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惑星テラ・ノヴァ。
日本側の製油所が「完璧すぎる原油」にどよめいていた頃、供給元である工藤創一は、前線基地(FOB)の司令室で頭を抱えていた。
彼の目の前には、空中に投影された巨大なホログラム——技術ツリーと、生産レシピの系統樹(フローチャート)が浮かんでいる。
それは以前よりも遥かに複雑化し、まるで電子回路の迷路のように広がっていた。
「……えーっと、待ってくれイヴ。
整理しよう。俺が次に目指すのは『化学テクノロジーカード(Chemical Tech Card)』——通称『青パック』の量産だ。
これはいいな?」
『肯定します、マスター。
高度な石油化学、および上位の軍事技術を解禁するためには、このカードが必須です』
「ああ、分かってる。
問題は、その作り方だ」
創一は、青く輝くカードのアイコンをタップした。
そこから伸びる「必要素材」の線が、さらに下位の素材へと枝分かれしていく。
【目標:化学テクノロジーカード】
多気筒エンジン(Multi-Cylinder Engine) x 1
発展基板(Advanced Circuit) x 5
ガラス(Glass) x 5
空のテクノロジーカード(Blank Tech Card) x 5
硫酸(Sulfuric Acid) x 50
「まずここで、お腹いっぱいになりそうなんだが……」
創一は唸った。
これまでの「赤パック」までは、鉄板と銅板、歯車といった基礎的な素材を組み合わせれば何とかなった。
だが、ここからは次元が違う。
「エンジン」に「基板」に「ガラス」に「硫酸」。
物理加工と化学反応が入り混じっている。
「で、この中の『発展基板(赤基板)』を作るためには?」
創一は、さらにツリーを掘り下げる。
【中間素材:発展基板】
銅線(Copper Cable) x 4
電子部品(Electronic Components) x 2
電子基板(Electronic Circuit) x 4
「ここまでは予想通りだ。
だが、この『電子部品』ってのが曲者だ。
緑基板(電子基板)とは別物なのか?」
『はい。より集積度の高い半導体チップの集合体です。
これの製作には、以下の素材が必要です』
【中間素材:電子部品】
プラスチック棒(Plastic Bar) x 4
ケイ素(Silicon) x 2
ガラス(Glass) x 2
「出たよ、新素材ラッシュ……」
創一は天井を仰いだ。
プラスチックは、先日苦労して設置した化学プラントで作れる。
レシピは『石炭 1 + 石油ガス 20』でプラスチック棒が2本。
これはいい。臭いけどラインは組んだ。
問題は『ケイ素』と『ガラス』だ。
「ケイ素……シリコンか。半導体の材料だな。
これを作るには?」
『ケイ素の精製には石英(Quartz)が必要です。
比率は石英 18 から、ケイ素 9 が生成されます』
「で、その石英はどこで掘るんだ?」
『鉱脈はありません。
基地周辺の土壌に含まれる「砂(Sand)」を洗浄し、分離することで得られます。
具体的には、浄水所(Filtration Plant)にて、砂 10 と 水 10 を処理し、石英 6 を抽出します』
「……砂遊びかよ」
創一はガックリと肩を落とした。
工程が多すぎる。
砂を集めて、水で洗って、石英を取り出し、それを炉で焼いてケイ素にする。
それをさらにガラスやプラスチックと組み合わせて電子部品にし、さらに銅線や緑基板と合わせて発展基板にし、最後にエンジンや硫酸と混ぜて、ようやく青パックが完成する。
マトリョーシカもいいところだ。
「しかも、その『浄水所』を作るためにも、また変な素材が要るんだろ?」
『はい。
浄水所の建設には、事前の『ケイ素処理(Silicon Processing)』研究の完了と、以下の資材が必要です』
【建設:浄水所】
鋼鉄梁材(Steel Beam) x 10
自動化コア(Automation Core) x 3
多気筒エンジン(Multi-Cylinder Engine) x 4
ガラス(Glass) x 10
「……はあ」
深いため息が出た。
一つ一つ進めるしかないのは分かっているが、道のりが果てしない。
「これ、日本政府に頼んで、シリコンウェハーとかガラス板とか完成品を送ってもらった方が早くないか?」
ふと、そんな甘い考えが頭をよぎる。
日本には高度な素材産業がある。
わざわざ異星の砂を洗わなくても、信越化学あたりから最高級のシリコンを取り寄せれば済む話だ。
『計算上、それは推奨されません』
イヴが即座に否定した。
『第一に輸送コストの問題です。
工場が必要とする素材量はトン単位です。
いちいち地球から運んでいては、輸送用ゲートのエネルギーコストと時間が割に合いません。
第二にナノマシンによるクラフト効率です。
この工場の設備は、現地で生成された素材データの「紐付け」に最適化されています。
地球産の素材を混入させると、規格調整(キャリブレーション)に余計な手間がかかります』
「要するに、『自分で作った方が安上がりだし早い』ってことか」
『左様です。
それにマスター。
……工場長として、素材からすべて自分の手で作り上げることに、喜びを感じているのではありませんか?』
「……痛いところを突くな」
創一は苦笑した。
その通りだ。
面倒だと言いつつ、この複雑なパズルを解き明かし、ラインが綺麗に流れた瞬間の快感。
それは何物にも代えがたい。
日本から素材をもらって組み立てるだけでは、ただの「下請け工場」だ。
ここは俺の工場だ。俺がルールだ。
「分かったよ。やるよ。
砂を集めて、シリコンを作る。
地道な作業だが、千里の道も一歩からだ」
決意を固めた創一は、早速作業に取り掛かった。
まずは海岸エリアへ向かい、砂の採掘ラインを構築する。
電動掘削機を砂浜に並べ、ベルトコンベアで内陸へと運ぶ。
次に『浄水所』の設置だ。
鋼鉄梁材やガラス(これは石を焼いて作った)をかき集め、巨大なプラントを建設する。
ズドォォン!
