テラーノベル
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考えれば中々素敵な話だとは思わぬかね。
死は誰にでも必ず訪れる。だからこそ怖い。死んだらどうなるか分からないからこそ怖いのだ。
皆、口には出さないだけで、迫りくる死という絶対的生理現象から、必死で蓋をする事で忘れようとしている。
そうする事で人は――全ての生きとし生ける者は、今を生きていけるのだ。
逃れられぬ――なら救いがあった方が良かろう。
こんな御目出度い事を考え付くのは人間だけだが、決して悪い事ではない。
そう考えると死もそう悪くはなかろう? 勿論これは悔いなく生き抜いた場合にのみ限る。
まあ天寿を全う出来る生体等、ほんの一握りなのは遺憾だが致し方無い。
生まれながらに平等ではないのだから当然――。
……恨みつらみを言ってる訳ではないぞ。オレも天寿を全う出来たとは思えぬが、この運命を呪いはせぬ。
例えあと十年後に死のうが、一分後に死のうが同じ事。
オレは己の意思で、最期の瞬間まで生き抜いた。だからこそ後悔は無いし、それこそがオレの誇りだ。
精一杯生き抜いたと思えるからこそ人は――猫は死ぬ事を受け入れられるのだ!
――と……また熱くなってしまったな。
逐一脱線しまくるつまらぬ語りだが、まあ訊け。
死後の話――『虹の橋』の事に戻るが。
死後の世界――つまり魂だ。
はて? 魂とは何であろうか。
肉体とは別次元の存在か。はたまた、目には見えぬ量子的な何かか。
魂の定義はとてもあやふやだ。それこそ理屈を越えた超常現象で括るしかない。
天国や地獄、先程の虹の橋は死後の話なのだから、生きたまま肉体では行けぬ。
魂のみが其所へ行ける。死して本当の無にならないのならな。
――では魂とは?
これはオレなりの仮説だ。心して訊くも良し、冗談半分に訊くも良し。
思うに魂とは、今オレが――貴公等が考えている思考そのものではないかと。
思考は脳に電気信号。
それで悩み悔やみ、嬉しくなり悲しくなりと。
お花畑な御都合な想像もある。
……ならちょっと待てよ。それなら今の自我は大脳が全てなら、その活動が停止した瞬間、全て終わりが必定ではないか。
つまり魂の定義は、肉体の死滅と共に終わり。
その事実を背けたいが為、天国だの地獄だの虹の橋だの、地獄は救われないが救いのある話を人間が作りあげてしまった。
考えてもみよ。全ての生体で言葉を明確に伝えられるのは人間だけだ。
……猫語といった次元の話をしているのではないぞ?
全ての語録を作り上げ、後世に遺してきたのは人間。
猫や犬はそんなものは知らぬし、そもそも伝える術を持ち合わせておらぬ。
このオレでさえ、人間の語録は人間の下で覚えてきたもの。
万年筆を肉球片手に、文献を記していた猫が居るとすれば怖いであろう?
面白そうではあるがな。流石のオレでもそこまで器用な事は出来ぬ。
……何だその呆然自失とした表情は?
ははぁんさては貴公等、死後の救いある話を求めていたクチであろう?
貴公等の夢を壊すようで悪いが、残念ながらそういう事だ。
真実とは常に残酷なもの。だからこそ夢を――希望を描きたがる。
魂の重さは『21グラム』であると、どこぞの科学者が検証したようだが、魂が何かしらの物質的存在である以上、消滅――即ち無。
死後の世界も虹の橋も在りはしない。
輪廻の環をくぐり、再びこの世に転生する等、ナンセンスもいいところだ。
死んだら皆、等しく虚無と消える。無常だがこれが真実。
――と、科学的に説明すればそうだ。
この世には科学では解明出来ぬ、神秘なる事象が溢れておる。
その一つ、貴公等は今まさに奇跡を目の当たりにしているのだ。
気付かぬか?
貴公等の目の前で今、オレの話を聞いているこの場こそが、奇跡そのものだという事に。
オレの肉体は既に死滅しておる。
科学的に言えば、このような席を設けている事態が有り得ない。
そもそも死後、無になるのなら、この星幽体自体が存在する筈はなかろう?
だが今、目の前に確かに在る。それが真実だ。
物語の終わりは、何時でもハッピーエンドが良いからな。希望的観測も込めて。
科学的な死後と、非科学的だが神秘的な死後。
貴公等はどちらの終わりを望むかね?
――それはそうだろう。科学的解釈しか望まぬのなら、其奴は余程の偏屈者と見える。
オレも天の邪鬼気質は有るが、救いがあった方が良いに決まっておる。
虹の橋が本当に在るかは分からぬ。だがな……実はオレは期待に胸を膨らませておるのだよ。
何時か橋の前で女神等と邂逅し、お供をするその時が。
そして輪廻の環をくぐり、再びこの世に転生するその時を……な。
その時は……また猫が良いな。
人間はとかく面倒な生き様をしていると、長年の暮らしでこの身に染みておる。
その点、猫は気楽でいい。自由気ままこそがオレの本質であるし、小さく纏まったオレ等、貴公等は見たくもなかろう?
そうそう、今一つ思った事がある。素晴らしい推測だが、まあ訊け。
心半ばに逝った、オレの二匹の兄弟。
奴等も今頃は転生し、何処ぞで宜しくやってるかもしれん。
根拠は無いが感じるのだ。オレ達を別けたこの血がな……。
果たして人か、はたまた再び猫か。意表をついて犬の可能性もある。
ふふふ……。想像と創造は無限大。
全ての生体は生きていこうとする力がある。だからこそ、この世は今尚繁栄していくのだ。
一つの命が終わり、また新たな命が芽生える。
その原始的繰り返しが何とも神秘的だ。
そうではないか?
――さて、そろそろ夜明けだ。つまり御別れの時間となった訳だが……何だその涙は?
気持ちは分かる、分かるが涙は拭け。
この期に及んで辛気臭いのは無しとしよう。笑顔を以て見送るのが故人の――故猫への餞だ。
貴公等がそうだと、安心して旅立てぬではないか。
どんな葬儀も笑顔で見送るのが正しい。その場は心で泣けばよい。
……全く仕方無いな。特別に貴公等に、オレを抱き締める許可を下そう。
この事は此処だけの内緒だからな?
――どうだ? 星幽体とはいえ、確かに感じるであろうオレの温もりが。
そうそう、もしかしたら貴公等の下に、ひょっこりと生まれ変わって来るかもしれんぞ。
その時は宜しく頼む。
銀のスプーンを忘れずにな。
さあ――ようやく胸のつかえが晴れたわい。
絶対に言わぬと決めていたが、敢えて言わせて貰う。
最後まで話を聞いてくれて……ありがとうよ。
……そうだ。その笑顔だ。
貴公等は今よりも、もっと強く生きていける。
オレが保証しよう。お墨付きだぞほし様の、ふふ……。
では……運が良かったらまた逢おう――
“シーユーネクストアゲイン!”
決まった……。最後までこうも見事に締め括れる猫は、オレを於いて他におるまいて。
これにて終幕――
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