「赤葦〜まだ〜?」
朝、赤葦に声をかけてランニングに行き帰ってきてもまだ寝ていた赤葦を起こそうとしたら
二度寝の巻き添えを食らって2人して寝坊してしまった。
今日は婚姻届を提出しに行く日なのに!
「誰かさんのせいで腰が痛くて最悪です。」
「ごめんなさい…」
結婚前夜って言って赤葦だってノリノリだった癖に…
「忘れ物ないですよね?これだけでよかったっけ…」
「赤葦、早く!」
玄関で再びカバンを漁り出した赤葦に「大丈夫!」と言い張って外に出たら2人とも鍵を持ってなくて
「だから言ったでしょう」って言われた。
役所に向かう途中、表情はあまり変わらない赤葦だけど
いつもより足取りが軽いとことか繋いだ手をちゃんと握り返してくれることが嬉しい。
役所に入って”こせきじゅーみん課”ってとこの窓口で婚姻届を出した。
番同士だからか少し時間がかかっているようだったけどしばらくしたら呼び出される。
そこで役所のお兄さんから言われたのは…
「あの、こちらの婚姻届なんですが…受理できません。」
「は?」
思わず声が出てしまった。
何度も何度も確認した。不備なんて絶対にない。
その確信があった俺はその言葉を聞いてなんだか嫌な予感がした。
「なんでですか?」
と木兎さんが役所の職員に尋ねた。
「番とはいえ婚姻は法律上、血の繋がりがあるとできません。」
職員の回答は俺の予想を遥かに超えており理解が出来なかった。
「戸籍は違いますけど、お二人はご兄弟ですよね?」
「そんな…!?何かの間違いじゃ…」
納得できない木兎さんがそう言ったが、忙しいから早く帰って欲しいと遠回しに言われてしまい、役所から出た。
「とりあえず、母ちゃんに聞いてみよう。」
そう言われて木兎さんの実家に向かっていた。
血の繋がり?兄弟?
未だに先程の職員から告げられた内容を飲み込めない。否、きっと何かの間違いだ。
「赤葦、大丈夫。」
それは大丈夫か尋ねるものではなく、言い聞かせるものだった。
「ただいま。」
アポなしで来たのにも関わらず母ちゃんは「おかえり。」というとリビングに俺と赤葦のお茶を持ってきてくれた。
「今から出しに行くの?婚姻届。」
前会った時4月5日に結婚する!と報告していたから母ちゃんも知っていた。
「ううん。さっき行ってきたんだ。」
「あら、そう。じゃあ…」
「できないって。」
「…」
母ちゃんの言葉を遮るようにそう言ったら母ちゃんは黙り込んでしまった。
赤葦は心配そうにずっと俺の手を握っていた。
「母ちゃん、何か知ってる?」
母ちゃんの話はこうだった。
私たちが結婚して数年、仲のいい夫婦だったけど 子宝に恵まれることはなかった。
そんな時に養子の話が舞い込んできたの。
そして2歳の女の子を養子に迎えることを決意した。
その数年後に再び女の子を養子に迎えた。
この2人の女の子が光太郎のお姉ちゃんね。
それから更に数年後、産まれたての男の子を養子に迎えてくれないかと連絡が来た。
私たちは2人もいるし、産まれたての子どもを育てたこともなかったから本当は断ろうと思ってたの。
でも1度会ってみて欲しいって言われて、そこで出会ったのはとても若い夫婦だった。
自分たちの子どもに興味はなさそうな様子で「金なくて育てられそうにないんで貰ってください。」という2人に怒りを感じた。
親がいるのなら本当の親の元で育った方がいい、そう言うつもりだったけどその若い夫婦の様子をみて、この子は家に迎えるべきだと思ったのよ。
その男の子、光太郎はすくすくと育ってくれてちょうど3歳になったばかりの頃…
私は光太郎と買い物に出かけた時、
買い物が終わり帰ろうとしていたところに「木兎さん…ですよね?」と声をかけられたの。
声をかけてきたのは光太郎の産みの親であるあの時の夫婦の奥さんだった。
彼女は黒髪の小さな男の子を抱いていた。
3年前にあった時よりも落ち着いた様子をみてきっと「彼女も変わったのだろう。」そう思ったのも束の間。
「それ、うちの子ですよね?いいな〜そっちのが可愛いし大人しそう。」
って言われたの。
極めつけには「こっちと交換してくれませんか?」と抱いていた男の子を差し出そうとしてきた。
私は危険を感じて光太郎を連れ直ぐにその場を立ち去って、それ以来1度も会ったことはないわ。
その若い夫婦の名前が赤葦さんだったから光太郎が赤葦くんを連れてきた時にまさかと思ったけどそんな偶然ある訳ないって思ってたから…
「それじゃあ、その男の子が赤葦だったってこと?」
「そん…な…」
木兎さんのお母さんから話を聞いて納得せざるを得なかった。
でもそんな簡単に納得できる話では無い。
