テラーノベル
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常闇のダンジョン最深層をクリアした私たちを、 柔らかな日差しが包み込んだ。
「うーん…!
……ふふふ…季節は春かな…?」
私は背筋を伸ばし、両腕を大きく広げて伸びをした。
久しぶりの太陽の光が体中に染み渡る感覚に、
思わず目を細める。
陽光を浴びながら、
私は故郷である日本の春の風景を懐かしく思い出した。
桜並木と、花見のざわめき。
名前の由来の花びらが、脳裏で舞う。
そこに祖父母の顔が浮かんだ。
私がここで生きていることを、
あの二人は知らない。
おじいちゃん、おばあちゃん──
そっちには行かず、サクラは今、異世界で生きてるよ。
“恥ずか死”っていう面白い最後でごめん。
でも、ちゃんと笑ってるから安心して。
──私は、心の奥で祈るように。
まぶしい太陽へ、届かぬ想いをそっと重ねた。
「うわぁ……
これが外の世界なんだね……暖かいねぇ!」
初めてダンジョンの外に出たエスト様はとてもはしゃいでいる。
「エスト様、たまたま今は暖かいだけ。
この外の世界では時には水が降ることも、
氷が降ることも、雷が降ることもある」
「くくく……あはは……あっはっはっ!
……そしてこれから愚かな人間どもの血をさ!?
降らせに行くところだしなぁーーーッ!?」
私は刀を舐めながら叫んだ。
「お姉ちゃん……?」
「サクラ殿……?」
二人がガクブルしている。
「うふふ。いやだー私ったら!
冗談ですよ? じょ・う・だ・ん」
「いや、もの凄い殺気だった……」
「ですな……」
──
そして、エスト様は意を決したように口を開く。
「あのね! お姉ちゃんと辰夫に言っておくよ!
私は人間を苦しめるつもりは無いからね!」
私は“エスト☆マジックスティック”の
後遺症かとオロオロしながら確認をする。
「ええッ!? エスト様!? お気は確かですか?
スティックのように何度も振り回されて、
脳を何度も頭蓋骨に叩きつけられたからですか……?
あんな自分の事だけしか考えてない欲深く……
そして愚かで汚い生き物……
生かしておく必要なんてありますか?」
『天の声:それはサクラ個人の見解です』
「お姉ちゃん……元人間だよね……?
過去に何があったの……?」
「うふふ。冗談ですよ? じょ・う・だ・ん」
「いや、冗談に聞こえなかった……」
「ですな……」
…
私たちはまず、ダンジョンの周囲を散策する事にした。
どうやらダンジョンは森の中にあったようだ。
ダンジョンの周囲には木が生い茂り、
野いちごのような物が生えていた。
「あら、美味しそう。
モンスターの肉ばかり食べてたから、
こういう果物は久しぶりだわね」
ひょい! ぱくっ!
私は野いちごを食べた。
いつか拾い食いするクセを治したい。
──その時である。
私の頭の中にシステムの声が響いた。
【サクラはスキル:光合成を習得しました】
「は?」
私は固まった。
【システムログ:日光を検知】
【システムログ:処理を開始】
なんのはなし……?
頭に入ってこない。
【システムログ:サクラ稼働中】
……あ、なんか体がポカポカする。
息を吐くたび、空気が軽い。
「……こ、うご……せ……い!?」
ち、ちょっと待って!
私、歩く森林!?
空気清浄機なの!?
え、私、鉢いる?
水やりとか必要!?
──脳内整理が追いつかない。
そして、脳が処理を拒否。
「ファーーーーーーーーーーッ!?」
いつの間にか私は叫んでいた。
「きゃ!? な! なに!?」
「敵襲ですか!?」
身構える小娘と辰夫。
……これは甲子園のサイレンのモノマネでは無い。
私のモノマネレパートリーの中に、
甲子園のサイレンは──……確かに、ある。
しかし、これは違う。違うのだ。
私の脳裏にお婆ちゃんとの記憶が蘇る。
お婆ちゃんの膝の上で、幼い私は言った。
──おばあちゃん! 私ね?
大きくなったら甲子園のサイレンになるんだ──
そしてお婆ちゃんの「ふふふ……サクラならなれるかもねぇ」ということば。
『天の声:人じゃないぞ?あれは音響設備だ』
「嘘でしょ!?日本中が騙されてた!?」
『天の声 : お前だけだ』
「……」
あの適当な肯定が、いま私を殺しに来ている。
お婆ちゃんはいつだって私を褒めてくれた。
お婆ちゃんは私の唯一の理解者だった。
お婆ちゃん……会いたいよ……お婆ちゃん……
………けて……助けてよ……お婆ちゃん……
「お姉ちゃん? お姉ちゃんッ??」
「サクラ殿!?」
地面に倒れ込んだ私はゆっくりとエスト様を見つめ、口を開く。
瞳は乾いて、まばたきの間隔だけがやけに正確だった。
「……エスト様……私は……
鬼となり……人間を辞め……
その後……哺乳類でもなくなり……
そして、今度は……
哺乳類と植物の……中間のような存在に……
要するに【究極生命体(アルティミット・シイング)】に、
また近づいた……」
「またろくでもないスキルを覚えちゃったの?」
「ん?あ!あぁ、何か食べるとスキルを覚えると言ってましたな」
「ううう……
光合成なんてどこで……使うの……」
「こう……ごう……せい……」
エスト様が笑いを堪えきれない。
「……ぐっ……きっ……ぶははは!!」
辰夫も完全に吹き出した。
──そして風が吹いた。
土のにおい。光を浴びた葉のきらめき。
その全てが、記憶の奥底にある「声」を引きずり出す。
──あんたが泣くとねぇ、白菜が傷む気がするのよ。
だから笑いなさい。お漬物が助かる──
「おばあちゃん!?……そうだ……このままだと!
おばあちゃんの……白菜が傷んじゃう……
ぅふふッッ……うふふッ……
どう? 笑えてるかな……?
これで……お漬物が……助かる……ッ!!」
ドサァッ! 地面に突っ伏した。
笑ってるのか泣いてるのか、自分でもわからない。
でも一つだけはっきりしてた。
……漬物が、食べたい。
風が止んだ。
その静けさの中で、私はまだ笑っていた。
「どうしよう辰夫!? お姉ちゃん完全にキマってる!!!」
「白目剥いてますな……」
私は地面に突っ伏したまま、微動だにしない。
ただ、口元だけがわずかに笑っていた。
……お漬物が、助かった。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のおばあちゃん語録】──
『あんたが泣くとねぇ、白菜が傷む気がするのよ。
だから笑いなさい。お漬物が助かる』
解説:
意味なんてわからなくていい。
サクラが笑えば、それで漬物が助かるなら、
それでいいじゃないか。
おばあちゃんは、いつだって本気だった。
(つづく)
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