樹は、ほんの一瞬黙って、そして続けた。
「俺の奥さんになってくれ」
えっ? 樹……
突然の言葉に、体が熱くなる。
まさか、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
だって、まだお付き合いの返事もしてなかったから……
「まだ柊のこと、好きなのか?」
心が揺れるのを感じた。
「……完全に忘れたかって言われたら……まだ……かな。でも、私ね、樹に言ってないことがあるんだ」
「何? 聞きたい」
樹の声……
大人の男性のすさまじい色気を感じた。
私を見つめる樹の瞳も、嘘みたいに綺麗で……
唇も、鼻も、髪型も、輪郭も、全部、全部、美し過ぎる……
「私……樹が好き」
何かに背中を押されたような感覚だった。
こんなにも自然に樹への想いが言葉になるなんて、自分でも信じられなかった。
見つめあう時間の分だけ、愛おしさが募る。
一緒に暮らさなければ、きっとこの気持ちに気づかなかっただろう。
確かに樹は強引だったけど、今はその強引さに感謝したくなった。
「柚葉……本当に?」
私は、うなづいた。
「柚葉が俺を……」
「……好き。私は、本当に樹が好きだよ」
そう言った瞬間、樹は優しいキスをくれた。
唇を重ねている間も、樹の深い愛情を感じる。
私、今……とても幸せだ。
「でもね、樹。その返事は、やっぱりすぐにはできない。柊君との結婚が破談になったばかりだし、今すぐには……。それに、私、もっと樹のことをちゃんと知りたい」
それが私の本当の気持ちだった。
結婚がダメになった今は、正直、まだ混乱していて何が1番良いことなのかがよくわからなかった。
結婚が……本当に必要なのかどうかも。
「わかってる。お前の気持ちが結婚に向くのを、俺は待つ。何年でも待つから。それまでは、俺と一緒にいてくれ。もう恋人になってもいいだろ?」
確かに……
樹の恋人になることに全く異論はなかった。
気づいたら、私は笑顔でうなづいていた。
自分の中で、柊君のことがスッキリしてるわけじゃない、それでも……
私は、樹が好き――
その気持ちには、素直になりたかった。
私達は、キス以上のことはしていない。
ただおでことおでこをくっつけたり、頬や髪を触ったり……。今は、それだけで充分だった。
これから、もっとたくさんあなたのことを教えてほしい。
たとえ顔が同じでも、中身は全然違う。
樹は、樹だ。
柊君とは……違う。
きっとあなたは私だけを好きでいてくれる。
不思議だけど、樹のことは、驚く程自然に深く信じることができた。
結婚のことはまだ何も決められないけど、でも……
ずっとずっとこの人の側にいたい――って、心が何度も叫んでいた。
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