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ローザリンデは四人一人一人と目を合わせて微笑みながら、続きを語る。
「ですから、ハーゲンにはいっそ傀儡の王になっていただこうかと考えましたの。腰を振るだけの、実権なき王に」
どろりと毒が滴り落ちる。
ひゅっと息を呑んだのは、誰だろうか。
王様稼業は面倒と言ったその口で、王になる心積もりはあると言うのだ。
複雑な心の内を、彼らはきっと私よりも正確に理解しているに違いない。
「大きく足を踏み出してしまっても、貴男方のように。全速力で元の場所に戻って、丁寧にやり直しをできる者ならば、私も。慈愛であれば辛うじて捧げられましょう、けれど。ハーゲンが足を踏み外すのは、今回だけではないと、貴男方は御存じでしょう?」
四人が目を伏せた。
それぞれ違う件を思っているようで呆れる。
どうやらハーゲンは、想像していたよりも屑だったらしい。
「貴男方が今を歩み始めてから、幾度ハーゲンに諫言いたしましたかしら? そしてハーゲンはその諫言を何度素直に聞きまして?」
「……一度も」
クサーヴァーの短い言葉から絶望が知れる。
私が助言する前に、クサーヴァーはどうやらきちんと忠言を捧げていたようだ。
だからこそ、私の言葉に過剰反応したのだろう。
理解し、言葉にしてくれる者がいるならば、自分はまだ耐えられる、と。
「僕もだ。聞き流されるんだよ、何を言っても」
「耳に心地良い言葉だけしか聞かない。いいな、それ! を最後に聞いたのは、あの女に囚われる前だったと記憶しているが……」
「リンデを王太子妃に礼節を持ってお戻しください! だけ、ですね。しかも礼節は守られなかったようだから、やはり聞き届けられなかったと判断すべきかもしれません。残念、ですが」
深い溜め息はイェレミアス。
目を閉じて記憶を辿ったのはユルゲン。
唇を噛み締めたのはヴァレンティーン。
王に見切りをつけたからこそ、懸命の努力を続けられるのかもしれない。
結束が固い可能性は大いにある。
ローザリンデや私への期待が高いのは無理からぬこと。
支え切れぬ者への絶望はさぞ深かろう。
そこから逃げようがない現状であれば、死なば諸共でクーデターすら考えそうだ。
「フラウエンロープ家は、私の意思を尊重してくれますわ。側室の選出もすんでおりますのよ?」
「系譜の者をとお考えか?」
「いいえ。フラウエンロープ家は代々国に仕えて参りましたわ。今回の一件で、両親が驚くほど怒っておりますの。私とハーゲンの仲が良好であった頃は、王族への忠義もあったようでございますが今は、もう……ですから、系譜の者は一人もおりません。対立している家と中立の家から五人ほど」
「五人、か……今のハーゲンならば喜ぶのだろうな」
「だよね。ローザリンデ様を最上位に立たせるのは必須って頭はあっても、唯一にされるつもりはなさそうだったからなぁ。僕、そこにも幻滅してるんだよね。魅了に囚われていたからって、もどきは唯一にしていたのにさ」
「ええ、もどき以外誰一人として、閨にすら侍らせませんでしたからね」
一夫一婦制が当たり前の世界にいたが、側室制度も理解はできる。
自分の夫ができすぎた人物であるので、優秀な女性に種だけでも! と懇願されたら快諾してしまいそうだ。
あり得ない妄想はやめましょうね、麻莉彩。
速攻で咎められたが、夫には安心してほしい。
どんなに優秀な女性であったとしても、夫が望まない限り、私は許さないのだから。
当然ですよ。
ローザリンデ嬢に共感したのは理解しておりますから、怒りはしません。
……拗ねるだけです。
拗ねている夫を想像する。
ベッドへ引きずり込まれない現状だからこそ、呑気にできる想像だ。
表情が緩んでいたのだろう。
ローザリンデに微笑まれた。
「ふふふ。アリッサ様も同意いただけますかしら」
「……ローザリンデが戻ると決めたのだから、王がそこまで愚物だとは思っていなかったわ。王が優秀であればハーレムも、まぁ理解したけれど。愚物ならむしろ断種かしらね。ローザリンデが逆ハーレムを築く方が理にかなっていると思います」
「逆、ハーレム……」
