黒崎さんは、運転も上手だった。
性格も優しいし、気を遣えるし、容姿もカッコいい。
仕事もできるからあんな高そうなマンションにも住めるんだろうし、完璧すぎる。
私が彼女でいいのかな。
どこかの令嬢さんの方がお似合いなのでは?
そんなことを考えていると
「何か考え事ですか?」
私が難しい顔をしていたためか、心配そうに声をかけてくれた。
「いや。あの、私みたいな子が彼女でいいのかなって思って」
「どういう意味ですか?」
「黒崎さんって完璧すぎて」
「どこがです?」
「優しいし、カッコいいし……。完璧だなって」
彼はハハっと笑ったあと
「そんな風に思ってくれているんですね。俺は、興味がない人には無関心なので、会社の同僚とかには冷たいって言われますよ」
黒崎さんが冷たいというイメージが私はなかった。
会社では、どんな雰囲気なんだろう。
もっと黒崎さんのことを知りたい。
「黒崎さんのこと、もっとよく知りたいです。いろんなこと。家族のこととか。仕事とか」
「そうですね。話したこと、なかったですね」
「俺、両親はいないんです」
それから彼の話は続いた。
彼の両親は日本人。
兄弟はいない。
記憶はないらしいが、三歳くらいまでは日本で育ち、気がついた時にはアメリカの祖母のもとで暮らしていた。
「両親について、詳しいことは教えてはくれませんでした。何か事情があったんでしょう。俺も祖母が母親だと思っているので、大人になってからも詮索はしていません」
アメリカでの生活は大変だったと彼は教えてくれた。
「言葉も最初はわかりませんでしたから。コミュニケーションが大変でした。必死で勉強をして、小学校高学年になるころには生活にも慣れて、特に問題はありませんでした。このまま一生アメリカで暮らすと思っていました」
「夢もありませんでしたし、淡々と暮らしていました。大学に入学をして、将来の仕事についてもこれといった希望がなくて。ただその時、祖母の経営をしていた会社が経営難になったんです。祖母の会社の取引先が日本でした。取引先がなぜか俺のことを気に入ってくれていまして。日本に来て、自分の会社で勤めてくれたらなんとか融資を続けるって言ってくれて」
「俺一人が日本に行くだけで、今まで育ててくれた祖母にも恩返しができるし。行きたくないと返答する理由がありませんでした。まあ、祖母が俺のことを最後まで心配してくれていましたけど」
「祖母は今も元気ですし、連絡も取り合っています。日本での生活も暮らしてみれば、苦痛ではなかった。それに……」
「愛ちゃんに会えたから、日本に来て良かったと思っています」
彼の言葉と表情にドキッと大きく鼓動が鳴った。
私が考えていた以上に、黒崎さんはいろんな経験をして苦労を重ねてきたんだ。
一人でいろんなことを背負ってきたに違いない。
「暗い話になってしまい、すみません」
彼は気にしないでくださいと付け加えてくれた。
「私、黒崎さんの支えになりたいです!今は頼りないかもしれないけど。もっと強くなって大人の女性になれるよう頑張ります」
もっともっと強くなりたい。
彼が頼ってくれるような人になりたい。
いつまでも守られているようじゃダメだ。
「もう十分支えられています。俺が愛ちゃんを守らないとね」
「ダメです!たまには守られててください」
私の言葉を聞いて彼は笑ってくれた。
「わかりました。期待しています。でも……」
車が信号で止まる。
黒崎さんは私が先ほど口にしたレモンティーを自分で取り、飲んだ。それを見て私の顔が赤くなる。
「これくらいで顔を赤くしているようじゃ、まだまだですね」
「……!」
やっぱり、彼には全てお見通しみたい。
「うわぁ!海だ!」
車の窓から景色を見ると、海面が見えた。
もともと住んでいたところに海はない。
海水浴もほとんどしたことがなかった。
天気が良かったため、水面に映る光が綺麗だ。
東京湾とは違う。
いつの間にかこんなに遠いところまで来ていたんだ。
「着きました」
海岸沿いにあるレストランに入る。
広く、オシャレな内装。
季節は夏。
土曜日ともあって観光客やカップルでほぼ満席の状態だったが、ざわざわとした印象はなく、落ち着いて食事ができそうな雰囲気だった。
