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『は〜…、久々の実家。良かったけど疲れたな。』
1ヶ月ほどの実家帰省も終えて、1ヶ月ぶりに東京に帰ってきた。上のお偉いさんたちには休みを伝えていたがAMPTAKxCOLORSの面々には特に何も言っていなかったので、東京を出て数日程であっきぃやちぐから連絡が来たのは意外と早かったなと言う感想だった。先に言えと怒られたがまぁ以前も休んだことがあるし問題は無いだろうし、逆に心配していたぷりちゃんからはこの1ヶ月1度も連絡をよこさなかったので漸く冷静になれたのだと安心して帰ってこれた。ぷりちゃんは俺が少しの外出でもひとりで行動していたら拗ねていたものだが、1ヶ月も耐えれたのなら少しは俺と適切な距離を取れるだろう。明日は事務所に顔を出す予定だし、今日は自宅でゆっくりしよう。そう思って自宅の扉を開ける。中に入って防犯のために鍵を閉めた。
「遅かったな。」
ゾッと背筋が凍った。
先程まで気配がなかったし、電気も付いていない自宅にまさか人がいると思わないだろう。しかも俺が扉を開けてから中に入って鍵を占めるまで一言も発していない。明らかにおれが逃げられない状況を作り出していた。
この聞きなれた声はぷりちゃんだ。でも普段と様子が違う。思考よりもはやく危機感が逃げろと叫んだ。その本能に従って閉めたばかりの鍵を開けようとして。
《ダァン》
『、は?』
一拍置いて何が起こったのかの把握のために顔を上げる前にもう1回ダァンッ!!と音がして方が跳ねる。俺を囲むように両手が扉を抑えていた。すぐ後ろにいる。振り向けない。何が起爆剤になるか分からなくて俯くことしか出来ない。
「なあまぜ太」
久しぶりにちゃんと名前を呼ばれたなと思った。今までは甘さでとろっとろになった声色だったから、みんなに騒がれるし普通に呼べよと何度言ったのかわからない。でも今この状況では冷や汗が増すだけだった。
扉から右手が離れていくのを横目で見つめる。拘束が片腕になっても逃げ出せるわけが無い。今動いたらなにかされるんじゃないか、というぷりちゃんは俺に惚れてるから大丈夫、なんて余裕はなかった。
「『待て』だよな」
『……、』
「この1ヶ月。『待て』させられてたんだよな」
『……』
「じゃあちゃんと命令しなきゃ駄目だろ」
右手でするりと髪を撫でられて体が大袈裟に跳ねた。普段だったら馬鹿にされるであろう怯え方もぷりちゃんは一切笑わなかった。それどころか俯いている俺の項を親指でツゥ…となぞられて身体が震えた。恐怖と普段秘められた場所をあらかれることに対する感覚によるものだ。
「まぜ太」
『……は、ぃ』
「命令してないよな」
『……はい』
「待てって、一言でも言ってたら。ちゃんとできたのに 」
『ッ……』
もしかして。もしかしなくてもおれはとんでもない間違いを犯してしまったのではなかろうか。物理的に距離を取れば大丈夫?そんなわけが無い。この男の執着心を俺は理解してなかった。せめて事前に伝えておけばこの事態は避けられたのだろうか。いや、そんなこと考えたってもう遅い。俺は間違えた。それだけが事実だった。
「躾にはご褒美がセットだよなぁ」
『ぃ、ひ……っ!? 』
べろり、と項に熱い感覚がした。きっかけを作ってしまったと後悔しても何もかもが遅い。熱い感覚が離れればすぐに熱が引いて冷たくなるが、それを許さないとばかりに再び舐められる。初めての感覚に肌が栗立った。これが普通の男ならただの愛撫で済ませただろう。だが俺の背後を取っているのは躾に失敗して何をしでかすか分からない男だ。そんな相手に生き物としての急所を捕らえられている。呼吸が浅くなって体が震え出すのは当然だった。
『は、は、っ』
「まぜ太、こわい? 」
『っふ、ぅゔ……』
「大丈夫、まだ噛まねぇよ」
『ひ……』
