テラーノベル
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ワシントンD.C.
ペンシルベニア大通り1600番地、ホワイトハウス。
地下にある危機管理センター(シチュエーション・ルーム)の分室は、張り詰めた静寂と、微かな空調の駆動音に包まれていた。
部屋の中央にあるマホガニーの円卓を囲んでいるのは、世界の覇権を握る男たち——そして女たちだ。
大統領ロバート・“ボブ”・ウォーレンは、革張りの椅子の背もたれに深く体重を預け、手元のファイルをパラパラとめくっていた。
「……なるほど。
素晴らしいストーリーだ。
アカデミー賞の脚本賞にノミネートしてやりたいくらいだ」
ウォーレンは皮肉たっぷりに口の端を歪め、ファイルをテーブルに放り投げた。
そこには日本政府から正式に送られてきた回答書——外交ルートを通じた「新木場施設に関する説明資料」があった。
「『ナノマシンによる次世代植物資源促成栽培技術』……だと?」
大統領の言葉に、円卓の向かいに座っていた科学技術政策局(OSTP)局長、アーサー・スタイン博士が重々しく頷いた。
彼はMIT出身の物理学者で、分厚い眼鏡の奥にある瞳は、常に懐疑的な光を宿している。
「ええ、ミスター・プレジデント。
それが彼らの公式見解です。
『遺伝子改良した種子に対し、特殊なナノマシン触媒を用いることで、細胞分裂を劇的に加速させる。
現在実証実験段階にあり、詳細は特許および安全保障上の理由により非公開』。
……実によくできた作文です」
「作文か。つまり嘘だと?」
「嘘と断じるには証拠が足りません。
ですが、科学的常識に照らし合わせればナンセンスです」
スタインは手元のタブレットを操作し、モニターにDNAの螺旋構造図を表示させた。
「ナノマシン技術は、我々アメリカも巨額の予算を投じて研究しています。
ですが現状では、分子レベルで薬を運ぶのが精一杯です。
植物の成長プロセスそのものに介入し、数十年分の成長を数分に圧縮する?
そんなことができるなら、彼らはすでに『神の領域』に達していますよ。
エネルギー保存の法則をどうやってクリアしているのか、ぜひ講義をお願いしたいものです」
「ふむ」
ウォーレンは顎をさすった。
「つまり日本政府は、我々に真っ赤な嘘をついているわけか。
『実は宇宙人がいて、彼らが木材を恵んでくれているんです』と言ってくれた方が、まだ可愛げがあるな」
軽いジョークのつもりだったが、部屋の空気は緩まなかった。
CIA長官のエレノア・バーンズが、冷徹な声で口を挟んだからだ。
「笑い事ではありません、大統領。
問題は彼らが『嘘をついている』ことではなく、
『結果を出している』ことです」
エレノアは証拠品袋に入った木片を、テーブルの中央に滑らせた。
先日、東京の工作員が回収した例の「疑惑の木材」だ。
「スタイン博士。
この木材の分析結果は?」
「……そこが頭の痛いところです」
スタインは眼鏡を外し、疲れたように目頭を押さえた。
「現物は嘘をつきません。
この木片のセルロース構造は、異常なほど均質です。
年輪の幅がミクロン単位で一定しており、自然界の気候変動の影響を一切受けていない。
さらに放射性炭素年代測定の結果は……『0年』でした」
「0年?」
「はい。
つい数週間前——いや、数日前に生成されたばかりです。
それなのに、樹齢50年の巨木と同じ強度と密度を持っている。
これはどう言い訳しようと『急成長させられた』証拠です」
会議室に沈黙が落ちた。
科学的にあり得ない現象。
だが証拠(ブツ)はここにある。
「……つまり、こういうことか」
首席補佐官のダグラスが、要約するように言った。
「日本政府の言っている『ナノマシン説』は技術的には眉唾だ。
現代の科学では不可能に近い。
だが実際に『急成長した木材』は存在している。
ということは……彼らは嘘をついているようで、実は『真実の一部』を語っている可能性がある」
「あるいは、もっととんでもない技術を隠すためのカバーストーリー(隠れ蓑)か」
ウォーレンは天井を見上げた。
「ナノマシンなんて便利な言葉、SF映画じゃ使い古された手だ。
『量子力学』と同じくらい、説明できないことを誤魔化すのに都合がいい。
……だが日本が、あの技術レベルでナノマシンのブレイクスルーを起こしたとは考えにくいな」
「ええ。
もし日本が単独でそれを成し遂げたのなら、彼らはとっくに産業構造を変革し、GDPで我々を抜いているはずです。
木材だけじゃない。
医療、食料、エネルギー……あらゆる分野に応用できるはずですから」
スタインが同意する。
「しかし現に木材だけが大量生産されている。
ここが不自然なのです。
なぜ木材だけ?
なぜ他の分野には出てこない?」
「……そこだよ、博士」
ウォーレンは身を乗り出した。
彼の政治家としての嗅覚が、何かの「臭い」を嗅ぎ取っていた。
「科学者として事実から目を背けるわけにはいかないだろう?
現物はある。
だが理論が追いつかない。
因果関係があるはずだ。
……これはどうだろう?
