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「……チクセウ……チクセウ……」
私は草の上に崩れ落ちたまま、懐から一升瓶を取り出した。
ラベルには達筆な筆文字で、こう書かれていた。
【鬼ころし】
【ダメな鬼の味方】
【効能:鬼が飲むと死ぬ(※個人差があります)】
【備考:それでも飲むのが大人の流儀】
「緩やかな自殺行為ィィィ!!
こいつが! こいつが!
全てを忘れさせてくれるんだよぉ……ッ」
グビッ、グビグビグビッ!
「お酒持ってきてた!?」
エスト様が素っ頓狂な声を上げる。
「鬼が”鬼ころし”飲んでるの、だいぶ業が深いですな……」
辰夫は遠い目をして呟いた。
「お姉ちゃんのこの状態……もう完全にダメだぁ……
今日はここで野宿しよっか?太陽もあったかいし!」
「そうしますか……」
「うふふ……地熱で発酵させるわ……おばあちゃんの漬物を……」
私は地面に頬を擦りつけながら、夢見るように呟く。
「お姉ちゃん早く帰ってきて!」
エスト様の悲鳴が、春の空に響いた。
──私はそのまま、静かに目を閉じた。
世界が優しく光り、私は、うっすら光合成していた。
◇◇◇
そして夜が明けた。
てーれってーれってってってーん♪
──私は、光合成しながら一晩寝た。
この星が地球かどうかは知らないけど、
ちょっとだけ優しくなれた気がした。
「……はぁぁぁ……」
大きなあくびをする。
私の口から、目に見えるほどの**紫色のモヤ**が吐き出された。
足元のタンポポが、一瞬で茶色く枯れた。
「……辰夫ッ! 辰夫ぉーッ!!」
私は手をパンパン叩きながら叫んだ。
「は、はいッ!!」
辰夫は慌てて飛んでくる。
「遅い! 呼ばれる前に来いッ!!
昨日という貴重な時間を、あんたのせいで全ロスしたのよッ!!」
「えっ……我のせい……ですか!?って酒くさッ!」
辰夫が一歩下がった。
「……まあいいわ。今日はちょっと頼みたいことがあるのよ」
私は一歩詰めた。
「な、なんでしょうか…?」
辰夫がまた一歩下がった。
「……」
私はまた詰めた。
吐息が掛かった雑草が「シュゥ……」と音を立てて溶けた。
「なんで追いかけてくるんですか……?
あと除草剤まいてます?」
「街とか村とか空から周囲を見て来なさいッ!」
「か、畏まりましたッ!!!」
そう言って辰夫は、地面から”逃げるように”飛び立った。
「良かったぁ!!お姉ちゃんが元に戻ってきた!」
エスト様の笑顔がまぶしかった。
でも鼻をつまんでいた。
『天の声:魔王軍は今日も平常運転です』
◇◇◇
しばらくすると辰夫が偵察を終えて戻ってきた。
翼がバサバサいってる。
「辰夫! 遅いッ!!」
「ま、まだ……酒くさッ!!」
「うるさい!
呼吸するたびアルコール揮発してんの!!
……で? 成果はッ!?」
「えっと、近くに人間の村がありました……」
「ほぅ……人間の村……」
私はニヤリと笑い、口元を拭った。
濃厚な酒の香りが漂い、近くを飛んでいた蝶がポトリと落ちた。
「エスト様? どうする?
この姿では歓迎されないよね」
「え……えぇと……酒くさッ!」
エスト様が半歩引いた。
「……」
私は一歩詰めた。
「と、とりあえずそこに行こうよ!」
エスト様がまた半歩引いた。
「そうだね。行こう!」
私は一歩詰めた。
紫色の吐息がエスト様を包む。
「だから酒くさッ! お花が! お花が枯れてるよ!?」
エスト様がまた半歩引いた。
「ん? 殺菌効果よ」
私はまた一歩詰めた。
「なんで追いかけてくるの!?」
「……」
無視する私。
「ぇ……」
困惑するエスト様。
風だけが気まずい。そして臭い。
「あ、そうだ!!
村長とか子供とかを人質にして、
交渉するってのはどう?」
「お姉ちゃん……!?」
「サクラ殿、それは…さすがに……」
慌てる二人。いや、ポンコツと巨大トカゲ。
「交渉だよ? 交・渉。
やだなあ、私そんな鬼じゃないしぃ?
平和的に村ごと屈服させるだけだよぉ?」
「「……鬼がおる」」
声を揃えるポンコツと巨大トカゲ。
「ちょっと待って!!セオリー通りなら……」
私は空を見上げた。
「そろそろ村娘がモンスターや盗賊に襲われて、
それを私たちが助けてさ?、
『ありがとう!お礼をしたいので、是非私の村に!』
みたいなイベントが発生するんだよねぇ……」
「へぇ…そういうもんなんだ。地上って」
「うん。出会い系イベントでね」
「そんなわけ無いと思いますが……」
「……」
「……」
「……」
私たちは目を閉じ、風の音に耳を澄ませた。
5秒経過。
10秒経過。
30秒経過。
40秒経過。
「……えっと、私が村娘役やろうか?」
私は三つ編みを開始。
「なんで!?」
60秒経過。
カァァァ。
カラスが近くの木の実をつついてポトリと落とす。
コロコロ……。
落ちた実が転がって、私の足元で止まった。
「……これ、イベントフラグ?」
私は真顔で木の実を拾い上げた。
「……なるほど。
『この実は伝説の秘宝で、これを拾ったことで村の争いに巻き込まれる』
……そういうルートか」
「ただの木の実ですな」
優しい風が吹く。
「……まだ?」
「まだ誰も来ないねぇ」
「そりゃそうかと……」
「普通こういうシーンでは村娘が悲鳴をあげながら来るんじゃないの!?
この世界の村娘は盗賊退治できるの!?」
ぷんすか!
「じゃあ食うわ」
ガリッ!!
私は伝説の秘宝(仮)を噛み砕いた。
渋かった。
「「食べた!?」」
目を丸くするポンコツトカゲ。
その時、ムダ様の言葉が脳裏に蘇る。
『待つな。待ち時間は敵だ。待つと胃酸が逆流する。
理由は知らん。だが逆流する。だから行け』
(……そうだ。ムダ様の言う通りだ)
「ま、まあいいわ。
とりあえず村に向かいましょう!
で、その時のノリと勢いでさ?
征服するかしないかを決めればいいよね」
「うん! そうだね」
「絶対大騒ぎになるだろ……」
……ノリノリのエスト様の横で辰夫の目が死んでいた。
たぶん、今すぐ帰りたいと思ってる。
でも無理。逃がさない。これが私の魔王軍だ。
【木の実を食べたことにより、サクラの光合成の熟練度が上がりました】
「……」
(このやろう……)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『待つな。待ち時間は敵だ。待つと胃酸が逆流する。
理由は知らん。だが逆流する。だから行け』
解説:
ムダ様の胃が弱いだけ。