黒崎さんが名前を伝えると、待つことなく席に通された。
海が見える席だ。予約をしてくれていたらしい。
「いらっしゃいませ」
四十歳くらいだろうか、ウエイターさんがお水を持って来てくれた。
「お久しぶりです」
黒崎さんが声をかける。
「久しぶり。元気にしてるか?」
知り合いなのかな。
「はい、元気です。緑川さんもお元気ですか?」
「ああ、なんとかやっているよ。そちらの女の子は?」
緑川さんの視線が私に向けられる。
「あの……」
挨拶をしようと思った。
「俺の彼女の東条さんです」
黒崎さんが紹介をしてくれた。
「初めまして。東条と申します」
それを聞いた緑川さんは驚いた顔をしていた。
「同じ会社で勤めていた時も、黒崎に彼女がいるとかそんな話、全然聞いたことなかったからな。びっくりしてるよ。まあ、一方的にモテてたのは知っているが。こんな若い子が彼女か。彼女さんは、黒崎のどこが気に入ったの?」
「えっと……」
「緑川さん、まだ付き合ったばかりなんです。またゆっくりお話させてください」
返答に困っていると黒崎さんが助けてくれた。
「おお、ごめんな。おっちゃん、嬉しくてね。会社では冷静沈着で何も興味がありませんってやつだったからさ。女性社員には人気だったけど、連絡先さえ教えてくれないって評判だったからな。そんな黒崎が付き合った彼女さんに興味があって。まぁ、ゆっくりしていって。サービスするからさ」
そう言って、緑川さんは戻って行った。
「会社の元上司なんです。仕事もできる人でした。自分のお店を始めたいって言って退職したんです。ここは、彼がオーナーをしているお店で。たまに一人で来るんですよ。最近は混んでいてゆっくり話もできませんが、料理はおいしいんです」
「予約はしてあったんですが、彼には伝えていなかったので、あいさつに来てくれるとは思いませんでした。愛ちゃんもびっくりしましたよね?驚かせてすみません。でも、良い人なので」
「いえ、私もお会いできて良かったです。黒崎さんのこと少し知れた気がして嬉しい」
やはり、この容姿だからか会社では人気なんだろうと緑川さんの話を聞いて思った。
なぜか少しズキンと心が痛んだ気がした。
あれ、この気持ちはもしかして嫉妬とかいうやつなの?
「お任せで頼んでみたんですけど、良かったですか?」
「はい、もちろん。うわぁ、おいしそう」
次々と並んでいく料理に、彩も綺麗で食欲をそそられる。
そんなマイナスなことを考えないで、今は楽しまなきゃ。
「いただきます」
一口食べてみると
「おいしい」
思わず笑みがこぼれる。
「良かった」
私の顔を見て、黒崎さんも笑ってくれた。
食べ終わり
「お腹いっぱいです」
料理がおいしくて、恥ずかしいと感じながらも自分の分は全て完食をしてしまった。
「無理させちゃいました?結構量が多かったので」
「いや、無理なんて全然してないです。おいしくて全部食べちゃいました!女の子らしくなくてごめんなさい」
すでに食べてしまっているので遅いが「お腹いっぱいになってしまったので、食べるのを手伝ってほしい」といった発言をした方が良かったのか。
恋愛経験がないから正解がわからないよ。
「俺は、おいしそうに遠慮なく食べてくれる子の方が好きです。愛ちゃんが美味しそうに食べてくれているのを見て安心しました。可愛かったです」
褒めてくれていると思っていいのかな。
お会計は、黒崎さんが払ってくれた。
こういう時はどうするのだろうと思っていたが、彼曰く
「俺は働いているんで。愛ちゃんは学生でしょ?こういう時のお金とかは心配しなくていいですから」
そう言ってくれた。
毎回毎回出してもらうのは、申し訳ない気がすると考えていたら
「俺の家に来た時とかに、たまに料理を作ってくれると嬉しいです。愛ちゃんのご飯、おいしいし」
どうして彼は私の考えていることがわかってしまうんだろう。
「はい、わかりました。じゃあ、甘えさせてもらいます」
黒崎さんの気持ちに甘えることにした。
私のできることをして、彼が喜んでくれるように頑張らなくちゃ。
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