テラーノベル
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《午前8時/東京都・高校》
教室では、教師が黒板に名前を書いている。
「今日の授業は……えっと、“通常通り”やります。」
クラスの真ん中で女子生徒が手を挙げる。
「せんせー、 “隕石落ちる可能性あるのに学校来る意味ある?”」
教師はしばらく黙り、
笑ってごまかすように答えた。
「……意味はあるよ。
少なくとも、君たちの生活の“リズム”は守らなきゃ。」
「でも、落ちたら関係ないじゃん。」
「落ちない可能性も高い。」
「先生、それ逆に怖い。」
教室に小さな笑いが起きたが、
その笑いはすぐに続かなかった。
《午前10時/日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
白鳥レイナは、朝の会議を終えたところだった。
研究員たちがざわざわしている。
「主任、見ました?
“祈りデモ”の動画。」
「祈りデモ?」
若手研究員がタブレットを差し出す。
画面には、白いローブを着た人々が
新宿駅前を占拠し、
ろうそくを掲げている映像。
「天城セラ様の言葉に従え!」
「破壊の後に、新しい人類の時代が来る!」
「恐れる者は、古い世界に属する!」
白鳥は眉をひそめた。
「……宗教が、科学を上回る勢いで広がり始めてる。」
別の研究員が、遠慮がちに言う。
「主任。 科学的説明を出すたびに、
“セラの言葉のほうが心に響く”ってコメントが増えてて……」
白鳥は深く息を吐いた。
「科学は“心の安心”を作るものじゃない。
でも、不安が大きすぎると……
人は“分かりやすい救い”に流れる。」
若手が、ぽつりと聞いた。
「救えるんですかね。僕ら……。」
白鳥は答えなかった。
その沈黙だけが、苦い現実を示していた。
《午後1時/官邸 会議室》
緊急の治安対策会議が開かれていた。
佐伯防衛大臣が報告する。
「関東で“セラ信者”の集団祈りが10件近く発生。
うち二件が道路を占拠し、交通が麻痺しました。」
中園も付け加える。
「SNS上では“祈れば隕石が落ちても救われる”という動画が拡散中です。」
藤原危機管理監が静かに言った。
「政府の言葉より、セラの言葉のほうが“感情を満たす”のでしょう。」
サクラは腕を組む。
「……対応を間違えると、暴徒化しちゃうわね。」
佐伯が質問する。
「排除しますか? 祈り集団。」
サクラは考えた。
(排除すれば、信者たちは“弾圧された”と言う)
(放置すれば、社会は“セラの世界”に取り込まれていく)
「……まずは“対話”よ。
強制せず、説得から入って。」
藤原が頷く。
「了解しました。」
中園が言う。
「総理、“広報としての手”も考えます。」
サクラは少し微笑んだ。
「お願い。
こういう時こそ、言葉の力を信じたい。」
《午後3時/都内・繁華街》
白いローブの集団が、静かに祈っていた。
「オメガよ……
古き世界を焼き尽くしてください」
スマホから、セラの声が流れる。
「恐れを手放した者だけが、 新しい世界を見るでしょう。」
その言葉に涙を流す若者。
祈る女性。
うつむいているサラリーマン。
そこに通りすがりの男性が怒鳴った。
「邪魔なんだよ! どけよ!」
女性は静かに、しかし確固として答えた。
「あなたは古い世界にしがみついているのです。」
一瞬で周囲の空気が凍り、
小さな押し問答が始まった。
その場面を、
少し離れた場所で桐生誠が見ていた。
(“祈り”は、いつ“争い”に変わるんだろう。)
彼の胸に、冷たい予感が灯った。
《夕方・海外特集番組「ワールド・ウオッチ」》
アナウンサー
「今日は“オメガ隕石”をめぐる、
世界的な“新たな動き”を取材しました。」
画面には、
バンクーバー、シドニー、台北の映像が映る。
白い布をまとい、
公園や教会の前で静かに瞑想する小人数の集団。
テロップ=天城セラの動画、海外でも視聴急増=
レポーター
(アメリカ・オレゴン州)
「この“祈りのサークル”に参加している人たちは、
