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白いぼうし
あまんきみこ
一
「これは、レモンのにおいですか。」
ほおをなでる風も、のせる車も、みんなレモン色に見える気がするほど、そのにおいは、つよく、すっぱく、そして、あまかったのです。
タクシーの運転手の松井さんは、後部座席にのせた、大きな夏みかんを、バックミラーで、ちらっと見ました。
「いいえ、夏みかんです。私が田舎の、おふくろから、もらったばかりのね。あまり、いいにおいなので、お客さんにも、かぎたいと思ってね。これ、早生(わせ)みかんじゃありませんよ。去年の実が、今まで、木になっていたんですよ。」
「へえ、そうですか。」
二十代とおぼしき、しゃれた身なりの男の客が、身を乗り出しました。
「すると、冬のあいだも、あの寒い風に、吹かれていたんですねえ。」
「ええ、そうです。ですから、よく、実がしまって、すっぱいんです。これから、知人のところへ、おみやげに、持っていくところなんですよ。」
松井さんは、うれしそうに答えました。
車は、大きな、四つかどの近くに、さしかかりました。
その角の、小さな空き地には、まぶしいほどの、五月の風が、吹き抜けていました。
その風の中に、小さな、白いぼうしが、ぽつんと、落ちていました。
「おや、ぼうしが落ちている。」
松井さんは、スピードをゆるめました。
「おや。動いたな、あれ。」
男の客も、窓から身をのり出しました。
白いぼうしは、まるで、生きているように、ひらひら、ひらひらと、風に、ゆれていました。
「待ってください。だれかが、いたずらで、おいたのかもしれません。ちょっと、見てきます。」
松井さんは、車を、道路のわきに、止めました。
一段落 終わり
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