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恋愛は一度だけ。多分それが初恋だった。
高校1年になったばかりの夏休み、駅前の本屋から出ると、暫くしてスコールがやって来た。買ったばかりの本を濡らすまいと、古びた喫茶店の軒下に身体を滑り込ませた時だった。一人の若い男が、同じく軒下に飛び込んで来た。
「いや~マジかよぉ、参ったな」
若い男の声に怯え、本を口元まで抱え込み、透けた胸元を隠した。別に興味が有った訳では無い。ただ何気なく横目で様子を伺うと、派手な金髪が雨を滴らせている。男が犬の様に頭をブルブルと振り回すと、水滴がこっちに飛び散った。
「キャッ――― 」
その声にびっくりして、男は相手を確認せずに、反射的に謝った。
「あっ、ごめん…… ええっと、なさい? 」
男が顔を上げ、申し訳なさそうに、おずおずと顔を覗き込む。視線が交差すると、お互いその仕草と表情に、吹き出してしまう。
「あはは、ごめんね、俺、前髪なげーから見えなかった」
焦りと困惑した表情に、幼さが隠れていた。歳のころは同じ位か少し上かに見えた。そしてその屈託の無い笑顔に、一瞬たりとも見とれてしまった自分を恥じた。
日差しで焼けたアスファルトが喉を潤すと、仄《ほの》かに夏の匂いがひろがった。
突然、カランカランと木製の扉に取り付けたベルが鳴り、前掛けをした店主が顔を覗かせると、自慢の髭に隠れた口角がニヤリと上がるのが見える。
「おや? 雨か、こりゃあ――― 恵の雨ってやつか? 」
幼い頃からの見知った顔ではあったが、いつもの悪党顔《あくとうづら》が、まるで今は獲物を待ち構える海賊の様だった。
「ん? 何だ、奈々ちゃんじゃないか、ずぶ濡れだなぁ、そんな所に突っ立ってないで中入んな? 」
海賊がおいでおいでと手招きをする。
「いっいえ、私、今、お金持ってなくて」
咄嗟に口に出たのにも関わらず、我ながら機転の利いた断り文句だと思ったのもつかの間―――
「うんなもん要らんよ、風邪引くからホレ早く入んな。うん? 何だ、彼氏も一緒かい。ホラっ二人とも入った入った」
―――太っ腹な海賊に敗北を喫《きっ》した。
「おっ、おじさんんん~ 」
言い訳すらも聞いて貰えず、腕を引っ張られ、店内へと強引に導かれてゆく。
「いいからいいから」
「何がいいのよ~ 」
※※※
「なっ、何か…… ごめん、」
向き合った席で彼は、頭を掻き乍ら、ばつが悪そうに頬を染めボソリと呟いた。チャラチャラした見た目とは違い、真面目な人柄に好感を持てた。そんな彼のギャップと表情に中《あ》てられて、耳が熱を帯び、鼓動が坂道を暴走すると、つい取次筋斗《しどろもどろ》な言い訳が口を出た。
「こっ、こっちこそ、ごっ、ごめんなさい。此処、わっ、私のお母さんのホラッ、どっ、同級生のお店で、おっ、おじさん何か勘違いしちゃったみたいで、あはは、その、悪気は無いと思うんだけど、いつも強引過ぎるって言うか、人の話聞いてくれないと言うか…… めっ、迷惑掛けちゃっ――― 」
「迷惑かけたのは俺のほう…… ごめん、直ぐ行くから」
この状況に戸惑っていたのは、彼の方だった。
「ちょっ、ちょっとまっ――― 」
立ち上がろうとする彼に向って何故そんな言葉が出たのか、自分でも理解が出来なかった。それでも―――
「は~い、お待たせ~ 勝手にコーヒー淹れちゃったけど、飲めるよね? それとコレね、タオルど~ぞ。風邪ひくから良く拭いて」
二人は店主の要らぬ計らいによって、あっと言う間にバスタオルで頭を被われた。
「おっ、おじさんコレ、タオルじゃなくて、バスタオルじゃない」
「え~? 何だって一緒だろ? 大きい方が何でもいいぞ? 大は小を兼ねるってね、がはははは」
「んも~、いっつも適当なんだから」
「あの悪い、俺…… 」
「あっ、あの、せっ折角だしコーヒーご馳走になりませんか? 」
「いいのかな、関係ないのに俺まで」
「勘違いしてるのはおじさんなんだし、もっ、問題無いと思うです」
「そっ、それなら少しだけ、お言葉に甘えようかな…… 奈々…… さん、だっけ? 」
「はっ、はいっ。何で私の名前――― 」
名前を不意に呼ばれ、焦りの余り慌てて髪の毛を整えた。
「あっあぁ、あのおじさんが、そう呼んでたからつい、ごめん、慣れ慣れしくて」
「いいえ大丈夫です。気にしないで下さい、私は奈々です、三浦奈々です」
「ごめん俺、加藤聖仁《まさと》って言うんだ、今、高校二年。奈々さんも高校生? 」
「はいっ、私は一年です。北高の一年」
「そっか北高なんだね」
「加藤さんは? 」
「俺は武山高なんだ」
「武山高って進学校の武山ですか? 」
「うん、そうかも」
「凄い! 名門校じゃないですかァ加藤さん頭いいんですね! 」
「そんな事無いよ」
少しの沈黙が続き、気まずい雰囲気に目が泳ぐ。
「え~とっ…… 」
「あのっ俺、ナンパしようとした訳でも無いし、いつも女の子に声掛けてるなんて事も無くその…… 」
「わかってますよ。不可抗力――― ですよね? 」
「…… 」
「ハイこれド~ン‼ 」
又もやすかさず店主が現れ、テーブルに怪しい玩具をドンと置く。
「ななななな何なんですかコレぇ」
「ん? 恋ガチャってヤツ。恋人同士の相性が判るらしいよ」
「頼んで無いですけど」
「頼まれて無いけど? 」
「何それ、ちょっとおじさん⁉ 」
「いや~ 業者が飛び込み営業に来てさぁ~ 1ヶ月だけ無料でいいから置かせてくれって粘られちゃって、それで1個だけかと思ったら、全テーブルに置いてかれちゃってねぇ~ 参ったよ。誕生日と星座と血液型のダイヤルを合わせて回してね。ちなみにソレ100円ね」
「こんなの、やっ、やらないしぃ」
「お互い、相性気になるでしょ? どう? そうでしょ? やってみなよ早く。おじさんもまだ弄った事が無くて気になるんだよね、はい100円」
海賊から100円をゲットした……