例えば……『異世界から魔法使いが来た』とか」
ウォーレンの突飛な発言に、スタインはポカンと口を開けた。
「……はい?」
「いや、真面目な話だ。
科学で説明がつかないなら、オカルトか、あるいは『我々の知らない物理法則』が働いていると考えるしかない。
日本政府は魔法で木々を成長させることができる。
まるでファンタジー映画のドルイド僧のように」
「大統領……」
ダグラスが呆れたように諌めた。
「DCコミックの話ですか?
『スワンプシング』でも日本に現れたと?」
「いやいや、ダグラス。
この場合はアメコミじゃない。
日本のサブカルチャーだ」
ウォーレンはニヤリと笑った。
「『ライトノベル(Light Novel)』だよ。
私の孫娘がハマっていてね。
異世界に行って魔法を使って無双する……そういうジャンルがあるらしい。
『Isekai』という言葉は、今やオックスフォード辞典にも載る勢いだそうだぞ?」
会議室に乾いた笑いが漏れた。
だがエレノアだけは笑わなかった。
「……笑い話として片付けるのは簡単ですが、大統領。
あながち、その『魔法』という表現は的を射ているかもしれません」
彼女の冷徹な声が、場の空気を引き締める。
「我々の分析官(アナリスト)が、新木場周辺の物流データを洗いました。
木材だけではありません。
最近、あの施設には大量の『鉄鋼材』や『電子部品』が運び込まれていますが、
それに見合うだけの廃棄物が出てきません。
まるでブラックホールに吸い込まれているようです」
「ブラックホールか。
……魔法のポケットでもあるのかな?」
「分かりません。
ですが一つだけ確実なことがあります。
日本政府はナノマシンという『科学の用語』を使って説明しようとしていますが、
その裏にある現象は、もっと根本的に我々の常識を逸脱している可能性があります」
エレノアはファイルを閉じた。
「ナノマシンは信じて良いかもしれません。
もちろん現物はありませんが。
しかし、それが『我々の知るナノマシン』と同じものだとは思わない方がいい。
あるいは……その技術の出処(ソース)が地球外である可能性も含めて」
「……また宇宙人の話に戻るのか」
ウォーレンはため息をついた。
「まあいい。
とりあえず、今のところは『日本政府の説明を尊重する』という姿勢を見せておこう。
『ナノマシン技術、素晴らしい! ぜひ共同研究を!』とニコニコしながら近づいて、裏でナイフを研ぐ。
いつもの外交だ」
彼はスタイン博士に向き直った。
「博士。
君のチームには引き続き、その木片の解析を続けさせてくれ。
どんな些細な異常でもいい。
『魔法』の正体を暴く糸口を見つけてくれ」
「承知しました。
……ただ一つだけ言わせてください」
スタインは眼鏡をかけ直した。
「もし万が一ですが、
彼らが本当に『ナノレベルの組み立て機械(アセンブラ)』を実用化しているとしたら……。
それは核兵器以上の脅威です。
物質を自在に構築できるなら、食料も燃料も兵器も無から生み出せることになる。
そんな技術を一国が独占することは……世界秩序(ワールド・オーダー)の崩壊を意味します」
「……分かっているよ」
ウォーレンの目が、鋭い碧色に光った。
「だからこそ我々は同盟国として、彼らを『正しく導いて』やらなきゃいけないんだ。
彼らが、その魔法の杖を間違った方向に振らないようにな」
会議は散会となった。
スタッフたちが退出し、大統領とダグラスだけが残る。
ウォーレンはコーヒーを一口啜り、窓のない壁を見つめた。
「……ダグラス」
「はい、大統領」
「日本の総理大臣——ソエジマという男は、どういう人物だ?」
「典型的な調整型のリーダーですが、ここ最近、腹を括ったような強さを見せています。
特に官房長官と経産省のラインが、強力にサポートしているようです」
「そうか。
……魔法使いがいないなら、誰かが魔法のランプを擦っているはずだ。
それが誰なのか、突き止めろ」
ウォーレンは指でテーブルをトントンと叩いた。
「それと、気になる情報がある。
京葉工業地帯で奇妙な噂が流れているそうだ。
『硫黄の出ない原油』の話だ」
「原油ですか?
木材の話とは別に?」
「ああ。
まだ未確認情報(ヒュミント)の断片だがね。
日本がどこからか、極めて純度の高い原油を手に入れたらしい。
……木材に原油。
資源のない島国が、急に資源大国のような振る舞いを始めている」
ウォーレンは立ち上がった。
「点と点が繋がり始めている気がするよ。
魔法の森に、魔法の油田。
……まるで誰かが『シムシティ』か『シヴィライゼーション』でもプレイしているみたいだ」
「ゲームですか?」
「ああ。
資源を掘って、技術を進めて、国を富ませる。
単純だが、現実でやられると脅威だ」
ウォーレンはドアに向かった。
「次のNSCでは議題を変えよう。
『エネルギー安全保障』だ。
日本が隠しているランプの魔人が、何を叶えてくれるのか。
……少し強引にでも、願い事のおこぼれに預かろうじゃないか」
ホワイトハウスの地下室で交わされた会話は、決して表には出ない。
だがアメリカという巨象は、確実にその鼻先を日本の喉元へと向け始めていた。
ナノマシンという仮面(カバーストーリー)は、今のところ機能している。
しかし、その薄い皮一枚の下にある真実を、世界最強の諜報国家が見逃すはずもなかった。
「魔法」か「科学」か。
その定義を巡る議論は、やがて物理的な争奪戦へと発展していく予兆を孕んでいた。
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