朝食を終えて私室に籠ろうとするシャンフレック。
今日は執務室ではなく、自分の部屋で公務をしたい気分だ。
そんな彼女の後ろを、アルージエがついて来ていた。
「……あの」
「どうした?」
「私、これからお仕事」
「知っている。僕も手伝おうと思ってな。もしかして迷惑だったか?」
別に迷惑ではないし、むしろ嬉しい気持ちはある。
しかし……客人を私室に入れるわけにもいかない。
「迷惑じゃないわ。ただ、あの……あまり部屋を探らないでちょうだい」
「ああ、心得た。僕は雑用に使ってくれて構わない。無駄に動かないから安心してくれ」
予め念押しして、アルージエを部屋へ招き入れる。
部屋の中央にはどかんと置かれた安楽椅子。
普段は安楽椅子でだらしなく過ごしているシャンフレックだが、アルージエの前では見せられない姿だ。
「あ、やば。本が……」
そして、地面には大量の本が乱雑に置かれている。
片づけするのを忘れていた。
書物特有のスモーキーな匂いが鼻をくすぐる。
「おお、こんなに本が……! 勉強熱心だな、シャンフレックは」
「ちょ、見ないで……」
「この椅子の下に置いてあるのは経営本か。シーツにはファッション誌のような本もくるまっている。ははっ、なぜか皿の上に本が乗っているぞ!」
「ちょっと、部屋を探らないでと言ったでしょう!?」
とはいっても、目に見えるところに本が散乱しているのだからアルージエの反応も仕方ない。片づけしなかったシャンフレックが悪い。
「すまん。デリカシーがなかったな。というわけで、僕に指示があれば言ってほしい」
「そうね……ええと。とりあえずそこに座って、この書類をまとめてくれる?」
シャンフレックは事前に考えていた課題を与える。
少量の会計文書をファイリングしてもらう。
領民の情報が書かれているものについてはシャンフレックが取り扱うが、財政に関する書類ならば渡しても問題ないだろう。
「了解した。では、お互いに仕事を始めよう」
正直なところ、アルージエには労働力としての期待はしていない。
記憶喪失だというし、適切な判断もつかないだろう。
本人が仕事をしたいというので、無理に与えているだけだ。
シャンフレックはさっさと仕事を終わらせるために、集中して仕事に取り組んだ。
そして数分後。
「終わったぞ」
「はやっ!?」
渡した文書は少量とはいえ、あまりに早すぎる。
シャンフレックは困惑しつつもアルージエの成果物を確認した。
「すごい……本当に整理できてるわ……あれ? 会計の結果がすべて書かれてる……?」
あとでシャンフレックが記入しようと思っていた会計欄に、すべて数字が載っている。これは明らかに自分の文字ではなく、彼女は困惑した。
「間違いがあったら申し訳ないが、すぐに終わりそうだったので書かせてもらった。何度も確認したので大丈夫だとは思うが」
「そ、そう……計算も問題なくできて、仕事が早いと……」
本気を出したシャンフレックと同等の消化スピードだ。
やはりアルージエは日頃から政務に携わる身分だったのでは?
驚愕の有能さを見せたアルージエに感心しつつも、少し妬いてしまう。
「いいわ。もっと仕事を押しつけてあげる!」
「本当か!? 助かる!」
「ぐっ……」
いっそ彼に仕事をすべて投げてしまおうか。
そう考えたシャンフレックは直前で踏みとどまる。
「とりあえず、明らかになったこと。それはアルージエがとても優秀な人材だということね」
「なるほど。きみが言うからには間違いないのだろうな。それなら、僕はこの能力をきみのために尽くしたい。構わないだろうか」
「そんなことを言われて否定する人はいないでしょう。じゃあ……そうね。二人で力を合わせて、さっさと今日の仕事を終わらせてしまいましょうか」
馬鹿みたいに誠実なアルージエに応えるには、シャンフレックも素直に好意を返すしかない。
正解を悟った彼女は、アルージエの献身をすべて受け止めることにした。
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