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「……また、これ着るとはね」
寿司子は鏡の中の自分に呟いた。
ふんわりした生地に触れる。赤系の配色。白いフリルがあしらわれたアイドル衣装。
自然に足がステップを刻む。この一週間、体に思い出させるように、何度も練習した。
「寿司子ぉ、そろそろ出番やで」
青系の衣装を身につけたリコが、メイク台から声をかける。
深呼吸を一つして振り返る。
「行こう」
「おうよ。とっときのラーメン・チャーハンセット、届けたるで」
二人は歓声の待つ舞台へと歩き出した。
── 一週間前。
浅草、宇津久芸能。会議室。
今日も朝から事務所は落ち着かない空気に包まれていた。
「……だから言ったでしょ、エゴサやネットでの情報収集は禁止だって」
テーブル越しに腕を組み、猫田が淡々と告げる。
「それに、これは基本的に芸人には見せないことになってるんだから。読むなら早くして」
それでも、イナリズシの二人は悪びれもせず、机の上に置かれた用紙をめくる。
ライブ来場者アンケートだ。リコが一枚を読み上げる。
「『アイドルモノマネがなくてガッカリ』……へいへい、すんまへん」
「『テレビでは面白かったけど、ライブは普通』……普通って何気にキツイね」
「『ある意味イナリズシらしかったけど、TVは無理矢理やらされてたの?』……ま、半分正解やね」
──沈黙。
「……だいたい、似たような内容やな」
「うん、SNSの呟きも同じ温度感だった」
猫田が指先で机を軽く叩いた。
「ネットでデータは拾ったわ。あなたたちの評価は『賛六、否四』。悪くない数字よ」
「悪くない……ですか?」
寿司子が顔を上げる。
「ええ。万人に好かれる芸人は、だいたい消えるのも早い。ただし──今のあなたたちは、TVしか知らない人には“何者か分からない状態”。だから前回は滑ったの。期待と違うものを、いきなりフルコースで出したから」
リコが小さく呟く。
「……観客が求めてないものだけ出した感じ?」
猫田はわずかに口角を上げた。
「理解が早いわね。だったら次はどうする?」
二人は顔を見合わせる。
そのとき、寿司子のスマホが震えた。画面に表示された名前を見て、二人とも固まる。
──リソ。
あの収録の日から一度も返信がなかった。
寿司子は恐る恐るLINEを開く。
『おい、6番目』
『握手会で聞いたけど、アタイらの真似してないって?』
思わずリコが吹き出す。
「アイドルの情報網、どうなっとんねん!」
寿司子は指を止めたまま考え、ゆっくりと打ち込んだ。
『すみません。今度はラーメン作ります』
──既読がつく。
アニメ風チビキャラのリソが首をかしげるスタンプが返ってきた。
「伝わってへんやん!」
リコのツッコミが背中にヒットする。猫田がため息をついた。
「いいから、やることをやりなさい。次のライブもチケット完売よ」
──そして、週末の劇場。
照明が落ちる前から、客席はざわついていた。
「おたくもイナリズシ目的?」
「今日はモノマネやるかな?」
期待が、はっきりと聞こえる。
袖で、リコが小さく言う。
「……初っ端から全速やで」
「……うん、でも客席も意識…!」
「今、話題沸騰! 本物公認、暴走アイドルコント!イナリズシ!」
司会のコール、そして『レトルトパック・ラブ』イントロが鳴る。
拍手と歓声。いつもより、少しだけ熱い。ステージへ駆け出す。一瞬で空気が変わる。
「似てるー!」
「きた!」
「リソちゃーんっ!」
本人から仕込まれた完コピのダンスを見せる。歓声と手拍子。
──よし、掴んだ。
曲の間奏、間髪入れずにMCへ。
「みんな〜♡ 今日もありがと〜♡」
