって」
「…………」
もちろん、いつものこはるなら宿題なんて真っ先に終わらせている。
みんなと一緒に勉強会をしている時は、もちろん宿題を進めていた。
しかし……
花火大会に始まり、みんなで出かけたり、
海に行ったり、女子会をしたり。
楽しかった時間ばかりが、頭に残っていて――
気づけば、机に向かっても、その余韻ばかりを思い出してしまい、
なかなか手が進まなくなっていた。
「……ちょっと、後回しにしてました」
小さく笑う。
「まぁ、珍しいこともあるよね」
紅葉が肩をすくめる。
「陽向とは宿題したりしないの?」
「あいつがやるとでも……?」
「………」
「そういうこと」
ため息が漏れる紅葉。
「よし」
紅葉が勢いよく立ち上がる。
「行くか」
「……は?」
「……へ?」
⸻
雪斗の家。
「……なんでいるんだよ」
扉を開けた雪斗が呆れた顔をする。
「宿題やりに来ましたー!」
手を挙げながら元気よく答える渚。
「どうせ陽向もいるんでしょ?」
後ろから紅葉が言う。
「……いるけどさ……」
「……急にすみません」
後ろで頭を下げるこはる。
「誰もいなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時は図書館に行こうと思ってたから大丈夫」
「はぁ……」
「まぁ……陽向も宿題しに来てるしな……」
困ったように笑う雪斗であった。
⸻
リビング。
机いっぱいに広げられたノートと教科書。
「全っっっっ然わからない!!」
「うるさい!」
渚の悲鳴に、紅葉が即座に返す。
「陽向、違うよ」
「え、どこ?」
「多分全部」
「嘘だろ………」
こはるは、静かに問題を解いていた。
ペンを走らせる音。
少しだけ考えて、ペンをまた動かす。
(……これなら終わりそう)
必死な渚と陽向に、宿題が終わっている紅葉と雪斗があれこれ教えていた。
「あのぉ……雪斗さん、ここ分かんないんだけど……」
渚がノートを雪斗の方へ押し出す。
「どこ」
雪斗が身を乗り出す。
その時、
ふと視界の端に、こはるが入る。
真剣な顔で、ノートに向かっている。
(……まつ毛長いな)
少しだけ、目が止まる。
「……あ」
一瞬だけ、意識が逸れる。
「ここ、こう」
何事もなかったように説明する雪斗。
(……何考えてるんだ)
自分でも分からない違和感。
「あ〜やっとここまで終わった……」
渚が机に突っ伏す。
「もう少しで終わりますね」
先に宿題を終わらせたこはるが、優しく微笑む。
「こうなる前にちゃんとやっておきなよ」
「ぶー」
笑い声が広がる。
⸻
「ちょっとは休憩したら?」
台所から母親の声。
「はい、飲み物持ってきたわよ」
「あ、ありがとうございます」
「みんな偉いわねぇ」
テーブルにコップが並ぶ。
「……終わりそう?」
「あとちょっとです!」
「ん〜時間も時間だし、みんなでご飯食べて行ったら?」
「え、いいんですか!?」
「いいのいいの。おばさん張り切って作っちゃうわよ!」
「やったー!おばさんの料理美味しいんだよね。やる気出てきたぁ!!」
そう言いながら渚は別の宿題に取り掛かる。
「ご迷惑になりませんか?」
紅葉の発言に、こはるも合わせて頭を振った。
「大丈夫よ。紅葉ちゃんもこはるちゃんも、気にせず食べて行ってね」
「それでは、お言葉に甘えて」
紅葉が軽くお辞儀をした。
「お母さん、ありがとうございます」
こはるもお辞儀をする。
「……!」
一瞬だけ、目を見開いた母親。
すぐに、くすっと笑う。
「ふふ、どういたしまして」
そのまま、楽しそうに台所へ戻っていった。
「……?」
雪斗は、少しだけ首を傾げる。
でも、その理由までは分からなかった。
⸻
「いただきま〜す」
みんなが手を合わせる。
ご飯に豚汁にお新香。
ポテトサラダに野菜炒め、鶏肉の照り焼き。
たくさんの料理が並んでいた。
「はいどうぞ〜、おかわりもあるからね」
「ありがとうございます!私おばさんのポテトサラダ好きなんだよね〜!」
「こんなに沢山…ありがとうございます」
渚と陽向が料理に手を伸ばし、紅葉は改めて頭を下げた。
「いいのよ、若いんだからいっぱい食べてね♪」
そう言って再び台所へ消えて行った。
「うっま……!」
一口食べた陽向が、思わず声を漏らす。
「やっぱりおばさんのご飯うまいよな」
「……そうか?」
「美味しい」
「優しい味ですね……」
それぞれに箸が進んでいく。
こはるも、ゆっくりと箸を動かしていた。
温かいご飯。
優しい味付け。
賑やかな声。
そして……
奥で懐かしい音。
自然と、肩の力が抜けていく。
「ちょっと箸休めにどうぞ〜」
台所から戻ってきた母親が、小皿をいくつかテーブルに並べる。
細く切られた野菜スティックと、小さな器に入った味噌。
「そうそうこれ!この味噌が美味いんだよな!」
「陽向くん、昔からよく食べてたものね(笑)」
「いただきます」
自然と、みんなが手を伸ばす。
こはるも、そっと一本手に取る。
少しだけ味噌をつけて――
口に運ぶ。
しゃく、と小さな音。
この場所。
この匂い。
そしてこの味……
どこか懐かしい感覚が、胸の奥に広がる。
懐かしい気持ちに包まれながら、もう一本。
気づけば……
口元へと運んだ野菜スティックを
ポリポリ、と。
途中から手を添えることも忘れて、
口だけで少しずつ食べ進めていた。
「……」
ふと、雪斗の母親の視線。
「……あ」
遅れて気づいたこはるが、ぴたりと動きが止まる。
「……ご、ごめんなさい……!」
慌てて、食べていた野菜を手に持ち、口から離すこはる。
「え?どうしたの?」
きょとんとする渚。
「いや、ちょっとお行儀が悪かったかなって……」
こはるが言いかけた、その時。
「ふふ」
母親が、小さく笑った。
「こはるちゃん、今の食べ方、」
優しく目を細める。
「なんだか、はるちゃんみたいで可愛かったわね」
「……っ!」
一瞬、言葉が詰まる。
「無表情でポリポリしてたしね」
雪斗も見ていたのか、優しく微笑む。
「……え?」
「なにそれ(笑)」
「ついに食べ方までうさぎに!?」
笑う3人。
「……そ、そうですか……?」
少しだけ戸惑いながらも、こはるも笑った。
安心したような、やわらかい表情で。
「ふふ、いっぱい食べてね」
そう言って、母親はまた台所へと戻っていった。
⸻
「……なんか面白いこと言われたな」
雪斗が呟く。
「ぼーっとしてポリポリしすぎました……」
「ぼーっとしてポリポリはウケるんだけど(笑)」
「私見てなかったからもう一回やって」
「嫌ですよ!」
そう言いながらこはるは、もう一度だけ野菜スティックに手を伸ばす。
今度はちゃんと、手で持って。
小さく、かじる。
ポリっ
みんなで笑う。
そのまま、食卓にはまた賑やかな空気が戻っていった。
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