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《午前8時/都内・バス停》
白いローブを着た二人組の若者が、
乗客に小さなチラシを配っていた。
「天城セラ様の最新メッセージです。
“恐れなくて大丈夫。
破壊の後に、新しい人類の時代が来ます。”」
サラリーマンがいら立った声を出す。
「朝から宗教勧誘かよ。やめてくれ。」
若者は穏やかに首を振った。
「これは勧誘ではありません。 “救い”です。」
「救いより、仕事間に合わなくなるほうが困る。」
その言葉に若者は少し笑った。
「仕事は……もう古い世界の習慣ですよ。」
その“何気ない一言”に、
周囲の人々の顔がぎこちなく強張った。
《午前9時/日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
「白鳥主任お願いします!」
フラッシュがたかれ、
白鳥レイナは講堂の壇上へ向かった。
今日は全国向けの科学説明会だ。
現場には記者以外にも一般市民が多い。
“科学の言葉”を直接聞きたいという人も、
“政府の隠蔽を暴きたい”という人もいた。
壇上に立ち、白鳥は淡々と話し始めた。
「本日の推定衝突確率は——24.3%。
昨日と大きな差はありません。」
静かなざわめき。
「隕石“オメガ”は、太陽側から来たため観測が遅れました。
これは“どの国”でも避けられない条件でした。」
一人の男性が手を挙げた。
「じゃあ……あなたたちは“何をやってた”んです?
税金が無駄だったってことですか?」
白鳥は言葉を選ぶ。
「……私たちにも限界があります。
ですが——」
白鳥はスライドを切り替えた。
「今回のオメガ接近を受け、
JAXAでは新たな赤外線宇宙望遠鏡“KAGUYA-IR(仮称)”の構想を検討中です。」
会場がざわめく。
「太陽方向から接近する小天体を捉えるため、
地球周回軌道ではなく“月軌道付近”に配置します。
既存の望遠鏡では不可能だった
“太陽側・暗黒面の微小天体の赤外線シグナル”を拾うためです。」
若い男性が手を挙げる。
「つまり……今回みたいなケースを事前に知れるってことですか?」
白鳥は頷く。
「はい。 観測感度は現在の約4~5倍。
オメガのような低アルベド(反射率の低い天体)でも捉えられます。」
そして、少し苦く笑った。
「……ただし実用化は5年以上先になります。」
会場には
“その5年後まで世界があるのか”
という言葉にならない緊張が漂った。
《午前11時/アメリカ・ニューヨーク》
路上ライブをしていた若者が、
白いローブをまとって歌っていた。
♪ The fire will cleanse
The new dawn will rise
We are chosen, we survive… ♪
通りすがりの観光客が言った。
「……なんだ、これ。」
隣の男がスマホを見せる。
「日本の“天城セラ”っていうカリスマ。
TikTokでめっちゃ流行ってるらしい。」
「宗教?」
「いや……“終末ムーブメント”っていうか……
なんか、新しい波みたいな。」
歌う若者は涙を流しながら、
空に向かって手を広げた。
「破壊のあとに、人類は選ばれる!」
「新しい世界へ——!」
ニューヨークのビル街に、
その声が奇妙に反響した。
《午後1時/カナダ・バンクーバー》
SNSライブ配信。
白いローブを着た女性が
集団で瞑想をしている。
「私たちは恐れを手放し、新しい地球へ備える。
日本の“セラ”の言葉が心を救ってくれる。」
コメント欄には
「#RebirthWave」
「#SeraBlessing」
などのタグが並び始めていた。
天城セラの“波”は海外にも、
静かに侵食を始めていた。
《午後3時/総理官邸 会議室》
緊急会議が開かれていた。
中園広報官が言う。
「国内の“セラ信者層”は若者中心に急増中。
追従して海外でも拡散が始まり……
“祈れば救われる”ムードが強まっています。」
佐伯防衛大臣は険しい表情だ。
「新宿で、信者と一般市民の間で揉め事が複数発生。
警察が出動したケースもあります。」
藤原危機管理監も報告する。
「“学校を休ませるべき”“イベントを止めろ”という声が急増。
日常生活を正常維持するのが難しくなっています。」
サクラは資料を閉じた。
「……ついに、来たわね。」
佐伯が問う。
「総理……“緊急措置”を?」
サクラは腕を組み、天井を見上げる。
(——止めるべきか?
