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さきいか
194
るななっち
106
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部屋に入った瞬間、外の熱気が嘘のように遮断される。
「……ただいま」
誰もいないはずの空間に小さく声を落としながら、すちは背中のみことをそっとソファへ下ろした。
ふにゃ、と力の抜けた体がクッションに沈み込む。
「……ん……すち……」
ぼんやりとした声で名前を呼びながら、みことは無意識に手を伸ばしてくる。
その指先が、すちの服を掴んだ。
「どうしたの?」
優しく言って、その手をそっと握る。
熱い。
やっぱり、さっきより体温が上がっている。
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
「……や……」
か細い拒否。
離れたくないとでも言うように、ぎゅっと掴む力が少し強くなる。
すちは一瞬だけ困ったように笑って、それからその手を軽く包み込んだ。
「大丈夫。ほんとにすぐ戻る」
そう言って、指先に軽く口付ける。
安心させるような、柔らかいキス。
「……ん……」
みことは少しだけ力を緩めた。
その隙に手を離し、すちはキッチンへ向かった。
しばらくして。
湯気の立つおかゆと、濡らしたタオルを持って戻ると――
みことはさっきと同じ場所で、また浅い眠りに落ちていた。
けれど、眉が少し寄っている。
苦しそうな呼吸。
「……ほら、やっぱり」
小さく呟いて、すちはソファの横に腰を下ろす。
まずは額にタオルをそっと乗せる。
「ん……つめた……」
「気持ちいい?」
軽く微笑みながら、髪を撫でる。
そのまま、頬にも触れてみると――やはり熱い。
「起きれる?」
静かに声をかけると、みことはゆっくりと目を開けた。
「……すち……」
とろん、とした視線。
完全に力が抜けた、甘い顔。
「おかゆ、少しだけ食べよ」
「……や……いらない……」
小さく首を振る。
子どもみたいな拒否に、すちは苦笑する。
「食べないと治らないよ」
「……あとで……」
「今」
ぴし、と言い切ると、みことは少しだけむくれたような顔をした。
けれど、すぐにその表情も崩れていく。
「……すちが……たべさせて……」
ぽつりと零れた言葉。
いつものみことなら絶対に言わない甘えに、すちは一瞬だけ目を細めた。
「……いいよ」
優しく答える。
体を起こしてやり、背中を支えるように抱き寄せる。
スプーンですくったおかゆを、ふっと息で冷まして――
「ほら、あーん」
「……あー……」
素直に口を開ける。
ゆっくりと食べさせると、みことはもぐもぐと小さく咀嚼して、飲み込んだ。
「……おいしい……」
「そりゃよかった」
そのまま、何口か食べさせる。
途中で力が抜けて、すちの胸に寄りかかるみこと。
その重みを受け止めながら、すちは静かに食事を続けた。
やがて――
「もういい……」
「ん、じゃあ終わり」
器を置き、薬を飲ませて再びソファに寝かせる。
そのまま、額に手を当てる。
「……まだ熱いな」
「……すち……」
弱々しく呼ばれて、顔を近づける。
「なに?」
「……ここ、いて……」
掠れた声。
不安そうに揺れる瞳。
すちは迷わず頷いた。
「いるよ。ずっと」
そう言って、みことの頭を自分の膝へとそっと乗せる。
職場でやっていたのと同じ体勢。
けれど今度は、誰にも邪魔されない。
安心しきったように、みことはすぐに体の力を抜いた。
「……すち……すき……」
ぽつり、と零れる本音。
熱に浮かされたような、無防備な言葉。
すちは一瞬だけ息を止めて、それからふっと笑った。
「俺も」
そう返して、前髪をかきあげる。
汗で少し張り付いた額が露わになる。
そこへ――
そっと口付ける。
優しく、長く。
「……ん……」
みことが小さく声を漏らす。
そのまま、頬にももう一度。
今度はもっと軽く、触れるだけのキス。
「……いっぱいして……」
目を閉じたまま、甘えるように呟く。
「……わがまま」
そう言いながらも、すちの表情はどこまでも優しい。
額、頬、こめかみ。
何度も、何度も。
やわらかなキスを落としていく。
「……んへへ……」
みことは嬉しそうに笑って、すちの服をぎゅっと掴んだ。
「……すち……あったかい……」
「それはみことが熱いからでしょ」
「……ちがうもん……」
拗ねたように言いながら、さらに擦り寄ってくる。
その様子に、すちはくすっと笑った。
「はいはい」
頭を撫でながら、優しくあやす。
ぽん、ぽん、と一定のリズムで背を叩く。
まるで眠りを誘うように。
「……すち……」
「ん?」
「……いかないでね……」
また、不安げな声。
すちはその手を握って、指を絡めた。
「行かないって言ったでしょ」
「……ん……」
安心したように、みことは目を閉じる。
呼吸がゆっくりと整っていく。
そして――
再び、穏やかな寝息が部屋に満ちた。
すちはその寝顔を見つめながら、静かに髪を撫で続ける。
時折、額に触れて、熱を確かめるようにキスを落としながら。
――ちゃんと、治すから。
心の中でそう誓いながら。
愛しい恋人を、腕の中で守るように抱き寄せたまま――
