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桃 姫@フォロバ
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第3話:不器用な騎士の誓いと、真夜中の密室
夜の帳が下り、無限に広がる黒い海を『黒狼号』が静かに進んでいた。
月明かりだけが揺れる船内。船長執務室のふかふかのソファで、シオンはぐっすりと眠りについていた。
部屋の主であるレヴィは、デスクで書類に目を通しながら、時折愛おしそうにシオンの寝顔を眺めている。
シオン(心声):(すやすや……。船長さんの部屋、あったかいな……)
シオンの規則正しい寝息が聞こえる静寂。
だがその時、船体が大きく揺れ、甲板の方から微かに物音が響いた。
レヴィは不快そうに眉をひそめると、ペンを置いた。深夜の緊急の見張り交代、あるいは海流の変動による微調整の報告が必要な時間帯だ。
レヴィ:「……シオン。少し部屋を空ける。おとなしく寝ていろ」
レヴィは眠るシオンの頬に優しく触れ、毛布を掛け直すと、執務室に鍵をかけて甲板へと向かった。
しかし、シオンはそのわずかな揺れと扉の開閉音でパチリと目を覚ましてしまった。
シオン:「ん……ふあぁ……。あれ、船長さん……?」
誰もいない広い部屋。
シオンは目を擦りながら起き上がった。ふと喉の渇きを覚え、シオンは部屋の隅にある水差しを手に取ろうとしたが、ふと窓の外を通り過ぎた影に気づく。
月光の下、巨躯を丸めるようにして甲板の片隅に佇んでいる男がいた。
元騎士の用心棒、ガルドだ。
シオン:「あ、ガルドさんだ……! こんな夜遅くに、何をしているんだろう?」
シオンは心配になり、鍵がかけられた扉ではなく、換気用に少し開けられていた小窓からするりと身を乗り出した。
人魚の血を引くシオンの身体は非常にしなやかで柔らかい。小窓を通り抜けると、足音を立てずに甲板へと降り立った。
◇
甲板の隅、夜風が吹き抜ける物陰で、ガルドは一人で酒瓶をあおっていた。
ガルド:「くそっ……あんなガキの一言で、調子が狂いっぱなしだ……」
ガルドは太い腕を眺めながら、不快そうに顔を歪めた。
昼間、シオンが自分の指を噛み切り、血を捧げようとしてきた瞬間のことが脳裏から離れない。
あの甘く官能的な血の匂い。
そして何より、傷ついた自分を心から心配し、まっすぐな瞳で「仲間」と呼んでくれたシオンの表情。
元騎士として誇りを持ち、王家に仕えていたガルドだったが、権力闘争の陰謀に巻き込まれて裏切られ、居場所を失って海賊に落ちぶれた。
以来、誰も信用せず、金と暴力だけを信じて生きてきた。
それなのに、あの無知で無防備な少年は、あまりにも簡単にガルドの固く閉ざされた心の壁を壊してしまったのだ。
ガルド(心声):(俺はお前の『仲間』なんかじゃねぇ。血の力で誰かを救う聖者サマでもねぇ……。ただの汚れきった海賊だ……)
自虐的に鼻で笑い、酒を飲み干そうとしたその時。
シオン:「ガルドさん、夜風に当たると風邪を引いちゃいますよ?」
ガルド:「なっ……!?」
背後から不意に響いた鈴の鳴るような可憐な声に、ガルドは跳ね起きるように振り返った。
そこに立っていたのは、月光を浴びて蒼い髪をキラキラと輝かせているシオンだった。
薄手に仕立てられた白のナイトシャツを纏い、裸足のまま甲板に立っている。夜風になびく服の隙間から、華奢な首筋や鎖骨が露わになっていた。
ガルド:「お前……!? なぜここにいる! 船長の部屋に閉じ込められていたはずだろ!」