でも止めれば、反発が増える。)
(——日常は守りたい。でも、人の心まで強制はできない。)
「……まずは“段階的な行動制限”の検討を。
学校やイベントの扱いを省庁横断でまとめて。」
藤原が頷く。
「すぐ動きます。」
中園が静かに尋ねた。
「総理……明日もう一度、短いメッセージ出しますか?」
サクラは少し考えてから答えた。
「うん。
“強い言葉”じゃなくていいから、
みんなが立ち止まれるような言葉を。」
その目には、疲れと覚悟と、
消えない不安が混ざっていた。
《午後7時/東京都内・雑居ビル》
桐生誠は、城ヶ崎の潜伏ルートを追うため
古いネットカフェを訪れていた。
店長が言う。
「最近さ、深夜に“隠れて作業してるような奴”がいてね。
髭が伸びてて、ずっとフードかぶってるんだよ。」
桐生は身を乗り出す。
「その人の特徴、覚えてますか?」
店長は首をかしげた。
「細い体で、PCに向かうと背中が丸くなる感じ……
あ、でも名前は知らない。」
桐生はスマホを見せる。
「この男じゃないですか?」
城ヶ崎のぼんやりした集合写真。
店長は眉を寄せ、 写真をじっと見つめ——
「……似てる、気はする。」
桐生の心臓が一度強く跳ねた。
「いつ来ました?」
「三日前かな。
何か“データ”いじってたよ。
“真実を残さなきゃ”とか独り言言ってて……
あれはちょっと怖かったな。」
桐生は深くうなずいた。
(……やっぱり生きてる。
逃げてるけど、生きてる。)
彼の中で、
ひとつの線がつながった気がした。
《IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)臨時連絡》
《SMPAG(宇宙ミッション計画アドバイザリーグループ)非公式調整》
NASA 技術官
「太陽方向からの接近でデータに“欠損”が出続けています。
観測AIのパラメータを大幅に改良する必要があります。」
ESA 解析官
「特に“逆光ノイズ除去”の精度が低い。
このままでは衝突確率の誤差が大きすぎる。」
白鳥レイナ(JAXA)
「JAXAの“SHIRASE-4型AI”を共有します。
太陽風変動を補正するアルゴリズムが入っています。」
アンナ・ロウエル(NASA)
「ありがとう。
これで“次の観測窓”で誤差が少しでも縮まる。」
別の技術者
「インパクターの話題はまだ早い。
まずは“何を、どれだけ正確に見ているか”の土台が必要だ。」
白鳥
「ええ。“打つ前に見ろ”。
観測が全ての基礎です。」
アンナが画面の向こうで静かに頷く。
焦りはある。
だが、まだ正式に“方針”と言えるものは存在しない。
《深夜0時/都内・廃ビルの一室》
天城セラの配信が、
日本語と英語の両方で同時に流れていた。
部屋には数人の信者がひざまずいている。
「恐れの時代は終わります。
破壊の先にこそ——
新しい“選ばれし人類”が息づくのです。」
英語字幕が流れる。
“Destruction brings purification.
And from purification, a new chosen humanity will rise.”
信者のひとりが震える声で言った。
「セラ様……海外でも、私たちは繋がってます。」
カメラの前で、セラは微笑んだ。
「ようこそ、新しい夜明けへ。」
天城セラ
《“夜は深いほど、美しい朝は近いのです。
オメガは“終わり”ではなく“始まりの光”。”》
じわじわと広がる“言葉の力”。
Day81は、その渦が静かに膨張を始める日だった。
蝋燭の炎がひらめき、
部屋に影が揺れた。
《深夜2時/総理官邸 屋上》
サクラは一人で夜の風に当たっていた。
遠くに見える街の光。
そのどれもが、 不安に揺れているように見える。
「……今、一番怖いのは“隕石”じゃなくて……
“心が壊れていくこと”なのかもしれない。」
冷たい風が頬を撫でた。
サクラは目を閉じ、
静かに自分に言い聞かせる。
「明日は、ちゃんと伝えよう。」
小さく息を吐いた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.