現れたのは、円筒形のタンクと配管が複雑に絡み合った、浄水場のような施設だ。
ポンプで海水を汲み上げ、砂と混ぜ合わせる。
ゴボボボボ……ジャラーッ!
泥水の中からキラキラと光る結晶——石英が分離されていく。
それを今度は専用の炉へ運び、高温で精製する。
カシュゥゥゥン……
出てきたのは鈍い銀色の板。ケイ素だ。
半導体の心臓部。
「よし! 第一段階クリア!
次はこれをプラスチックと合わせて、電子部品に……」
創一は基地の中を走り回った。
コンベアを引き、組立機を設置し、インサータの向きを調整する。
だが作業を進めるにつれて、物理的な問題に直面した。
「……狭い」
彼は立ち止まり、周囲を見渡した。
FOB(前線基地)の壁の中は、すでに機械とコンベアで埋め尽くされている。
初期に作った「鉄板ライン」と「銅板ライン」が中央を陣取っており、その隙間に無理やり「化学プラント」や「浄水所」を押し込んだため、動線がめちゃくちゃだ。
いわゆる「スパゲッティ工場」状態である。
「あっちを通そうとすると、こっちが詰まるし、パイプを引こうとするとコンベアが邪魔だ。
……限界だな。
そろそろ改築(リフォーム)して、工場を広げないとダメだ」
創一はマップを開いた。
幸い、先日の大規模遠征と油田攻略により、近隣のバイターの巣はあらかた殲滅してある。
基地の壁を数百メートル外側に拡張しても、防衛上のリスクは低い。
「よし、第二次拡張計画だ。
壁を撤去して、敷地を倍にする。
メインバス(幹線輸送路)を通して、素材の流れを整理するぞ」
大規模な工事になる。
だが、それをやらなければ、複雑化する「青パック」のラインは収まりきらない。
その時。
イヴが新しい提案を投げかけてきた。
『マスター。
工場の拡張に合わせて、物流システムの刷新を提案します』
「刷新?
コンベアをもっと速い奴にするのか?」
『いいえ。
基地の敷地が広がるにつれ、コンベアによる輸送には限界が生じます。
特に遠く離れた油田エリアからの原油輸送、および将来的な鉱山開発を見据えると、より高速で大量輸送が可能な手段が必要です』
イヴの画面に、新しい技術ツリーのアイコンが表示される。
それは蒸気を吐き出しながら走る、黒い鉄の塊の絵だった。
『鉄道(Railway)の導入を推奨します』
「——鉄道!」
創一の目が輝いた。
男の子なら——いや、技術屋なら、誰もが憧れるロマンの塊。
『鉄道技術を研究し、レールを敷設することで、遠隔地から資源を無人で、かつ高速に自動輸送することが可能になります。
パイプラインによる原油輸送は、長距離になると圧力低下や途中での破損リスクが高まりますが、貨物列車によるタンク輸送なら、その問題を解決できます』
「なるほど……!
パイプを延々と引くより、列車で運んだ方が確実か!」
創一は想像した。
荒野をひた走る貨物列車。
満載した原油タンクや鉄鉱石を積み、煙を上げて基地へと帰ってくる姿。
駅(ステーション)で自動的に荷下ろしされ、工場のラインへと流れていく資源たち。
「……いいな。すごくいい。
便利だし、何よりカッコイイ」
工場の主役は機械だが、工場の花形はいつだって鉄道だ。
巨大な質量がレールの上を滑走する姿は、支配領域の拡大を象徴する。
「石油を利用する関係で、油田の近くにも拠点が欲しかったところだしな。
そこまで線路を引いて、資源回収列車を走らせる。
……夢が広がるじゃないか」
創一は拳を握った。
中間素材の複雑さに頭を痛めていたが、新しい目標ができたことでモチベーションが復活した。
「じゃあ次は鉄道か。
イヴ、研究キューに入れてくれ。
青パックのライン構築と並行して、鉄道網の設計も始めるぞ!」
『了解しました、マスター。
研究:『鉄道(Railway)』および『自動化鉄道輸送(Automated Rail Transportation)』を予約します。
必要素材のリストアップを開始……』
「ああ、頼む。
……へへっ。電車か。
日本から新幹線でも持ってこようかと思ったけど、やっぱり自分で作った機関車を走らせたいよな」
創一はニヤリと笑った。
手狭になった基地の壁を見上げる。
この壁を取り払い、線路を地平線の彼方まで伸ばす。
それはこのテラ・ノヴァが単なる「駐留地」から、真の「産業国家」へと変貌するための第一歩だった。
中間素材の樹海を抜けた先には、鋼鉄のレールが輝く未来が待っている。
工場長は再びスパナを握りしめ、複雑怪奇なスパゲッティラインへと立ち向かっていった。
すべては、あの汽笛を鳴らすために。