その夜は、ゆっくりと更けていった。
・・━━・・━━・・━━・・━━・・
朝の光が、カーテンの隙間からやわらかく差し込んでいた。
みことはゆっくりと目を開ける。
「……ん……」
少しだけぼんやりとした頭で、状況を確かめるように瞬きを繰り返す。見慣れない天井――けれど、すぐに思い出した。
ここは、すちの部屋だ。
そして、自分は――
ふと、体の横にある温もりに気づく。
振り向くと、すちがすぐ隣で眠っていた。
腕はしっかりとみことの体に回されていて、まるで抱き枕のように包み込まれている。
「……そっか……」
昨夜、自分が眠ったあと、すちがここまで運んでくれたのだろう。
そのまま一緒に寝てくれたことも。
みことは、そっとすちの腕に頬を寄せた。
ふわりと香る、落ち着く匂い。
包まれる体温。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
――昨日、いっぱい甘えちゃったな……
思い出した瞬間、頬がじわっと熱くなる。
看病されて、抱きしめられて、たくさん優しくされて。
普段なら見せないような姿を、全部見せてしまった気がする。
「……」
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ――
「……だいすき……」
ぽつりと、静かに零れる。
その瞬間。
「……俺は愛してるよ」
すぐ近くで、低く優しい声が返ってきた。
「っ!?」
みことはびくっと肩を揺らす。
顔を上げると、すちは薄く目を開けてこちらを見ていた。
「起きてたの!?」
「今起きた」
くすっと笑いながら答えるすちに、みことは一気に顔を赤くする。
「き、聞いてた……?」
「ちゃんと」
「……っ、やだ……」
恥ずかしさに顔を隠そうとするが、すちはそれを逃がさない。
そっと頬に手を添えて、顔を覗き込む。
「体調は?」
そのまま、額や首元に手を当てて体温を確かめる。
ひんやりとした指先が心地いい。
「……もう平気」
小さく答えると、みことはにこっと笑った。
昨日よりもずっと軽い体。
頭もすっきりしている。
すちはほっとしたように息をついた。
「よかった」
そう言って、自然に顔を近づける。
そして――
ちゅ、と軽く唇が触れた。
「……っ」
不意打ちのキスに、みことは目を瞬かせる。
けれど、すちはそのままもう一度。
今度は少し長めに、優しく重ねる。
何度も、何度も。
触れては離れ、また触れて。
そのたびに、小さな音が静かな部屋に響く。
「……すち……」
息が少しずつ上がっていく。
みことは無意識に、すちの首へ腕を回した。
引き寄せるように。
離れたくないとでも言うように。
そんな自分の行動に、すちは少しだけ目を見開く。
――珍しい。
こんなふうに積極的なみことは、なかなか見られない。
「……今日は甘えんぼだ」
嬉しそうに微笑みながら、もう一度そっと唇を重ねる。
今度は少しだけ深く、でもあくまで優しく。
みことの呼吸に合わせるように。
「……ん……」
力が抜けていく。
唇が離れたとき、みことはとろけたような表情で、すちを見つめていた。
その顔に、すちは一瞬息を止める。
――やばい。
胸の奥が強く締め付けられる。
離したくない、という思いがはっきりと形になる。
「……一生、離さない」
小さく、決意するように呟く。
「え?」
「みこと」
名前を呼んで、まっすぐに見つめる。
そして、ふっと柔らかく笑った。
「同棲しよ?」
「……え?」
あまりに突然の言葉に、みことは目をぱちぱちとさせる。
「え、でも……」
戸惑いがそのまま声に出る。
けれど――
「お願い」
すちはそう言いながら、再び距離を詰めた。
軽く、唇に触れる。
そして、また一回。
さらにもう一回。
「んっ、ちょ……」
言葉を続けようとするたびに、キスで遮られる。
優しいのに、逃がさない。
そんな意地悪さに、みことの思考はだんだん追いつかなくなっていく。
「…んっ…すち……っ」
「うん」
「……まって…んんっ…」
「待たない」
くすっと笑いながら、また触れるだけのキス。
何度も繰り返されて、息が少し乱れてくる。
頭がぼんやりしてくる。
――もう、いいかな……
そんな気持ちがふっと浮かぶ。
もともと、嫌なわけじゃない。
むしろ――一緒にいたいと思っているのは同じで。
「……いい……よ……」
小さく、呟く。
「ん?」
「……同棲……する…からぁっ…」
そう言った瞬間、すちの表情がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「……うぅ…」
まだ少し息を整えながら、みことは頷く。
その顔は照れているのに、どこか嬉しそうだった。
「……やった」
すちは心から安心したように笑って、もう一度だけ軽くキスを落とす。
「これから毎日、ちゃんと見てるから」
「もう…っ」
みことは小さく頷いて、すちの胸に顔を埋めた。
昨日よりもずっと元気な体で。
それでも、甘えるように寄り添いながら。
新しい日常の始まりを、静かに感じるのであった。
__𝐹𝑖𝑛.
2026年8月4日
コメント
1件
はぇぇ、もうエモいと尊いが入り交じってる😭最高天才じゃん別の話も上がったら見るね💕︎