“破壊の後に新しい世界が来る”という天城氏の言葉に共感していると話しています。」
現地参加者(女性)
「学校も仕事も、お金もリセットされるなら……
かえって“救われる”気がするの。」
別の男性
「科学者は“20%”とか言うけど、
俺には“もう決まってる”感じがする。」
スタジオに戻る。
専門家
「不安が長引くと、人々は“自分が納得できる物語”にすがるんです。
これは、国際的に広がる兆候ですね。」
画面下には、SNSトレンドが表示される。
《#光を受け入れよ》
《#オメガは再生》
《#祈り派 vs #現実派》
社会は静かに二つに割れつつあった。
《午後5時/桐生のデスク》
桐生は、再び城ヶ崎の痕跡を追っていた。
アクセスログ、
JAXA内部メモ、
匿名フォーラムでの“疑惑の投稿”。
(この男は……
俺たち記者が“公表を待って記事を書く”しかできない間に、
ずっと前から“どれくらいヤバいか”を知っていた。
しかも、それを自分の手でばらまいた。)
編集長が背後から声をかけた。
「どうだ、手がかりは。」
「……あります。
ただ、まだ“本人を動かせるだけの証拠”が少ない。」
「慎重にやれよ。
今は何書いても炎上するからな。」
桐生は苦笑した。
「その方が、記事を書く気が湧きますよ。」
「お前、終末でも仕事するんだな。」
「誰かがやらないと。」
そう言った自分の声に、
少し驚く桐生だった。
《IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)臨時連絡》
《SMPAG(宇宙ミッション計画アドバイザリーグループ)非公式調整》
ESA責任者
「インパクターミッションの“仮称”を決めたい。
段取り上、呼び名が統一されていないと進まない。」
NASA主任
「こちらでは“ASTREA(アストレア)”という案が出ている。
ギリシャ神話の“正義と希望の星”だ。」
JAXA・白鳥レイナ
「日本では“アストレア-A”を第一インパクターとして扱う前提で計算しています。
第二機案も検討中です。」
ESA技術官
「では、“ASTREA-A”を仮称として正式記録に残す。」
アンナ・ロウエル博士
「問題は“誰が、どこを担当するか”。
NASAが主衛星、ESAが加速ユニット、
JAXAは“衝突角度制御”を担当……これでどう?」
白鳥
「日本としては異議ありません。」
ESA
「ヨーロッパとしても合意します。」
画面には、
ミッション工程表の一部が映し出される。
《T-78:設計統合開始》
《T-70:フライトモデル選定》
《T-55:打ち上げ準備開始(仮)》
公式発表はまだ遠い。
だが技術者たちはもう、 “人類初の惑星防衛作戦”の名前を共有していた。
アンナは小さく呟く。
(——ここからは、もう後戻りできない)
《午後11時/総理官邸 控室》
サクラは、今日一日の報告を整理していた。
窓の外は静かだ。
だが、街のあちこちに“ひび”が増えているのが分かる。
そこへ中園が入ってきた。
「総理。
……あの、ひとつ言っていいですか?」
「どうしたの?」
「今日の“天城セラの配信”、
若い人たちの間ではかなり影響力がありました。」
サクラは、机の上の資料を見つめたまま言う。
「うん。」
「……本気で、
この国が“宗教”に飲み込まれる気がします。」
サクラは、椅子の背にもたれて天井を見上げた。
「……人は、恐怖より“救い”を求めるからね。
それが科学じゃ満たされない時、
宗教のほうが先に届いちゃう。」
中園が静かに尋ねた。
「総理は……どう思いますか?」
サクラはゆっくり答えた。
「救いを求める気持ちは、否定できない。
でも……
“生きる”ための救いじゃないと、
国が持たない。」
その声は、決意というより、
“覚悟の準備”のようだった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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