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この時日下は、自分の母親のことを思い出していた。男に媚を売り依存して執着して、娘のことなんて視界にも入っていなかった母親のことを。
色んな男の人がうちにやってきていた。その時の母親が一番嫌いだった。真っ赤な口紅とキツい香水で、娘にお母さんと呼ばれることを拒否しているようだった。
ふられたと言っては泣き叫び、好きになったと言っては濃い化粧をする。そのどちらの時も娘を邪魔にした。
結局死ぬまで娘(日下千尋)の父親のことをおしえてはくれなかった。もしかしたら母親自身もわからなかったのかもしれない。
そんな母親のようにはなりたくないと、必死で勉強して女としてのスキルも上げて、男なんてものに振り回されない人生を生きる、それが日下の目標だった。結婚するまでは色んな男と付き合っても、本気で好きになるのはたった一人だと決めていた。
そして見つけたのが結城宏哉だった。
日下は、『私は母親のようにはならない』あらためてそう決意したことを思い出していた。
引っ越しの掃除の手を止め、結城も話に入る。
「日下さんも家族が欲しくなったとか?三木さんと歩美ちゃんを見てたら、そうなるよね?俺も早くチーフと!!」
そう言ってこちらを見る。
「ホントにごめん、ハッキリ言うけど結城君を結婚相手として考えたことないから」
「あ、じゃあ、男としては?」
「ごめん、それもない。あなたには私なんかよりずっといい女が寄ってくるでしょ?そこにいる日下さんとか」
「え、無理…」
「無理ってなんなんですか、せんぱーい!」
「だって、ちょっといい男なら誰でもよさそうじゃん?日下さんって」
「違いますよ、私が本気で好きなのは結城先輩だけなんです。何回言わせるんですか?」
「だって、新田さん…」
「それはあまりにも私のことを見てくれないから、わざとです。何かそういうことをしたら私のことを見てくれるかなって」
「そうなの?」
「そうなんです。でもちっとも私を見てくれない!」
「ごめん、俺はやっぱりチーフのことしか考えられないから」
_____なんだこの、一方通行のベクトルの相関図は!
「とにかく私は、堅実な人と堅実な結婚をして家庭を持ちたいの。その相手が結城君だとはどうしても思えないの、ごめん」
「だから、お父さんを薦めてまーす」
楽しそうな歩美の声。
「歩美、恥ずかしいからやめて」
真っ赤な顔をしてくしゃっと笑う三木優その笑顔に、私まであったかくなった。
「あーっ!チーフ、今、三木さんのこと、見てましたよね?いい感じで」
結城が叫ぶ。
「いいじゃないですか、先輩!お似合いだと思いますよ、チーフと三木さん」
あと少しの片付けが、なかなか進まなかった。