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ふぉん、と音がしそうな速さで、男自警団員が左アッパーを放った。ホレー(足を宙にやらない側転)で躱したシルバは、コンパクトな上段蹴りを返す。
男自警団員は小さく身体を沈めた。シルバの左足は、頭のすれすれを通過した。
視野の端で、男自警団員の斜め後ろのラスターが、一歩大きく踏み込んだ。シルバは思わずラスターに視線を切る。
間髪を入れずに、男自警団員は左フックをしてきた。シルバは素早く頭を引く。
だが、拳は鼻の先を僅かに掠めた。反撃の半円蹴りを振るう。だが後ろに跳ばれて空振りに終わる。
(さっきのラスターの足踏みはただの陽動だ。俺がパウンド〈マウント・ポジションからの殴打〉を恐れてるってわかってて、遊んでやがる。このままじゃ、攻め切れずにジリ貧だな。どうする?)
シルバが焦燥を深めていると、男自警団員が摺足のステップで接近してきた。左ジャブが来るが、シルバはすっと右腕で去なした。
右肘を振って頭を狙うも、男自警団員は退いて避けた。敵は二人とも、無理に攻めてくるつもりはなさそうだった。
シルバが戦術を練っていると、左方からたたたっと駆ける音が耳に届いた。
「あたしのセンセーをいじめるなぁー!」
怒りの声がしたかと思うと、群衆の間からジュリアが飛び出してきた。きゅっと口を引き結んだ、凛々しい顔をしている。
男自警団員の三歩ほど手前で、ジュリアは頭から飛び込んだ。(んな遠くからかよ!)とシルバは目を剥く。
男自警団員は、身体を捻った半端な回避をした。応戦して良いか迷っているようだった。攻撃は掠り、ずざーっとジュリアが地を滑っていく。
(好機!)
切り替えたシルバは、男自警団員に近寄った。飛びベンサォン、飛びマルテーロゥと、大きく滑らかにハイ・キックの連撃を見舞う。
男自警団員はどっと左に倒れ込んだ。鳩尾、側頭部と急所への連続攻撃を受けて、完全に意識は絶たれていた。
「どーだ! スーパー・ウルトラ最強タッグのコンビネーションのお味は! しんしょーひつばつ、いんがおーほー、ゆだんたいてきひがぼーぼーだ! これに懲りたら、うちに帰っておねんねでもしてるんだね!」
びしっとラスターを指差し、ジュリアは喚いた。表情こそきりっとしているが、怒っているのかふざけているのかわからない口振りだった。
「ジュリアか、ありがとな。俺一人じゃ、どうにもならなかったところを、良いタイミングで割り込んでくれた。助かった」
シルバが真摯に本心を口にすると、ジュリアは無邪気にはにかんだ。
「お礼なんて要らないよ。あたしとセンセーの仲でしょ? それよりもちゃっちゃと、あの性悪おじさんをとっちめちゃおう。二人で掛かりゃあ、イチコロだよ。ねっ、そうしよっ!」
弾むような声音の提案に、シルバは厳しい顔を作る。
「いや、俺一人でやる。女子のお前が頭でも殴られたら、死ぬ可能性すらある。さっきは突然で止められなかったが、お前はここで退場だ」
強く断定するが、ジュリアは受け流すように軽く微笑んだ。
「でもさ、上手くやれば、だいじょう……」
「何度も言わすな! 死ぬ! 死ぬんだ! お前の母親みたいに、永遠にこの世から消えるんだよ! 他はいくらでも、俺に背いてくれて構わん! 脈絡も意味も皆無な冗談も好きなだけ言え! けどここだけは、聞き分けてくれ!」
ジュリアの肩を揺さぶって、シルバは思いきり叫んだ。押し潰すような語調に、真顔のジュリアは僅かに目を伏せた。
「わかったよ。センセーに任せる。でも、約束だから……」
「死なねえよ。俺は教師だ。出来の悪いクソガキの目の前で、いなくなったりはしない」
哀願口調のジュリアに、シルバは刷り込むように囁いた。
「おうおうどした。愛人二号との愛の囁きタイムはもう良いかぁ? 全く、どんだけ待たすんだっつの」
間延びした語調のラスターは、心底、詰まらなさげだった。ジュリアは歩いて群衆に混じり、シルバはラスターに向き直った。