テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
三木親子と結城と私のLINEに、“引っ越すことになりました”とコメントが入った。
《実はこのアパートは取り壊しが決まってまして、立ち退かなくてはいけないんです。それで今月末までに引っ越すことになったので、一応、連絡しておきますね》
「三木さんたち、どこに引っ越すのかな?」
「遠くじゃないといいね、歩美ちゃんの学校とかあるし」
私は結城と、スマホを見ながら話していた。
「あのぉ、お引越しの手伝いとか行くんですか?」
日下がやってきた。
「え?なんで知ってるの?」
へっへーとスマホを見せてくる。
「私、歩美ちゃんと友達登録したんですよね。利害関係が一致したので」
「え?」
私と結城は顔を見合わせた。
「つまり、ですね、歩美ちゃんはチーフとお父さんに仲良くなって欲しいし、私は結城先輩と仲良くしたい。そのためには結城先輩にはチーフを諦めてもらって、チーフは三木さんと仲良くなってもらないと…って、意味わかります?」
_____言いたいことはわかるけど
ここは職場だ。休憩中ではあるが、こんな話をする場所じゃない。
「私は仕事に戻るから、あとは二人で勝手にやってちょうだい」
「そんな、チーフ!引っ越しの手伝いは行きましょうよ、三木さんの足もまだ完璧じゃないみたいだし」
三木の足の怪我のことを持ち出されると、そこは拒否できないか。
「そうね、掃除くらいなら手伝えるから。結城くんから連絡しておいて」
「私も行きます!って歩美ちゃんに言っておきますね」
日下は、また参加するらしい。嫌な予感しかしない。
その二週間後。
土曜日の朝から、私と結城と日下は三木家に集合した。
「えー、なんかショボい所に住んでるんですね、三木さんって」
「ショボいって言うな、ここは歩美ちゃんたちにとっては大切な家だったんだから」
結城が言う通り、ここは三木親子にとっては亡きお母さんとの思い出の詰まった場所だ。
部屋に飾ってあった奥さんの写真も、このアパートの前の公園で撮られたものだったし。
「そうかもしれませんけど。私はこんなアパートに住む男性って、ちょっと…」
「ちょっと?何がいいたいの?日下さん、帰っていいわよ、邪魔!」
日下の、なんとなく三木を見下したような言い方が癪に触った。
「えっ、帰りませんよ、先輩とチーフを残してなんて」
そう言うと、階段をさっさと上っていった。
「おはようございます!三木さん、歩美ちゃん!」
「ホントに来てくれたんですね、みんな」
「はい、大した役には立たないと思いますが」
「いえいえ、よろしくお願いします」
部屋にはもうたくさんの段ボールが積まれていた。食器、衣類・歩美、衣類・優、本、と書いてある。
「この箱は、私が詰めていくから」
歩美が持ち出した箱には“お母さん”と書いてあった。親子の思い出の品を詰めていくのだろう。
「えっと、じゃあ、俺はこの上の棚から片付けていきますね」
結城はヒョイと立ち上がって、脚立もなしに棚から物を出してくる。
「こんな時、身長が高いといいね。結城君はモテるんだろうね」
三木が見上げるように結城を見ていた。
あと少しというところになって、荷造りのペースが落ちてきた。きっと三木と歩美はこの部屋で暮らした何年もの時間、ここで紡がれた家族の思い出までも、箱に詰めようとしているのかもしれない。
歩美が、ファイルから何か書類のようなものを出して眺めている。ニコニコしてるように見えるが、泣いてるようにも見えた。
「歩美ちゃんそれなぁに?」
日下が話しかける。私は結城と一緒にキッチンの棚の掃除をしていた。
「うふふ、通知表なんだ、1年生の時の、私の宝物」
「すごくいい成績?オール5とか?見せて見せて!」
「違うよ、そんなんじゃないけど…いいよ、お姉ちゃんになら見せてあげる、はい」
日下は、開かれて渡された通知表をじっと見ていた。
「これ…もしかして…」
「そうなの、お母さんが書いてくれた通知表のお返事」
担任からのその学期の報告、それからその返事のお母さんからのコメントがあった。
【一学期】
担任:友達とも仲良く過ごせています。係の仕事も率先してやっていますし、宿題もきちんとしてきて忘れ物もありません。とても頑張っていると思います。
保護者:歩美は楽しそうにしてますか?無理してないでしょうか?頑張らなくていいよと言ってあげてください。
【二学期】
担任:係でお世話をしていた金魚が死んでしまったことで、お友達とトラブルになった時、指導が行き届かず申し訳ありませんでした。
保護者:歩美は、いつかわかる時がきます。今はまだ幼過ぎて理解できなくても、命というものについてきっと、自分なりの答えを見つけると思います。
「ねぇ、この金魚の話、聞いてもいい?」
「これ?あのね、金魚が死んじゃった時、男の子がね焼き魚にしちゃえって言ったの。人間だって死んだらそうするんだからって。私、頭に来てその子を突き飛ばしちゃった。そしたら怪我して、その子のお母さんがめちゃくちゃ怒って…、ね、お父さん!」
「あったなぁ、そんなことが。怒鳴り込まれましたよ、この部屋に。でも寝ていた佳奈美《かなみ》を見て、いきなり自分の息子をボカンと殴ってたから、びっくりしました」
「で、泣いちゃったんだよね、その子」
「あらら、それは大変。で、今は?」
「今?今もお友達だよ、仲直りはどうやったかおぼえてないけどね」
「歩美ちゃんのお母さんって、ものすごくちゃんと、歩美ちゃんのことを見てくれてたんだね?うらやましくなっちゃった」
「でも、死んじゃったよ」
「あ、ごめん…」
日下は、何かを思い出しているようだった。そういえば、日下から家族の話は一度も聞いたことがない。履歴書の家族構成にも記載がなかったような記憶がある。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!