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(何も変わってないのよね……)
深く頭を下げる必要もない。私は彼の主人でもない。それでも、「様」をつけて、私を敬ってくれる彼を見て、変わっていないな、何も。と、懐かしさを感じると同時に、本当に変わっていないのか、私のせいで、成長を止めていたら? とも思ってしまう。さすがに、向上心はあるだろうし、グランツの事だから、今は私の最後の命令を聞いてトワイライトに尽くしてくれているに違いない。じゃなかったら、ぶん殴っていたかも知れないし。
「久しぶり、グランツ」
私は短くそう言った。すると、彼は顔を上げて私を見た。あの翡翠の瞳で見つめられると身体が痒くなってしまうのだ。グランツの表情は相変わらず無表情だから読みにくい。
「久しぶりです。エトワール様、お体の方は大丈夫ですか?」
「身体?うん、大丈夫だけど」
「やつれているように見えます。もしかして、食事をとっていないのでは?」
「……ブライトにも言われた。そんなに私病人に見えるわけ?」
そうきくと、グランツは首を横に振った。でも、口にしたと言うことは、少なからずそう思っているに違いない。社交辞令……いや、決まり文句みたいな、聞くのが普通なのかも知れないけれど、グランツは、私のことをじっと見ながらそう言うのだ。ブライトにも言われたけれど、そんな風に誰からも見て思われると言うことは、かなりやばい状態なのかも知れない。
鏡で見たときはどうともなかったから大丈夫だと思ったのに。
「いえ……そう言うわけではないのですが、妙な噂が」
「噂?何それ」
「いえ、何でもありません」
「ここまでいって隠すことある!?いいなさいよ」
なんて命令してしまったけれど、もう彼は私の護衛では無いのに、何ても思ってしまって、言ってしまった後少しばかり後悔した。でも、出た言葉が戻ってくるわけでもないので、私はグランツを見る。彼は変わらずに、どうするべきかと見つめ返してきた。まあ、大凡分かっていることだし、そんなことまでも噂になっているのかと思うとゾッとする。
ここにリースとトワイライトがいなくてよかったとか思ってしまうのはあれだけど。
「エトワール様が幽閉されているという噂です」
「それって、そのままいわれてた?」
「いいえ…………悪女を捕らえたと。そういう風に伝わってきました。周りの人間の反応からするに、エトワール様のことだと分かりました。勿論、悪女だなんてとんでもないと思いました。そう噂した人間の首を切り落としたいくらいには」
「ちょっと、だから過激なんだって」
グッと拳を握ってそれが本気なんだと、私は慌てて止めた。さすがにグランツもそんなことしないだろうけれど、目を離したら何するか分からないのは今に始まったことではない。
本当に何も変わっていなくて安心する。
私は、そんな安心感と共に、彼に聞いてみたいことがあった。
「そのさ、グランツ、聞きたいことがあるんだけど……」
「何でも言って下さい。俺に答えられることがあるのなら、答えます」
「あ、ありがとう……で、その、トワイライト、ってどんな感じだった?その、私がいなくなってからのこと。アンタに任せて出て行っちゃった……出て行かされたわけだけど、彼女のことが知りたい」
「……っ、そうですね、とくに何も変わった様子はありませんが、時々遠くを見て、ため息をついていました。それはもう悲しげな瞳で。エトワール様のことを思っていたのではないでしょうか。トワイライト様は、何度もエトワール様のことを口にしていましたから」
「そう……元気そうじゃない?」
「いえ、割り切っているようです。人前では、の話です。ですが、心の何処かでは、やはり腑に落ちない点があるのでしょう。顔が暗くなるんです。見るのも辛いくらいに」
と、グランツはいってくれた。グラン継がそう思うのだからよっぽどなのだろう。彼女は物わかりのいい子だから、人前では明るく振る舞っていたに違いない。そうじゃないといけないって彼女は分かっていたから。もし彼女が暗い顔をして、それが私のせいだって知れ渡ったとしたら、何も罪がなくても、聖女を傷付けたとかいちゃもんつけられて、私がまた大変なことになるから……それを分かってのことだろう。考えすぎかも知れないけれど。