何かしらの琴線に触れたらしいイェレミアスの目が輝いた。
彼ならば喜んでその一人にと名を上げそうだ。
「女王となるならば、王配以外にも必要かもしれませんわね」
「あぁ……リンデ。貴女は、その王配にすらハーゲンを選ばないつもりなんですね?」
ヴァレンティーンが何かを振り切るような色を湛えたままで問う。
ローザリンデは微笑を一層深くした。
「ローザリンデ嬢が望むのならば……貴女を唯一の主として護衛を仕るまででございます」
椅子から降りたユルゲンが、ローザリンデの足元に傅き、そっと手を取った。
ローザリンデは手を振り払わない。
恭しく口づけが落とされた。
神聖な儀式のようだった。
ローザリンデの背後には後光すら差している気がする。
「許しましょう。今後は私の護衛長となりなさい」
「は!」
「クサーヴァー」
「は、はい!」
「貴方は王妃付きの執事となりなさい」
「わ、私が、で、ございますか?」
「ええ。貴方以上に信用できる執事はいないわ。貴方がならぬならば私は信用できぬ者を執事とせねばなりません」
聞いている私ですらぞくぞくするのだ。
クサーヴァーの喜びはどれほどのものだろうか。
「はい! ありがとう、ありがとう存じます。ライヒシュタイン家の名に恥じぬよう真摯にお仕えいたします」
家名を名乗った。
ということは、いざとなれば名乗るのを許されていたと知れる。
もしかしたらライヒシュタイン家は、既に仕える相手をハーゲンではなく、ローザリンデと定めているのだろうか。
「アス」
「は~い!」
「貴方は自由になさい」
「そこは、私に終生の忠誠を誓いなさいませ! って言うところでしょう?」
声真似が似ていて思わす笑みが零れてしまう。
「天邪鬼なアスなら私の真意を読み取ってくれると思いましたのに。違いますの?」
「言ってみたかっただけだよ、僕の女王」
どこまでも楽しそうに肩を竦めながら笑ったイェレミアスは、果てもなく自由に動くのだろう。
ローザリンデのために、王国一と謳われる魔法の腕を存分に使い万全を期すのだ。
「ヴァレンティーン・ローゼンクランツ」
「は」
「貴男の全てを私に捧げなさい」
「光栄の極み。私ヴァレンティーン・ローゼンクランツは、愛しいローザリンデの伴侶として、貴女を支えましょう」
え?
ええ?
そういう意味なの?
ローザリンデは、ヴァレンティーンをそこまで買っていたの?
違いますよ、麻莉彩。
彼女はヴァレンティーンを愛していたのですよ。
物心ついたときから、ハーゲンよりも、ね。
そ、そうだったんだ!
全然わからなかった。
ちゃんとハーゲンを愛していたのかと思っていたよ。
ハーゲンも愛していたのでしょう。
ただ立場上ヴァレンティーンを選べなかったから、ハーゲンをより愛するよう己に暗示をかけたのでしょうね。
なるほど。
じゃあ、ハーゲンは当て馬だったんだねぇ。
結果論になりますが、違うとは言えません。
ハーゲンが道を踏み外さなければ、ローザリンデ嬢はきっと彼を王として仰ぎ、支えきったでしょうから。
馬鹿だねぇ、ハーゲン。
自分を支えてくれる人に悉く見限られて。
……リゼットさん、大丈夫かなぁ?
彼女もわかっているでしょう。
そして、最後までハーゲンを王として支えるか、ただのハーゲンとして扱うのかも決めていると思いますよ?
せめて最後は王らしく退いてほしいが、ハーゲンはどんな行動に出るのだろう。
現時点ではイマヒトツ想像がつかない。
もどきに相応しい屑だったのが、想定外だったからだろう。
エリスは若者の判断に一切口は出さなかった。
彼女もまた、ハーゲンを見限っていたのかもしれない。
「アリッサ様。私、励みますわ」
「ええ。貴女のお覚悟をきちんと見届けますわ」
断罪は末路まで見るのが仕様ですからね。
夫も賛成してくれる。
今宵の断罪劇は、満足のいく劇となるだろう。
登場人物全てがハッピーエンドとはいかないが、それぞれに似合いの結末が待っているはずだ。
そういえば、私と一緒にこちらへ来た三聖女も劇に参加するのだろうか。
参加したとて端役にすぎないし、場をひっくり返すほどの影響力はないので心配の必要はないが念の為に聞いておこうか……。
あ!
私が会うつもりはないと言ったから、配慮されるかな?
