撮影が終わり、帰り道。マンションの部屋に着くなり、いふは靴もそこそこに初兎を抱き寄せた。
「……え、ちょっと落ち着いてって」
「無理。今だけは、誰にも邪魔されたくない」
玄関先。脱がせるように腕をまわして、首筋に唇を落とす。
初兎が小さく息を飲んだ。
「……さっきからさ、ずっとイライラしてた」
「なんで」
「初兎が他のやつに笑ってんの、見てるだけでムカついた」
「仕事なんだから仕方ないでしょ……」
「でも俺は“彼氏”だから、我慢すんの限界なんだよ」
言葉の熱に押されて、初兎はリビングの壁に背中を預ける。
そのまま、いふが額をくっつけてきた。目と目が、近い。
「……なあ、初兎」
「……ん」
「お前が誰かに見せる笑顔も、声も、全部俺だけにして」
「わがままだね、まろちゃん」
「初兎には俺しかいないって思わせて」
「……は?」
「全部、俺のもんにしたい。体も、心も、感情も、ぜんぶ」
言葉の一つ一つが、肌に直接触れるような重さだった。
照れとか、戸惑いとか、全部まとめて抱きしめられている感覚。
初兎はしばらく黙っていたけど、そっと、いふの胸に顔を預けた。
「……最初から、まろちゃんだけやって」
「……ほんま?」
「ほんと」
「もう一回言って」
「うるさい。……ほんとに、まろちゃんだけ」
それを聞いた瞬間、いふの腕の力がふっと緩んで、
今度はやさしく、優しく、キスを落とした。
「ありがと。ごめん。だいすき」
独占したい気持ちと、
独占されることに少しだけ安心している気持ち。
その両方が、そっと重なった夜だった。
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