テラーノベル
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「ほら、飲み会の日。日下がお前の卵焼きを食ったことがあるって言ってたの、覚えてないか? 俺、あん時、日下のこと、すげぇうらやましいって思っちまったんだ」
「うらやましい……?」
「俺も……小笹が作った卵焼き食いたい! ってな?」
「うそ……」
「嘘じゃねぇよ。ま、とにかく……俺はお前が思ってるよりずっと前からお前のこと、気にしてんだよ。けど……お前のほうはそんな俺に巻き込まれる形になっちまってて……まだ気持ちに整理がついてないだろ?」
問いかけに、瑠璃香は答えられなかった。
実際、新入社員歓迎会の翌日、目が覚めたら真っ裸で見知らぬ部屋にいて……〝どうやら致してしまったあと〟みたいで……どうしたらいいか分からないうちに、晴永に絡め取られていた。
彼に巻き込まれたと言われればそうかもしれないとも思えたし……、でも……ある意味自業自得の部分が多いというのも分かっていた。
なのに晴永はそこを盾に取らず、まるで自分だけの責任みたいに言ってくれる。
「色々周りから固めといて今更って思うかも知んねぇけど……急がなくていい……」
そこで瑠璃香の顔を真正面からじっと見つめた晴永から、言い聞かせるように続けられる。
「俺は待つって決めたから……」
「……でも……」
「俺たちのこの関係を周知する云々は……お前の気持ちがついてきた時でいい。――それまでは、俺が全部盾になる。心配するな」
婚姻届や契約書まで書かされている。何ならなまこを餌に同居までしている仲だ。そのことに関しては瑠璃香の両親にちゃんと説明に行くと言いながら、この期に及んで婚約してるだろ? 的なことを言ってこない晴永が、なんだか不思議に思えた。
仕事の面では理詰めの鬼課長なのに、どこか詰めが甘い。
けれど、発せられる言葉のすべてが……彼にとっては相当の覚悟をはらんだ、決して軽いものではないことだけは、はっきりと伝わってきた。
むしろ晴永の言動すべては、瑠璃香のためだけを思って発せられているようにしか思えないくらいで……。
「……でも……それだと、晴永さんにばかりご負担が……」
瑠璃香がそう告げると、図星だったんだろうか。
一拍。――晴永は視線を外し、少し間を置いてから、穏やかに答える。
「忘れたのか? 俺はお前の直属の上司だ。部下を守るのは当然だろ」
「……部下……」
なんだかその言葉がちょっぴり線引きされてしまったみたいで悲しいと感じられてしまって……思わずつぶやく瑠璃香に、気付いているのかいないのか。晴永がふっと吐息を落とすと、どこか甘い声音で「それに……」と続けるのだ。
「それに……正直な話をすると、婚約者としてお前のことを守れたら……とも思ってる。……ダメか?」
思うのは自由だろうに、最後に問いかけるような口調を混ぜてくるところがなんだかズルい。
その瞬間、瑠璃香の胸がどくんと鳴った。
鬼上司然とした彼には似合わない、不安を含んだ表情。
そのギャップが、瑠璃香を混乱させた。
(……可愛い)
凪川 彩絵
#独占欲
無意識に浮かんだ感情に気づいた瞬間、激しく動揺して……瑠璃香は思わず視線を逸らせる。
「……は、晴永さんが……勝手に思うのは……ダメじゃ……ないと……思います、……多分」
自分でも何を言っているのか分からない。
思考が追いつかなくて、頭の中が真っ白になる。
その言葉に晴永が息を呑むのが分かって、それがなんとも気まずい。
だが、次の瞬間、
「――小笹」
ふっと空気を切り替えるように、晴永が呼び方を会社モードに戻してしまう。
それを寂しく思って晴永を見上げたら、きりりとした上司の顔をした晴永がそこにいた。
コメント
1件
なんか課長すごくかっこいいよ!?