シオン:「えへへ、小窓からぬけ出しちゃいました。船長さんはいなかったし……ガルドさんが一人で寂しそうに見えたから」
ガルド:「寂しそう、だぁ……? 馬鹿かお前は! 俺がそんな玉に見えるか!」
ガルドは恐ろしい顔で威嚇した。だが、シオンは怖がるどころか、トコトコと歩み寄るとガルドの隣にぽんと腰掛けた。
シオン:「ふふ、ガルドさんはいつも怒ったふりをするんですね。でも僕、知ってますよ。ガルドさんは本当はとっても優しい人だって」
ガルド:「……はぁ? 俺が優しい? お前、目がおかしいんじゃねぇのか。俺は今まで何人も人を斬ってきた殺人者だぞ」
シオン:「でも、あの暗い地下室から僕を担ぎ出してくれたのはガルドさんです。僕に届いた温かいスープ、ガルドさんが厨房の料理長さんに『あのガキに固いパンは食えねぇだろ』って言ってお肉を小さく切ってくれたのも知ってます」
ガルド:「っ……! な、なんでそれを……!」
ガルドの顔が一瞬で真っ赤になった。
そう、強面で乱暴に見えるガルドだが、実は密かにシオンの体調や食事を心配し、裏で気配りをしていたのだ。
シオン:「ガルドさんのお手て、とっても大きくて温かいから……僕、だーい好きです!」
シオンは無邪気な笑顔を浮かべると、ガルドのごつごつした大きな手を両手でぎゅっと包み込んだ。
ガルド:「あ…………」
ガルドの思考が完全にフリーズした。
自分の手のひらよりもはるかに小さく、柔らかく、温かいシオンの手。
そこから伝わってくるのは、純度百パーセントの信頼と愛着だった。
ガルド(心声):(なんなんだ、こいつは……。どうしてそんなに無防備なんだ……。俺がどんな恐ろしいことを考えているかも知らずに……!)
ガルドの胸の奥で、猛烈な熱が巻き起こる。
昼間の「血」に対する欲望などではない。目の前にいるこの少年そのものを、力任せに抱きしめ、自分だけのものにしてしまいたいという、狂おしいまでの執着。
ガルド:「……シオン。お前、自分がどれだけ危ねぇ真似をしてるか、本当に分かってねぇな」
ガルドの声が、低くかすれたものに変化した。
シオンは首を傾げた。
シオン:「危ない真似……? ガルドさんとお話ししてるだけですよ?」
ガルド:「それが危ねぇんだよ……!」
ガルドはシオンの手を握り返すと、ぐっと自分の方へ引き寄せた。
シオンの華奢な体が、ガルドの逞しい胸の中に収まる。
シオン:「わっ……! ガルドさん……?」
ガルド:「お前は……俺たちのことを『仲間』だの『優しい』だの言ってるがな……俺たちは海賊だ。欲しいものは奪い、気に入らねぇものは壊す。そういう奴らの集まりなんだよ」
ガルドの顔が、シオンの至近距離まで迫る。
月光に照らされたガルドの鋭い瞳には、溢れんばかりの情熱と独占欲が宿っていた。
ガルド:「お前のその不老不死の血……世界中の奴らが喉から手が出るほど欲しがってる宝だ。だがな……俺はお前の血なんて欲しくねぇ」
シオン:「え……? 欲しくない……ですか?」
シオンはポカンとした。今まで出会った大人たちはみんな、シオンの血だけを求めていたからだ。
ガルド:「あぁ、欲しくねぇよ。そんな怪しい血の力なんて、俺には必要ねぇ。……俺が欲しいのは、血なんかじゃねぇ」
ガルドはシオンの白い頬に大きな手を添え、指先で親愛を込めてなぞった。
ガルド:「俺が欲しいのは……お前自身だ、シオン」
シオン:「僕……自身……?」
ガルド:「そうだ。お前のその笑う顔も、泣く顔も、柔らかい髪も、身体も全部……俺だけのものにしたい。船長にも、フェニにも渡したくねぇ。俺の腕の中で、一生守ってやりたいんだよ」
