最初は、ほんの一瞬だった。
鏡に映った自分を見て、思った。
(──誰だこれ?)
頬に微かに残るアザ。
部屋の外に出ようとすると、必ず流れるアナウンス。
「外は危険です。大切な人の指示に従ってください」
そして、“彼”──いふが、笑っている。
「大丈夫だよ。ないこくんは、俺が守るから」
(守る……?)
違う。
これは「守られてる」んじゃない。
閉じ込められてる。支配されてる。壊されてる。
思い出す。夢のなかの、外の空。自由。学校。友達。
──自分を、人間として扱ってくれた人たち。
(戻りたい……でも──いふのこと、まだ……)
胸が痛い。
“好き”が邪魔をする。
それでも、ないこは決めた。
「このままじゃ、自分じゃなくなる」
──だったら、壊さなきゃいけないのは、自分じゃない。いふだ。
第二章 計画
いふは、完璧だった。
記憶改変、薬物管理、監視システム。
でも、ひとつだけ甘かった。
「ないこを愛している」こと。
──その愛が、監視の隙を生んだ。
ないこは、“完全に従順”なふりをした。
笑い、甘え、キスを求め、言葉で愛を伝えた。
そして、ある日。
いふがシャワーを浴びているすきに、
キッチンからナイフを持ち出した。
その夜、いつものように──
「おやすみのキス、しよっか」
と言って近づいたいふの背中に、
そっと、静かに、刃をあてた。
「まろ、ごめんね」
第三章 「好き」の意味
「──殺すの?」
振り返ったいふの顔は、驚きではなく、悲しみに満ちていた。
「やっと、思い出したんだね。
でも、どうして“殺す”選択になるの? 好きなんでしょ?」
「好きだよ。……今でも、好き。
でも、いふがいると、ぼく、自分じゃいられない。
好きな人に、自分を殺されるのが、いちばんつらい」
いふは、すっと目を閉じた。
「じゃあ、いいよ。
きみの意思で俺を終わらせて。
でも──覚えてて。
俺は、最期まできみを“愛してた”んだよ。」
ないこは、涙を流しながら、
震える手でナイフを──
……振り下ろせなかった。
最終章 終わらない檻
目を覚ましたとき、
ないこはまた、あの部屋にいた。
手首には固定具。
そして、部屋の隅で、いふが泣いていた。
「ごめんね……ないこ。もう一回、やり直そう?
今度は、ぜったい“殺したい”なんて思わせないようにするから。
きみを“完全に壊す”前に、やっぱり……もう一度、信じたくなっちゃった……」
そう、いふは“殺される覚悟”をしていなかった。
それでも、ないこを縛ることをやめなかった。
再教育が始まる。また最初から。
でも、ないこも、思っていた。
(次は、ぜったいに……刺し抜く。
たとえ、心ごと、自分が壊れても──)
あのめんどいねこれ!おつもも!
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