「じゃあ…本当に俺と木兎さんは兄弟ってこと、ですか?何かの間違いではなくて?」
「会ったときはすごく小さかったからわからないけど…もしかしたら…」
真実を知ることに意味があるのかは分からない。
それでも今俺が出来ることは、
「木兎さん、俺の実家 行ってみましょう。」
運がいいのか悪いのか、家には母が居た。
鍵はないのでインターホンを押して返事を待つ。
扉が開いて母が出てきた。
「京治?ずっといなかったみたいだけど…」
「話があるんだ。」
そう言って木兎さんと家の中に入った。
俺が帰らなくなって散らかったリビングに通された。
「初めまして。京治とお付き合いさせて頂いてます。木兎光太郎です。」
母と目が会った木兎さんは丁寧に挨拶をした。
驚いたようだが、今 目の前にいるのが自分が産んだ息子だとは気づいていないようだった。
「俺に兄さんがいるって本当?」
「だっ誰に聞いたの…」
この様子だと本当なんだろうな…
「じゃあ木兎さんのお母さんが言ってたのも本当なんだね…」
「木兎さんって…まさかあんた!」
やっと気づいたのか母が木兎さんの方を見た。
「9月20日…産んだ記憶ありますか?」
「無駄ですよ、木兎さん。俺の誕生日もまともに覚えてないでしょうから。」
「覚えてるわよ!9月20日…間違いない、その日だった。」
あの時は若かったからとか、悪かったとか、言っていたけど
本当はそんなのどうでも良くて、
もしかしたら何かの間違い、きっとそうだって思いたかった。
嘘だって言ってよ…
これで俺と木兎さんが兄弟であると確定してしまった。
もう、いいか。
血が繋がっている時点で婚姻は無理だろうから。
「行きましょう、木兎さん。」
「待って、京治!最近帰ってないでしょ?どこ行ってるの?」
「今更 親らしいこと言われても」
「あなたの家はここでしょう!」
「俺の家はここじゃない。」
「何言って…」
「あ、そうそう。木兎さんと俺結婚するんだけど、母さんたちより先にじいちゃん家行ったんだよね。」
「は…?結婚?」
「それで俺うっかり口を滑らせて仕送りはホスト代とパチンコ代になってるって言っちゃった。」
「京治、いい加減に…」
「今までありがとうございました。」
俺は木兎さんの手を引いて家を出ると足早に歩き出した。
俺が話すことはあまり無かったからほとんど2人の会話を聞いてただけだった。
わざわざ聞かなくても調べればわかったことだろうけど赤葦は自分で聞いて踏ん切りをつけたかったのかなって思ったからあまり口出しはしたくなかった。
でも、にしては赤葦の表情が暗い。
いやまぁ 恋人と兄弟だったなんてどこかの小説みたいな話信じられるわけないし、俺だって複雑な気持ちだけど…
「赤葦…大丈夫?」
「大丈夫です。ちゃんとけじめをつけれてむしろスッキリしてます。」
「ならいいんだけど…っていうか気になってたんだけど、赤葦のじいちゃん家に挨拶って…」
「行ってないですよね、嘘ですよ。」
赤葦はあっけらかんとしている。
「悪い男め…」
「その関係で木兎さんに一緒に来てもらいたいところがあるんですけど…」
「赤葦と一緒ならどこへでも!」
そして赤葦に連れていかれたのは赤葦の祖父母宅。
赤葦はことの成り行きを大まかに説明していった。
赤葦のじいちゃんとばあちゃんは赤葦に兄がいたことも知らなかったらしい。
そして最後に
「2人が毎月くれてる仕送り、母さんのホストと父さんのパチンコでほとんどが無くなるんだよね…おっといけない口が滑っちゃった。」
って嘘を現実にしていた赤葦をみて、こいつだけは怒らせないようにしないとなって胸に刻んだ。
「わざわざ祖父母の家まで連れてきてすみません。ありがとうございました。」
「全然!結婚の挨拶だもんな!2人で行かないと!」
赤葦が少し俯いた。
「どうしたの?」
「木兎さんはいいんですか…結婚、したがってたじゃないですか。事実婚しかできませんよ?」
「俺は赤葦と居られればそれでいい。」
「それに、兄弟なんですよね。俺たち…実感は湧きそうにないですが…俺と別れて結婚することだって…」
「赤葦、見損なったぜ。さっきまではかっこよかったのに!」
「…..」
「お前、母ちゃんにもじいちゃんばあちゃんにも結婚するって言ってたじゃん!なのに別れるって俺が最低な男みたいじゃん!」
「っ…すみませっ」
「そういう事じゃなくて!嬉しかったの!それが!」
泣きそうな顔をした赤葦を抱き寄せて続けた。
「俺は婚姻とか兄弟とか番とかそんな繋がりがなくたって、赤葦と一緒にいたい。だって俺たちは俺たちだろ?」
赤葦はそうですねと返してはくれたが表情は暗いままだった。
……To be continued