でも、妹にそんなかおをさせていると思うと、私はどうしようもなくなって、今すぐに彼女の元に行って大丈夫だからと伝えたかった。其れができないのがとても辛くて、私も胸が痛かった。彼女のことを考えなかった日はないから。
けれど、私はリースの隣にいる彼女を見て、微笑ましいと思ってしまって。会わせる顔がないような気もした。複雑だ。
「ありがとう、教えてくれて。これからも、彼女のことみててあげてね……」
「分かりました。俺は……トワイライト様の騎士ですから」
いいたくなさげにそういって、グランツはキッと前を向いた。そう言えば、彼はまだ二十になっていなかったんだっけ。幼さが残る顔に、真剣な表情が浮かんで、何だか、年の近い弟を見ているようだった。まあ、弟なんていたことが無いから分からないけれど。幼いけれど、大人びている、そんな印象を受けた。変わっていないはずなのに、変わっているようにも見えて、私はまた少し寂しさを感じていた。
そんな風にグランツを見ていれば、彼は何かを思い出したかのようにくるりと身体を向け、アルベドを睨み付けた。アルベドは、なんで自分? というように目を丸くしていた。
「んだよ」
「先ほどみたいなことはしないで下さい。貴方がこと大きくしたせいで、こんなことになっているのですが」
「こんなこととは、何のことだよ」
「とぼけないでください。だから、闇魔法の貴族がたちの悪い奴らばかりだと、話の通じない人間だと思われるんですよ」
「はあ?」
バチバチとふたりの間に火花が散る。本当にこのふたりは相性がよくないなあ、とつくづく思う。それも変わりなかったグランツも注意のつもりなのだろうが、私怨が混ざっている気がして私には、自分から突っかかりにいったようにしか思えなかった。いわなかったら何も起きないのに。
アルベドはガラ悪そうに、グランツを睨み付けると、満月の瞳を陰らせた。彼にとっての地雷を、グランツはよく分かっているんだろう。グランツは貴族と平民の格差をなくしたい。アルベドは、光魔法と闇魔法の格差をなくしたいという思いがある。どちらも素晴らし思想であり、私もそうなればいいと思っているのだが、根本的にあわないのだろう。だから、こんな風にぶつかるのだと。
「ただでさえ、貴方は目立つんですから、言動は控えて下さい。いくら、エトワール様を守る為とはいえ、自身の鬱憤まで晴らそうとして……」
「お前だって今まさにそうだろうが。俺に突っかかる暇あったら、聖女様の護衛に戻れよ」
「……」
「俺が正しいだろ?だから言い返せない」
「ちょっと、アルベドそのいい方は」
私は止めに入ろうと思ったが、ブライトに制止された。ブライトがアルベドの見方をするなんて思いもしなかったから、驚いて思わず「ブライト?」と彼の名前を呼んでしまった。ブライトは、少し険しい顔で「今はそっとしておきましょう」と私を宥める。本当に珍しいことで、この後何か起るんじゃないかとソワソワしてしまう。どうなるかは見守るしかないのだけど、もしかして、グランツに分が悪い? 何ても思いながら彼らを見れば、グランツは、思い詰めたように一言だけいった。
「記憶を改ざんする魔法はグレーなんじゃないですか。禁忌の魔法に触れずとも、それは、グレーに近い。下手したら、何か代償を払わないといけないかも知れないのに」
「グランツ?」
グランツが何を言い出すかと思えば、何の脈絡もないことだった。
けれど、アルベドは彼のいっている意味が全て分かっているようにフンと笑っていた。彼らにしか分からない会話なのだろう。私が入っていけるようなものではなかった。それを見越してか、ブライトは止めただろう。
グランツもたたただアルベドに突っかかっていったわけじゃなかったようだ。でも、突っかかり方が変わっていなかったからぱっと見じゃ分からなかった。
アルベドは、数秒グランツを見た後人差し指で自分の唇を撫でた後、もう一度不敵に笑った。
「さあ、何のことだか」