リソの録音音声に寿司子が完璧な口パクを合わせる。素早くマネージャー役に切り替わったリコが声を上げる。
「はい、このまま食レポ収録やで! 巻きで!」
客席がクスッと揺れる。
「リソでーす!今日は、こちらのお寿司屋さんに来ておりま〜す♡ お腹いっぱい食べちゃうフリしま〜す!」
「フリってバラすな!」
小さな笑い。まだ浅い。
──寿司子は間を詰める。
「うわぁ!キラキラしたお寿司さんたち!リソ、どれから食べたらいいか、わからなぁい♡」
「ええぞ、好きなもんいけ!」
「ん〜〜!ボタンエビさん、ぷりっぷりでお口の中が竜宮城のパレードだよぉ〜!」
「上手い!ナイスコメントや!」
観客が求めていた、リソの口調と言いそうなセリフ。客席が柔らかくなる。
──もう一歩。
「でも、この食レポ『PR表記』ついてますぅ?大丈夫かなぁ〜?」
「そこ気にすな!」
客席の温度が上がった。
──今だ。
ふっと息を抜き、トーンを地声に落とす。
「……ねえ。これ、一貫で原価いくら?」
急展開に一瞬、客席が驚く。そこでリコが、すかさず返す。
「しっ!リアルなとこいくな!」
笑いが跳ねる。
──もう一撃。
「コンサート会場のドリンクより利益率エグくない?」
「言うたらアカンっ!」
繋がった。完全に流れに乗った。
寿司子は再び『リソ』に戻る。
「次は大トロさん、くださいなっ!やぁん♡衣装とお揃いで可愛い〜!」
「よし!そのまま行けよ!」
寿司子は、また地声に戻す。
「……脂すご。明日、顔がテカる未来しか見えない」
「現実に戻るな!」
「脂質カットサプリ、経費で落として」
「買うか!」
どっと笑い声。
──ここで、さらに攻める。
「次は〜。あ、『シャリ抜きで、ガリとカズノコだけ山盛り軍艦』って、できますぅ? 」
「なんや、その注文」
「咀嚼音でASMR動画撮りたいんです〜♡」
「店ん中でやるな!営業妨害や!」
よし、ウケてる。
二人は会場の反応を見ながら緩急をつける。そろそろ仕上げだ。
寿司子、お茶をすする仕草をする。
「……はぁ。やっぱり、お寿司って最高!」
「よし、そのまま締めや!」
寿司子は満面の笑顔で完璧なアイドルに戻る。
「とっても美味しかったです♡
ここのお寿司と私たち、どっちも“ネタ”が命ですねっ♡」
一拍置き、リコの鋭いツッコミが響く。
「そっちで締めんのかいっ!はよ曲行け!」
──爆笑とまでは行かないが、悪くない空気でコントパートは終わった。
そのままダンスへ。コンサート会場のように客席が盛り上がる。
曲のラストで決めポーズ。大きな拍手と歓声が二人を包んだ。
振り返ると大ウケではない。でも。
「……届いたな」
袖に戻りながらリコが言い、寿司子もゆっくり頷いた。
──客席の後ろ。
猫田とメグが立って見ていた。
「ふん、ちょっとは客の方、見るようになったじゃん」
「まだまだ、これからね」
──後日、稽古場。
スマホが鳴る。リソからのLINEだった。
『送られた動画見た』
『Bメロのステップ、マシになったな』
『アタイはボタンエビよりウニが好き』
さらに続く。
『ラーメンは、いつごちそうしてくれんの?』
目をキラキラさせたアニメ調リソのスタンプが続く。
思わず寿司子が笑ってしまい、リコが覗き込む。
「なんて?」
「……一応、合格っぽい」
リコが肩を回す。
「ほな、徐々に積み上げやな」
寿司子は、少しだけ遠くを見る。舞台から見た客席。あの呼吸。
「……うん。いつか、ちゃんとチャーハンで“満腹”にしよう」
小さな手応え。でも確かに、自分たちの手で掴んだ感触だった。
──続く。
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