テラーノベル
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スタジオの空気は、どこか軽かった。
笑いが起きる前提の場所。
けれど同時に、それがそのまま届くとは限らない場所。
『WARAU王様』
観客はいる。だが、本当の観客は──テレビの向こう側だ。
──五月晴れのある日。
「テレビ用のネタ見せ番組かぁ……」
リコが『WARAU王様』と表紙に書かれた台本を眺めながら言う。
「ライブとは、ちょっと違うね」
寿司子はサンプル動画が流れるモニターを見ながら言う。
「“バズモノ”以上に人気も歴史もある番組よ。宇津久から出演者が出るなんてね……」
猫田が感慨深そうに呟く。
「で?ウチら、いつも通りに、やればええんやろ?」
「そうね。アイドル物真似とコント。鉄板ネタで問題ないわ」
「……私たち、もう、すっかり『湯煎式』の人になっちゃいましたね」
寿司子は諦めたような口調で言う。
「でも、ただ似てるってだけからネタの方の評判も上がってきている。データ上の事実よ」
猫田にそう言われても、二人はイマイチ実感がわかない。
「今は目の前のことに集中して。仕事が来るのは悪いことじゃないわ」
猫田は二人の肩を強く叩いた。
──そして本番当日。
「はい、カットです!さっきのくだりから、もう一度お願いしまーす!」
ADが進行を止め、仕切り直しを告げる。出演者も指示を聞きながら、コントや漫才をやり直す。
「観客の皆さーん!笑い声、三パターン撮ります!最初はざわめく感じで!」
笑いは起きている。しかし、笑っている映像を撮っているだけ。それは後で差し込まれる『素材』としての笑いだった。
「なんか……バズモノん時より、演出感ハンパないわ」
二人は、そんな違和感を感じながら収録を眺めていた。
そのとき。
「……あんたらがイナリズシ?」
後ろから低い声が浴びせられる。
振り向くと、黒いスーツの男が二人。
無駄のない立ち姿。
空気が、わずかに引き締まる。
「そうやけど?」
リコが一歩前に出る。
「前にテレビで見た。湯煎式のモノマネ」
感情のない声。
褒めているのか、測っているのか分からない。
リコが口角を上げる。
「なんや。ウチらの事、気になるんか?」
一拍の間。
「……別に。ただ──」
一瞬だけ視線が寿司子に向く。
「もっとテレビ映えを意識したほうがいい」
それだけ言って、二人は離れる。
「……なんやあいつら」
リコが舌打ちする。
「本番でウチらの実力見せつけたろか」
「う、うん……」
寿司子は、二人の背中を見ながら頷いた。『テレビ映え』その一言が頭から離れない。
そして出番がやってきた。
「本人公認!危険なアイドルコント!イナリズシ!」
春の☆湯煎式のイントロが流れる。
拍手。歓声。
あれから何度もネタを練り直し、ライブで大ウケだったアイドル寿司コントに入る。
寿司子のモノマネが客を掴む。
リコのツッコミも冴える。
笑いは、来た。
しっかり、確実に。
一回も止められず、やり直しの指示もなく完走したという手応え。
拍手を浴びながら控室に戻る。
「……よし、こんなもんやろ」
「うん、完璧」
その時、スタジオの様子を映すモニターの音声が控室に響く。
「続きまして!笑いの完成形!フラットライン!」
「は?あのイケ好かん二人やん!」
二人はモニターを見る。
ステージにはあの二人組が立っていた。
「どうも、フラットラインです」
静かな入り。
「最近AIに仕事奪われるって言うじゃないですか」
「いつかAIが人間を面接する時代、来ると思うんですよね」
一つ目のネタ。
──ドッ。
笑いが揃う。
「あなた、志望動機がフワッとしてますね」
「それが人間らしさです」
──ドッ。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
ネタの一つ一つに、会場が正確に反応する。速すぎず、遅すぎず。笑いが“一定のリズム”で積み上がる。
“均一な笑い”が続く。
「……なんや、あれ」
リコが眉をひそめる。
「無駄がない……迷いもない……」
寿司子も小さく頷く。
それは、あざとい笑いではない。設計された構造美だ。
そしてネタ終了。
拍手。
きれいな終わり方だった。
「……なんや、ウチらの方が盛り上がってたやん」
リコが胸を張って言った。
寿司子も、否定しなかった。
だけど──胸騒ぎがした。
──そして数週間後。オンエア当日。
イナリズシの二人は稽古場のテレビの前にいた。
画面には自分たちのアイドルコントが流れている。
「……あれ?」
……速い。間がない。
ボケとツッコミの間が削られ、ウケたところだけが継ぎ接ぎされ、賑やかなテロップや後から追加された笑い声で埋め尽くされている。
「……なんや、軽くない?」
リコの声が震える。
“流れていく笑い”。
引っかかりがない。
ただアイドルの格好をした二人が騒いでいるようにしか見えない。
自分たちのネタが編集されている。
──まるで、誰かに『面白くしてもらっている』みたいだった。
「……そんな、こんなの私たちのネタじゃない」
寿司子は声を震わせて呟いた。
二人の出番が終わり、「CMの後は話題の『笑いの完成形』登場!」と煽りのナレーションが流れる。
「まさか、あいつらかい……?」
CM明け、画面に登場したのは、あの二人組だった。
「どうも、フラットラインです」
彼らのネタが、ほぼそのまま流れる。
間も。空気も。観客の反応すらも、すべてが彼らの設計通りに見えた。
追加されたものと言えば、テロップやゲストのワイプ画像くらいで視聴者に正確な『笑いどころ』を示すだけに過ぎない。
「……全然、ちゃうやん」
同じ舞台。同じ番組。なのに、この格差。
「ウチらの方が、汗かいてたやん! 声出てたやん!」
リコがテレビに向かって叫ぶ。
「ウチら……『切り取られなきゃ使えない素材』やったんか!?」
リコは拳を握った。
「くやしいけど……」
寿司子は、画面を見たまま呟いた。
「あの人たち、編集されなくても成立してる。最初からテレビ用に完成してる……」
重苦しい空気が稽古場に漂っていた。
── 一方、新宿の芸能事務所。
フラットラインの二人も、テレビを見ていた。
「……どうだった?」
ツッコミ役の黒川が聞く。
「俺らは、いつも通りだな」
ボケ役の東堂は少し考えてリモコンを手に取る。
彼は録画をイナリズシの場面まで巻き戻し、画面を見つめる。
「だが……こいつら、計算で出せる笑いじゃないな」
一瞬だけ、東堂の声が低くなる。
「独自の『型』を持ったら止まらなくなる」
黒川が笑う。
「ふん。なら今は、まだ大丈夫だな」
東堂は静かに首を振る。
「……『今は』な」
離れた場所にある二台のテレビの中では、次々と芸人が登場しネタが流れている。
だが、二組の間には
確かに何かが残っていた。
編集される笑いと、編集を必要としない笑い。
同じ舞台で──
二つの“価値”が、はっきりと分かれた。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
──続く。
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