「ほい、コーヒー」
「ありがとうございます。」
やっと我が家に帰ってきた俺たちはリビングのソファーに並んで座っていた。
木兎さんがいれてくれた珈琲をひと口啜る。
「なんかあの日を思い出しますね。」
「あの日?」
「俺たちが番になった日ですよ。」
あの日も一日で色んなことがあって最終的にここに来て…
「あの時はまさかこんなことになるとは思ってもなかったですけどね」
「…あかーしはさぁ、俺と兄弟って知ってどう思った?」
木兎さんは真剣な眼差しで問いかけてきた。
「どうって…言われても…」
「俺はね、なんかすっげぇ納得しちゃったんだよね。」
こちらを向いて微笑んでから木兎さんは続けた。
「初めて会った時から何か会ったことある気がしてさ、あっ好きになったのはもっと別の時だけど!」
「会ったことあるって言ったって…木兎さんのお母さんの話じゃ2、3歳位の頃の1回きりでしょう?」
「そうだけど、そうじゃなくて…!なんていえばいいんだろ…?うーん…」
「…?」
「じゃあ赤葦くんに質問です。」
「はい。」
木兎さんはしばらく考えた後こう聞いてきた。
「赤葦は俺と兄弟だって知ってたら番になってた?」
「…..なって、ないと 思います。」
「だよね。俺も多分なってないんじゃないかなって思う!」
木兎さん独特の言い回しはわかりにくいけどわかりやすい。
「つまり木兎さんが言いたいのは、兄弟である俺らが結ばれるための運命だった的なことですか。」
「さすが赤葦!大正解!」
木兎さんの心を見透かされたかのような、不安を拭ってくれようとしているような、そんな言葉と瞳。
でも、俺にはこの決断が俺らにとっていいのかどうか分からない。
「もう一個質問な!もっと早く兄弟だって知りたかったって思った?」
「…思いましたよ。そしたらこんな気持ちにならずに済んだのに、何より木兎さんもちゃんと幸せになれたのにって。」
「うん…」
「でも、そしたら…木兎さんとずっと一緒には居られないじゃないですか。あなたの隣に俺以外がなんて考えたくもなくて、そしたらこれで良かったんじゃないかって思ってしまう俺って本当、最低じゃないですか」
愛する人の幸せも願えない様なやつに隣にいる資格があるのだろうか。
帰り道、木兎さんに一緒にいたいって言って貰えて嬉しかった。
それでもやっぱり、俺たちの関係は異質でしかなくて…怖かった。
「そんなこと言ったら俺だって最低だよ?むしろどちらかといえば俺が手出したって感じじゃん」
「…木兎さんは悪くないです。だから…俺と、…別れてください。」
木兎さんがいつか後悔する前に、木兎さんから別れを告げられる前に、俺が…
木兎さんの制御は昔から俺の仕事だ。だから…
「は?…赤葦、本気で言ってんの?流石に怒るよ?」
今まで穏やかに話していた木兎さんが少し声を荒らげた。
でもこれが木兎さんの為なんです。
…違う。木兎さんの為って言ってたけど本当は…
「俺、怖いんです…いつか貴方に別れを告げられるのが」
いつか一緒にいられなくなるのも、優しい貴方が心を痛めて別れを告げることも俺には耐えられない。
「赤葦、俺の目見て。」
顔を上げて木兎さんの瞳を見つめた。あぁ、綺麗だな。
「赤葦が不安になるなら何度でも言うから、ちゃんと聞いてて。これから先も変わらない。俺は赤葦がいいの。」
力強く手を握られた。
「赤葦じゃなきゃだめなの。…赤葦は?」
そんなこと言われたら愛されてるなって思っちゃうじゃないですか。好きだなって思っちゃうじゃないですか。
「俺だって…木兎さんじゃなきゃ…木兎さんと一緒にいたいです。」
「ほら俺ら超ラブラブじゃん?別れる理由が無くね?」
本当にもうこの人は…
「本当にもう、木兎さんは…はぁ仕方ないので責任とって俺が幸せにしてあげます。」
「赤葦かっけぇ!でもそれは俺の役目なんだけど!?」
そんなこんなで今まで通りの生活が始まった。
今まで通り…いや前言撤回。
木兎さんが明らかにソワソワしてる。
ものすごい既視感あると思ったら、あれだ。
高校の頃バレンタインの日にこんな感じだったな…
あの時は木兎さんからチョコ貰って、俺も一応用意してたチョコ渡したらめっちゃ喜んでくれたんだよな。
でも今はそんな時期じゃないし…
「たっだいま~!」
「おかえりなさい木兎さん。」
「エプロン!!」
「はい、木兎さんに貰ったやつです。今揚げ物してて…」
「俺の目に狂いは無かった!めっちゃ似合う!」
俺は今フリーターとして働きながら家事をしている。
木兎さんは『俺が大学卒業してちゃんと稼げるようになったら赤葦は働かなくてもいいよ!』と言っていたが子供が産めるわけでもない俺が専業主婦っていうのは気が引けるよな…なんて思ったり。
「ところで木兎さん、その大荷物はなんですか?」
「これはな…」
そう言って木兎さんは袋を逆さにした。
床一面に広げられたのは…
「ブライダル雑誌…ですか?」
「うん!したいよね?結婚式!」
いや、確かに結婚の話が出た時に式するとしたら的なこと言ったけど言い訳の1つのつもりだったんですけど…
「まぁ…したくないことはないですけど」
「あとね、指輪も見てきたんだけど赤葦に似合いそうなのいっぱいで決めらんなくて!赤葦と一緒に選びたいな〜って思ったから今度一緒に行こうな!」
「ちょっと待ってくださいよ。結婚式とか指輪とか一体いくらかかるとおもってるんですか。」
すると木兎さんが通帳を取りだした。
「俺のバイト代と子供の頃からの貯金でこんな感じ」
それなりに入った通帳…
これに俺のバイト代も足せば不可能では無いかも…?
