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各階層のフロアを走り、ヒルデガルドたちの待つデッキへ急ぐ。少しゆっくり歩いたおかげもあって、イーリス以外は体力もいくらか戻って来ていた。ダンケンは振り落としてしまわないよう彼女を気遣いながら走り、少し先をクレイグが行く。


しかし、突然、先頭を走る彼は足を止めた。


「……ダンケンさん。様子がおかしくないですか?」


「いったい何がだ? 変なものでも見つけたか」


「見つけたというより、状況ですよ」


その異変にダンケンもようやく気付く。


「そういやあ、避難は各自の自室か、カジノエリアで扉を閉めて待機のはずだ。他の冒険者も仕事を割り振って警備をするよう言っておいたはずだが」


「ええ。説明会でも聞きましたが、誰もいません」


乗客がいないまでも、他の冒険者たちが出払うのは危険だ。護衛対象を置いて、デッキで戦いの加勢に行ったとも思えない。強烈な違和感と、胸の中に湧きあがったざわつきに、クレイグは「先に行ってください」と道を譲る。


「お前はどうすんだ、クレイグ?」


「残ります。おそらく──我々の想像よりも最悪の状況だ」


頭上から降ってくる水晶の塊を砕き、彼は一歩も動かない。


「もう行ってください、悠長なことをしていれば全滅します」


砕かれた水晶が液体になり、元の形を取り戻したとき、ダンケンはなんとも歯痒い気持ちに襲われ、しかし、自分では手の貸しようがない、と背中で疲れ果てているイーリスが「だめだよ、助けなきゃ」と呟くのを無視して走りだす。


クレイグは片腕を高く掲げて──。


「ご武運を! 楽しかったよ、イーリス!」


分かっている。どうせ止めても彼が決して退かないことを。


手を伸ばして、その名を呼ぶ。


「──クレイグさん!」


その声が背に届くと、彼は腕をまっすぐ伸ばして親指を立てる。ダンケンに連れられ、階段を上がるときに、彼の姿は見えなくなる。最後に瞳に映したのは、クレイグ・ウォールという男と対面する、これまでよりも遥かに巨大な魔核を持ったクリスタルスライムだった。決して勝てない相手だ。一人ではどうしようもない、そんな敵を前に彼は果敢に立ち向かった。


一人でも多くの仲間を救うために。


「ダンケンさん、降ろして! クレイグさんだけじゃ勝てない、あいつを倒すには魔導師の撃てる炎が必要なんだ、ボクも残らないと!」


「馬鹿言うんじゃねえ、あのデカいのを見なかったのか!?」


背中で暴れるイーリスを必死に説得しようと力いっぱい叫ぶ。


「お前さんが出来る限界をあいつは知ってる! だから行かせたんだ、残って足手まといになるつもりか!? 同じ冒険者なら、気持ちのひとつ汲んでやれ! そんで、走って、すぐに助けを呼ぶんだ。そうすりゃ間に合うかもしれんだろ!」


そんなことは無理だとダンケンも分かっている。いくら助けを呼びにいっても、誰もが手一杯の状況だ。クレイグが耐えきれるはずもない。動力室にいたクリスタルスライムとは大きさが格段に違うのだから。


それでも行かなければならない。仲間を置いて、怪我人が一緒では、助かるものも助からなくなってしまう。今は走るしかないのだ。


「ちくしょう、ちくしょう……俺が残れれば良かったのに!」


自身のような老兵では役に立たない挙句、怪我までして、いるだけで迷惑になる。そう思えば思うほど悔しくてたまらなかった。思わず目に涙が浮かぶほどだ。背中でわんわん泣くイーリスをなだめることもできずに。


そしてようやくデッキへ繋がる廊下へ来た瞬間、驚きで足が止まった。そこには二匹のコボルトロードが血の海に倒れ、傷だらけで息もしていない姿。それを背に、まっすぐ向かってくる一人の女がいる。


「その魔力はイーリスだな。無事に戻ったのか?」


「あ、ヒルデガルドか……。年甲斐もなくビビったぜ」


「おお、すまない。少し殺気立っていてね」


デッキを振り返り、ヒルデガルドは頬についた血をローブで拭う。


「外はほぼ安全になった。結界も張り直し、乗り込んできたコボルトは群れのリーダーを失って統率が乱れている。もう他の冒険者に任せても大丈夫だろう。……それで、そっちはどうなっている。飛空艇内の状況を知りたい」


二人の様子がおかしいのを察して尋ねたヒルデガルドに、イーリスが「クレイグさんが死んじゃう」と涙ぐんだ声で訴える。ダンケンも慌てて「カジノエリアにバカでかいクリスタルスライムがいやがるんだ」と助けを求めた。


「……そうか。クレイグは残ったんだな」


ポータルを開いたヒルデガルドは、イーリスの背中をぽんと叩いて「すぐに向かう。だが期待はするな」と、単身、クレイグの救助に向かった。


飛空艇内でも何かが起きている可能性が高いと最初から想定していたヒルデガルドは、冷静沈着で、まさしく誰よりも頼りになる存在だ。カジノエリアに踏み入った瞬間、鼻を衝くうっすら漂う血の臭いに、おそらく大勢が既に犠牲になってしまったのだろう、と分析する。そして、未だクリスタルスライムを前に戦う男の姿に感嘆した。


既に片腕を失い、ひどい重傷にも関わらず、クレイグ・ウォールという冒険者は根性ひとつで、猛獣のような荒々しさをもって、めちゃくちゃになったカジノエリアで縦横無尽に立ち回っている。意識などあってないようなものだ。


竜翡翠の杖を手に、ヒルデガルドは懐に飛び込んでクレイグの腰に手を回し、鋭い風を足下に撃ち放つ。クリスタルスライムの追撃を避けながら、一気に距離を取って、息も絶え絶えになっている男をそっと壁にもたれさせる。


「はは、驚きました。まさかあなたが……大賢者様に生きて会えるだなんて。俺はなんて幸せものなんでしょう、片腕を、失くした意味はあったみたいだ」


「これを飲めるか。治癒のポーションだ」


たちまち傷を塞いでくれる便利なものだったが、クレイグはそっと手で押し退けて首を横に振り、受け取るのを断った。


「もう血を流し過ぎています。……すみません」


「……謝るな。君のおかげでイーリスは助かった。だから、」


そっとポーションの入った試験管を傍に置き、到着がもう少し早ければ確実に助けられたのに、と悔しさを滲ませながら杖を携えて彼女は背を向け、クリスタルスライムと対峙した。


「僅かな可能性も捨てるな。──諦めず生きろ、クレイグ・ウォール」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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