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「お帰りなさいませ、社長ー」
有生が出張から帰って秘書室を覗くと、まだ夏菜たちは残っていた。
上林と何故か人事の戸田とかいうイケメンも来ていて、三人でなにを話していたのか笑っていた。
なんの用だ、戸田、と思ったが、その手には出張旅費の紙があったので、その件でだろう。
出張旅費の話で、なにをそんなに笑うことがある……と笑いすぎて涙が出ているらしい夏菜を少し不機嫌に見、
「……ただいま」
と言った。
「あ、じゃあ、失礼しましたー」
と戸田はあっさり挨拶して去っていく。
……上司がいないと部下はイキイキするものだが。
まあ、たまには息を抜いてるのもいいが、何故そこにイケメンが、と思いながら、有生は夏菜に土産の菓子箱を渡した。
「適当に分けろ」
「あ、ありがとうございます。
美味しそうですね。
お茶淹れましょうか」
うん、と言うと、夏菜は喜んでお茶を淹れにいった。
京都の老舗の上生菓子だったからだろう。
「わあ、綺麗ですねー」
夏菜は秘書室の隅にある流しで、改めて菓子を見て、喜んでいる。
「このお皿使ってもいいですかねー?」
と小さな食器棚から和菓子用の銘々皿を出して、指月に訊いていた。
「いいだろう。
せっかく社長が買ってきてくださったんだから」
と指月が流しに行き、一緒にお茶の支度をはじめてしまう。
しばらく黙って、ふたりで準備するのを見ていたが、ああだこうだ言いながら、菓子を切る黒文字まで探し出したので、そのまま社長室に戻った。
しばらくして、夏菜が黒塗りのお盆を手にやってきた。
和菓子の下に敷かれている懐紙が鶴の形に折ってある。
「これ、誰がやったんだ?」
「あ、すみません。
私です」
と言う夏菜に、
「……意外に女子みたいなことするんだな」
と言うと、
「意外にも女子なんで……」
と返された。
いや、夏菜が女子っぽくないというわけではないのだが。
というか、見た目だけなら、かなり女子力が高い感じで可愛らしいのだが……。
なにかこう、性格がザックリしてそうだからな、と思いながら、お茶を飲んだ。
淹れ方も上手い。
しかし、こいつで鶴と言うと、自宅に向かう途中にあるという罠を思い出してしまうんだが……と思ったとき、夏菜が戻ろうとしたので、有生は、
「待て」
と言った。
はい? と夏菜が振り返る。
「一応、女子なんで、別に土産を買ってきてやった」
夏菜が口を開きかける前に、
「いや、ついでにちょこっとだから気にするな」
と強く言う。
「あ、ありがとうございますっ」
とおっかなびっくりな感じで、夏菜はその白い小さな袋を受け取っていた。
「あ、いい匂いがする」
と言って微笑む。
「……開けてみろ」
ありがとうございますっ、と夏菜はその袋を開けて、可愛らしい文様の入った巾着袋を取り出していた。
「お香ですね」
……喜んでいるようだ。
社交辞令じゃないよな?
こいつ、嫌なときは、本気で微妙な顔するもんな。
本人は隠しているつもりのようだが、厄介な細かい仕事を命じられたときなんか、口では、
「わかりましたー」
と言いながら、目が死んでいる。
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「お香は魔除けになるというからな。
祟られてるお前にちょうどいいだろう」
と夏菜だけに別の土産を買ってきた言い訳に言ったが。
夏菜は、ん? という顔をし、
「……それ、誰の祟りを除けるんですかね?」
と訊いてきた。
「俺かな」
「藤原、喜んで帰りましたよ」
と夏菜が帰ったあと、指月が言ってきた。
「別に。
たまたま目についたから買ってやっただけだし」
と帰り支度をしながら有生は言う。
「そうですか?