「ムズカシイ?」
「ささやかなものなら出来るかもですね…」
「やった!じゃあ一緒に式場探そうな!」
こんな嬉しそうな木兎さんを見て俺が駄目なんていえるわけないでしょう…
「わかりましたよ。一緒に探しましょう。」
俺たちの結婚式場探しは難航していた。
αもΩも希少でさらに同性だからなかなか理解してもらえない…
もう既にいくつかの式場で断られていた。
「俺たちがちゃんと結婚できてたら婚姻届受理証明書でもみせたらやってくれてたかもですね…」
「婚姻 ジュリ…ショー…?ってのはわかんないけど大丈夫!他あたってみようぜ!」
赤葦がまたネガティブに考え始めて不安にならないように、
責任もって俺が支えてやらないとな!
なんたって俺は…
「夫だからな!」
「急に何言ってるんですか。」
「なんでもない!」
式場探しを初めて数週間がたった頃。
親戚から貰った野菜をおすそ分けしたいから来て欲しいと連絡が来て、
赤葦と一緒に実家に来ていた。
「すごく新鮮ですね。こんなに沢山ありがとうございます。」
「いえいえ、家だけじゃ食べきれないからね。」
「肉じゃがとか作ろうかな…」
「あら、肉じゃが?なら木兎家の味を教えてあげるわ!いらっしゃい。」
「よろしくお願いします!お義母さん」
なんか母ちゃん、赤葦と仲良くなってない?ずるい、寂しい…
「あ〜光ちゃんがハブられてる!」
「姉ちゃん!別にハブられてねぇし!」
「元気にしてた?最近はどう?」
「元気だよ!最近か…あぁ、今 結婚式場探してるんだけど全然みつかんなくてさ~」
「結婚式かぁ!いいね~ 式場探しってやっぱ大変なんだね…あ!お姉ちゃんがやった所は?行った?」
「行ってない!あそこなら番でも大丈夫かも…ねーちゃんに話聞いてみる!ありがとう!」
さっそく赤葦が母ちゃんと料理してる間に俺はねーちゃんに連絡してみた。
すぐに式場のサイトが送られてきて『すごくいい所だったから1度見てくるといいよ。』との事だ。
俺もねーちゃんの結婚式に行ったけど良さそうだったな…
ちょうど赤葦がキッチンから戻ってきたので式場のサイトを見せた。
「ここなら番でも普通にやってくれると思うって!ねーちゃんから教えてもらったんだけど…」
赤葦はサイトをじっくり見てから
「素敵な所だと思いますけど…木兎さん、肝心なお値段の方は?」
サイトをスクロールしてプラン案を開いてみた。
「うぅッ」
ちょっと…いやかなり予算オーバーになりそう。
でもここ以外で探すとなると大変だろうな…
「お金の心配ならしなくていいわよ」
「母ちゃん?」
「御祝儀だと思ってくれればいいわ。ほら、さっそく実際に見に行かないと」
母ちゃんに連れられ、例の結婚式場へ。
いや、さすがに急展開過ぎだろ…
車は姉ちゃんが出してくれた。
「あの、流石に払っていただく訳には…」
「まぁまぁ とりあえず見てから決めないとね〜」
赤葦が抗議するも母ちゃんは聞く気がないようだ。
車の運転は木兎さんのお姉さんが助手席にはお義母さんが乗り、俺と木兎さんは後部座席に座っていた。
木兎さんの行動力半端ないところはお義母さん似だったんだな…
なんて考えていたらあっという間に到着した。
木兎さんは来たことがあるらしいけど…
デカイな…
お金も心配だけどこれ何人招待すればいいんだろう。
友達が多い方では無い俺は頭の中で誰なら来てくれるか考えてみた。
サクラ雇うとかごめんだからな…
「あかーし、行くぞ〜」
スタッフの案内に従って見学させてもらえることになった。
木兎さんが買ってきたブライダル雑誌でちらっと見た『式場見学で確認するポイント!』的な記事を思い出しながら、差し出された木兎さんの手を掴んだ。
……To be continued
コメント
3件