まだ、という言葉に過剰に反応すれば首筋で笑う気配がした。いつ噛まれるか分からない恐怖。今はまだ舐められてるだけ。でも次の瞬間には歯が立てられているかもしれない。本気で噛まれたら死んでしまうかも。ぷりちゃんに殺される。死にたくない。死の恐怖と後悔がぐちゃぐちゃになって頭を支配した。いっそ涙が出てくれればまだ縋れるというのに、恐怖に支配された身体は泣くという行為すらできないでいる。涙という感情発露よりもすぐさま逃亡できるように身体が優先されている。
「……、」
『やっ、ぁ゛……ッ 』
「は、んふ、ははっ」
あぐ、と柔く、本当に軽く牙を突き立てられた。ただそれだけなのに悲鳴のなり損ないのような嬌声が真っ暗な室内に響く。ぷりちゃんは愉しそうに笑っていた。遊ばれている、そう理解しても何もできやしない。だって声は笑っていてもぷりちゃんははずっと怒っている。今のこいつは言動の根本にと執着心があった。
不意にぷりちゃんの右手が俺の腹を撫でる。服の上からだったけど、意識外のそれは如実に体の反応として出てしまう。声をかみ殺す俺に無言でぷりちゃんはこれの身体を摩っている。臍のすぐ下辺りまで手が降りてきたかと思えば、トン、トン、と優しく指先でその場所を叩かれた。何度も、何度も。何かを理解させるように。
『……な、なに……』
「んー……」
『っねぇ、ぷりちゃん、なにしてんのっ……』
「は。わかんねぇの、まぜ太ぁ 」
『ゎ、かんな、ぃ……』
「ほら、よく考えてみ?」
時折項を舐めながらぷりちゃんはそんなことを言う。恐怖で支配された人間が、この状況をまともに思考できるわけがないと理解していながら。必死にぷりちゃんの言葉に縋ろうとぐちゃぐちゃの思考を手繰り寄せた。お腹、臍の下あたりをずっと刺激されている。何もわけがわからないのにトン、トン、と優しく叩かれる度に俺の身体もびくりと跳ねて。何も考えられなくなるからやめて欲しい。
数秒頑張ってはみたがすぐ首を横に振って助けを乞うた。ぷりちゃんはお仕置とばかりにまた軽く首を噛んで、そのせいで微かな嬌声が出て。きゅう、と喉からセルロイド人形のような悲鳴が洩れた。
「はは、なあまぜ太」
『……、』
「ここまで入るな」
『ぇ……』
「なあ」
『な、…にが……』
「なんだろうな」
すりらと優しく臍の下を撫でられる。ここまて、入る?……わからない。何も理解したくない。頭は真っ白で何も分かってないのに身体は理解しているかのように震え始める。
足に力が入らない。それでも立っていないと何をされるか分からない。
「そんなにおびえんなって。酷いことはしないから」
現在進行形で酷いことをしているくせに。そう思
ったけど、確かにぷりちゃんは酷いことをしているわけじゃない。暴力を振るわれたわけでも暴言を 浴びせられたわけでもない。ただ項を甘噛みされて、お腹を撫でられているだけ。酷いことなんて なにもない。拘束されているといっても俺が暴れれば逃げ出せる程度のもの。力は優しく、無理や りされていることなんて、なに一つない、のに。
「ここは、恋人になってから。な?」
その言葉がなによりも恐ろしいのは何故だろう。
ガチ、ガチ、と不快な音が耳元でして、その音の 発生源に耳を澄ますと自分の歯が震えて鳴ってい る音だった。そういえば顎にも力が入らない。自分で制御ができないほど震えていた。寒さなんて感じていないのに。
ああでも、恐怖でも歯が噛み合わなくなるんだっけ。やけに冷静な思考は現実逃避でしかなかった。
「まぜ太、お前躾向いてないよ」
そう男が背後で笑う。
俺が躾をしていたはずだった。けれど、それはなにもかも間違いで。手綱を握れていたと思っていたけれど、それはぷりちゃん自身がただ手綱を差し出しているのを握れていると勘違いしていただけだったのだろうか。
今更間違いに気付く。でも後悔しても遅い。どうしてこうなったんだと喚きたくても背後にいる男は必然だと笑うだけだろう。
「俺と恋人になって、まぜ太」
有無を言わさないその言葉に。
首が落ちるように、震える身体で頷けば。 途端に感じた項の鋭い痛みに、か細い悲鳴を上げることしかできなかった。