なんかわざわざ回り道して買った気がするんですけどね」
「単に道を間違えたんだ」
「あの通り、まっすぐ行ったら駅でしたよ」
と言われ、有生はコートを羽織る手を止め、沈黙する。
「意外ですね。
ああいうタイプが好みだったとは」
「別に好みじゃないし、好きでもない。
あんな訳のわからない女に惚れるわけもない。
好きになるような理由もないし」
「でも、お香のお店で、店員さんに、どんなイメージの方に贈られるんですか?
と訊かれて、貴方、言ってましたよ。
『可愛くて、芯がある。
それでいて一筋縄ではいかない感じ』って」
「……見たまんま言っただけだろ」
「意外と一目惚れだったんですかね?」
「殺されかけたのに一目惚れするとか、頭おかしいだろっ」
「おかしいんじゃないですかね?」
指月は、しれっとそう言ってきた。
「と言いますか。
あとで振り返ったら、頭おかしかったのかな? と思う言動をとってしまうのが、恋なんじゃないですかね?」
「そんな……っ」
そんなんじゃない、と言う前に、指月は、さっさと
「では、失礼します」
と言って出て行ってしまっていた。
いい香り。
ほのかな感じで、それでいて印象に残る。
社長もいいとこあるんだなー。
今度なにかお返ししなくちゃと思いながら、日々、デスクの上に置いておいたお香の匂い袋を眺めつつ仕事をしていた夏菜だったが、金曜日、有生に呼ばれた。
「明日、例のパーティだから。
朝、迎えに行こうかと思うんだが」
「大丈夫ですよ、社長。
第一、うち、車入れませんし」
「入れませんねえ」
と後ろにいた指月が言う。
「うちの家、山越えないと来られないようになってるんで、防犯と入門希望者を試すために」
「……いやそれ、一般の客も試してるよな」
「私、会社まで出てきますよ」
と言ったのだが、
「いや、迎えに行く」
と有生は言い張る。
「そうですか?
じゃあ、お電話くださったら、うちの者が近くの道まで迎えに行きますよ」
「いや、自力で行く」
頑なにそう言ってくるので、夏菜は少し笑い、
「じゃあ、お待ちしてます」
と言って、秘書室に戻ろうとした。
「待て。
せっかくだから服でも買ってやろう。
明日、着ていく服を」
有生はそう言ってくれたが、
「いえいえ。
あんな素敵なお土産をいただいたのに、更にそんな、申し訳ないです。
そのパーティのドレスコードさえ教えていただければ、自分で用意していきますから」
と夏菜は断った。
夏菜が去ったあと、去らなかった指月が有生に向かって言う。
「藤原は結構服持ってそうですからね。
今のところ、毎日違う可愛い服着てきてますしね」
「……お前でも可愛い服とか思うのか」
「思いますよ。
藤原は自分をよく知ってると思います。
派手になりすぎない程度に主張のある可愛い服をいつもさらりと着てるので、センスがいいんだろうなと思います」
チラと指月を見上げると、
「ああ、私は彼女に好意は抱いていません」
と訊いてもいないのに言われた。
「何故だ」
と思わず言ってしまい、訊き返される。
「何故だ?
いや、貴方の好みが世間一般の基準じゃないですから。
ちなみに、私が藤原を好きになれない原因は、恐怖です」
「……恐怖?」
らしくもない言葉、というか、恋愛話には相応しくない言葉に思わず訊き返していた。
「口に出すのも嫌なのですが。
もしや、藤原は私より強いのでは……
いやいや、そんなことは」
そうぶつぶつ言いながら、指月は行ってしまった。
あの指月より強い女。
同意のもとでないとなにもできそうにないな。
この間みたいな不意打ちはもう効かないだろうし。
……いやいや、不意打ちでなにかしようと言うのではないのだが。
いやいや、ほんとに、と思いながら、夏菜が書いていった住所の紙と指月が作ってくれていた山の地図を見る。
危険な箇所に赤で×印がしてあるのだが。
「……多すぎだろ、×印」
と真っ赤になった山の地図を見ながら呟いた。
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