出席したとして、私への発言が許されないだろうから、問題はないとは思うけれど……。
悩んでいる間に、ティータイムは終了してしまった。
夫が特に教えてくれないところを見ると、知らなくても問題がないようだ。
私はしっかりとトイレに行ってから、断罪劇の会場へとゆっくり歩き始めた。
ゆったりとした足取りで断罪の会場へと向かう。
王城内では一番の大きさを誇る広間らしい。
上位貴族は九割の当主が、伴侶もしくは婚約者とともに参加しているようだ。
下級貴族はごく一部の優秀な者が参加しているとのこと。
主人が脳内で十分な情報をくれた。
開かれた扉の前で、熟練の声優さんも真っ青なよく通る聞きやすい声音で、ローザリンデとヴァレンティーンの名前が呼ばれた。
入場は下位より順番に、最高位の貴族である公爵が最後となる。
今回は私とエリスが例外的に最後となるが、迎え入れる歓声に目を大きく見開いた。
「……本来は、静寂をもって迎え入れるのじゃがなぁ……」
「ハーゲンの指示かしら?」
「恐らくはそうであろう。ははは! 無様じゃなぁ、腰を上げておる。ローザリンデ嬢がヴァレンティーンにエスコートされるとは思っておらなんだろう」
「彼女は自分のものだって?」
「で、あろうな。無意識にだ。傲慢にも程があろうよ」
他の三人は既に入場して所定の位置についているのだろう。
この場にはいない。
「さぁ、最愛の御方よ。よろしいか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
エリスが扉に控えている者に会釈する。
彼は深めの会釈のあとで、朗々と私たちの名前を謳った。
「時空制御師最愛の御方様、エリス・バザルケット名誉公爵様、御入場」
め、名誉公爵?
初めて聞く称号の意味を尋ねたかったが、ここでは駄目だろう。
私は慈母の微笑、慈母の微笑、と必死に自己暗示をかける。
不慣れな私を慮って完璧なエスコートをしてくれるエリスに導かれるまま、所定の位置へと案内された。
玉座から腰を上げてしまった王。
王妃が座るべき席は空席。
向かって右側にローザリンデとヴァレンティーン。
私とエリスは二人のちょうど反対側。
賓客の席はもっと違う場所では? と首を傾げたくなるが、これも我慢する。
王の配下のように捉えられるのはいただけないが、ローザリンデと対等に扱われるのなら望むところだ。
「久しくなかった慕わしい夜に、我が最愛が戻って参った。ローザリンデ・フラウエンロープ公爵令嬢、我の隣に!」
うーん。
断罪開始の挨拶らしいといえば、らしい挨拶がハーゲンの口から飛び出した。
早くローザリンデをそばに置きたいハーゲンの気持ちは理解できるが、それよりも優先すべきものがたくさんあるだろう。
案の定ローザリンデは、その場で美しいカーテシーをして動こうとはしない。
「偉大なる王に発言の許可をいただきたく存じますわ」
「ローザリンデ?」
「私のことは、どうぞ。ローザリンデ嬢とお呼びくださいませ。偉大なる王よ」
どうしてだ! なんて目は口ほどに語ったら駄目でしょう、王なのだから。
上位貴族からも声なき批判が聞こえるようだ。
突っ込みを入れたくてうずうずしている私の気配を察知しているのか、エリスの口元がによによと小さく動いている。
「発言の許可をいただけますでしょうか?」
「うむ。無論じゃ」
「私は王の隣に侍る権利を剥奪されて久しゅうございます。王の隣に侍る女性はゲルトルーテ・フライエンフェルス様しかいらっしゃいませぬ。彼の方は如何されたのでございましょうか」
「そ、そうか。そうであったな。では、我が臣下たちに説明をするとしよう」
こほん! と大げさな咳を一つしたハーゲンが、イマヒトツ要領の悪い説明を始めた。
曰く。
ゲルトルーテは禁忌である魅了のスキルで、王を筆頭に多くの者を魅了していた。
ゆえに現在は能力を封印した上で幽閉している。
まずは被害者筆頭であるローザリンデの名誉を回復してから、順次他被害者への賠償を、続いてゲルトルーテの断罪を行い罪を確定させ、罰を与える。
といったものだ。
どこから突っ込んでいいかわからないが、この世界では罪の確定より賠償が先なのですか? が、まず浮かんだ疑問点だった。
「……発言の許可をいただけますでしょうか? 偉大なる王よ」
焦りの見える声を発したヴァレンティーンが、恐らくはフォローをしようとしたのだろうけれど。