元騎士の直球で不器用な、けれど何よりも重い愛の告白。
シオンはその迫力に気圧され、蒼い瞳を丸くした。
胸が、トクンと大きく跳ね上がる。
(あれ……? なんだろう、ガルドさんにこうして抱きしめられていると……胸の奥が熱くて、ソワソワする……)
シオンには、それがガルドからの「恋の求愛」だとは理解できない。
けれど、今までの貴族たちから向けられたドロドロとした欲望とは全く違う、温かくて、自分を命がけで守ろうとしてくれる「熱」であることだけは分かった。
シオン:「ガルドさん……僕のこと、そんなに大切に思ってくれているんですか……?」
ガルド:「……あぁ。命に代えてもな」
シオン:「ふふ……嬉しいなぁ。僕も、ガルドさんのこと、特別に大好きです!」
シオンはガルドの首にぎゅっと腕を回し、その胸に顔をうずめた。
ガルド:「っ……! お前な……! だからそういうのを無防備って言うんだよ……!」
ガルドは頭を抱えたくなった。
これほどストレートに感情をぶつけたのに、当の本人は「大切にしてくれて嬉しい」と無邪気に喜んで、さらに抱きついてくるのだ。理性のタガが今にも弾け飛びそうになる。
ガルド(心声):(くそっ……! かわいい……かわいすぎて頭がおかしくなりそうだ……! 今すぐこの唇を奪って、俺のものだと印をつけたい……!)
ガルドが葛藤し、シオンの腰を強く抱き締め返した、その時――。
「――ほう。夜の甲板で、俺の『戦利品』と随分としっぽりとしけ込んでいるじゃないか、ガルド」
冷気を含んだ声が、闇の中から響き渡った。
◇
二人が振り返ると、そこには船長のレヴィが立っていた。
腰のカットラスの柄に手をかけ、金色の瞳を危険なまでに光らせている。
そして、その背後からは航海士のフェニも姿を現した。
フェニ:「おや親分、僕の見間違いでしょうか? 用心棒のガルドさんが、船長の命令を無視して可愛いシオンくんを抱擁しているように見えますが?」
フェニの笑みは完璧だったが、その瞳はまったく笑っていなかった。
ガルド:「……船長。フェニ」
ガルドはシオンを庇うように自分の背後に隠すと、ゆっくりと立ち上がった。
シオン:「あ! 船長さん! フェニさん! ガルドさんとお話ししてたんですよ!」
シオンが背後からひょっこり顔を出す。
レヴィ:「シオン、お前は黙っていろ。……ガルド、説明してもらおうか。俺は『手出し無用』と言ったはずだ」
レヴィの威圧感が甲板全体を支配する。だが、ガルドは引き下がろうとはしなかった。
元騎士としての誇りと、シオンへの情愛が、彼を奮い立たせていた。
ガルド:「……船長。あんたがシオンを『道具』や『戦利品』として扱うなら、俺は黙っちゃいられねぇ。こいつはただの子供だ。俺たちの都合で縛り付けていい存在じゃねぇ」
フェニ:「おや、ガルドさん。急に騎士様気取りですか? でもねぇ、君のその顔……『守りたい』なんて綺麗事じゃなく、ただ『自分だけのものにしたい』っていうギラギラした独占欲が丸見えですよ?」
フェニの鋭い指摘に、ガルドは眉をひそめたが、否定はしなかった。
ガルド:「……そうだとしたら、どうした? 俺はシオンが欲しい。あんたたちに渡す気はねぇ」
レヴィ:「……言うようになったな、ガルド」
レヴィがゆっくりと刃を数センチ抜いた。シャリン、と美しい金属音が夜の海に響く。
レヴィ:「この船の絶対ルールは俺だ。俺の所有物に手を出そうとするなら、たとえ身内であっても容赦はせん」
フェニ:「ふふ、同感ですね。僕もシオンくんを横取りされるのは嫌ですから……ガルドさん、少し頭を冷やしてもらいましょうか?」
一触即発。最強の海賊船『黒狼号』の重鎮たちが、一人の少年を巡って本気の殺気をぶつけ合う。
その殺伐とした空気の中、シオンはパタパタと走り出ると、なんとレヴィとガルドとフェニの真ん中に割って入った。
シオン:「みんな、ダメです! 喧嘩しちゃダメ!」
両手を広げて男たちを遮るシオン。
レヴィ:「……シオン、退がれ。怪我をする」
シオン:「嫌です! みんな僕の大切な仲間なのに、喧嘩なんて悲しいです……。あ! そうだ!」
シオンは何か良いアイデアを思いついたように、パーッと顔を輝かせた。
シオン:「みんな、僕のことがそんなに好きなら……今夜はみんなで一緒に寝ましょう!」
男たち全員:「…………は?」
シオンのぶっ飛んだ提案に、レヴィも、フェニも、ガルドも、一瞬で固まった。
シオン:「だって、僕、地下室にいた頃はずっと一人で寂しかったんです。でも、ここにはこんなに格好良くて優しいお兄さんたちがたくさんいる! みんなで一緒に寝たら、とっても暖かくて楽しそうです!」
シオンは無垢な蒼い瞳をキラキラと輝かせ、心の底から嬉しそうに言った。
シオン(心声):(みんなで一緒のお布団に入ったら、仲直りできるよね!)
フェニ:「……ぷっ……くはははは!」
沈黙を破り、フェニが腹を抱えて爆笑し始めた。
フェニ:「あははは! 最高ですね、シオンくん! 男三人が君を巡って殺し合いを始めようとしている時に……『みんなで一緒に寝ましょう』ですか!」
ガルド:「お、お前……自分が何を言ってるか分かってんのか!? 男三人と一緒のベッドで寝るなんて……!」
ガルドの顔が再び爆発したように赤くなる。
レヴィは頭を押さえ、深々とため息をついた。
レヴィ:「……ハァ。お前の無自覚さには、本気で目眩がしてくるな……」
レヴィは抜いていた剣を鞘に収めると、シオンの前でかがみ込み、その額を軽く小突きいた。
レヴィ:「おい、シオン。男三人が同じベッドにお前を押し込めたら、お前がどうなるか……分かって言っているのか?」
シオン:「え? どうなるんですか? ぬくぬくして気持ちいいんじゃないですか?」
シオンが首を傾げて答えると、レヴィは苦笑いを浮かべ、その瞳に底知れない深みのある熱を宿らせた。
レヴィ:「……ふん。後悔しても知らんぞ。よし、今夜は全員で俺の執務室のキングサイズベッドで寝る」
フェニ:「おや、船長。乗るんですか、その提案に?」
レヴィ:「断る理由がない。このガキに、男という生き物がどれほど理性に欠けた凶暴な生き物か、身をもって教えてやる良い機会だ」
ガルド:「……チッ。俺も付き合うぜ。シオンに余計な真似をさせねぇよう、見張りとしてな」
こうして、主人公シオンのあまりにも無自覚で無邪気な一言により、逃げ場のない密室で、男三人と少年一人による「甘く危険な添い寝」が決定してしまったのだった。
シオン:「わーい! みんなで一緒だー!」
何も知らずにはしゃぐシオンの腰を、レヴィが抱き上げる。
その背後で、フェニとガルドが不敵な笑みを交わし合っていた。
男たちの理性がどこまで保つのか――嵐の予感を孕んだ夜が、静かに更けていく。
コメント
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シオンちゃん、無自覚すぎて可愛い…!ガルドさんの一途で不器用な想いに胸がきゅんとしました。「俺が欲しいのはお前自身だ」のセリフ、重っ!でも最後のみんなで一緒に寝よう発想、シオンちゃんらしくて笑っちゃいました😭 この3人の関係性、これからどうなるのか気になる…!素敵な作品をありがとうございます。