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スタジオに来た時点で
僕はすでに気づいていた。
――今日の若井、やたら優しい。
機材を運ぶ時も
「それ、重いから俺持つ」
コードをまとめる時も
「指切るなよ」
水を飲もうとした瞬間には
「冷たいからゆっくり飲みな?」
…一つ一つは普通。
でも、数が多い。
「…若井」
耐えきれず、若井を呼ぶ。
「なに」
「今日どうしたの」
若井は一瞬考えてから、さらっと言った。
「いつも通りだけど」
「嘘」
「どこが?」
僕は言葉に詰まる。
具体的に言おうとすると
全部些細すぎて指摘しづらい。
その様子を、少し離れたところで
涼ちゃんが見ていた。
「はいはい、出た」
「なにがだよ」
「若井の過保護モード」
「過保護じゃない」
「自覚ないのが一番やばいんだよ」
涼ちゃんは笑いながら、僕の方を見る。
「元貴、今日逃げ場ないから覚悟しときな」
「え?」
その時、若井が僕の肩に手を置いた。
「帰り、飯どうする?」
「え、あ…どこでも」
「じゃあ、静かなとこ」
即決。選択権なし。
僕はひたすら困惑するだけだった。
〜
夕方、少し落ち着いた店に入る。
照明は柔らかくて、音楽も静か。
僕が席に座ろうとすると
若井が椅子を引いた。
「…自分でできる」
「知ってる」
それでも引く。
僕は小さく舌打ちしそうになるのを堪えた。
「甘やかしすぎ」
「嫌?」
「…嫌じゃないから困る」
若井は、満足そうに少しだけ笑った。
料理が来るまでの間
若井は僕の話をよく聞いた。
いつも以上に、相槌が丁寧で、視線が外れない。
「それでさ」
「うん」
「えっと…」
話しているうちに、僕は気づく。
――これ、逃げられないやつだ。
料理が運ばれてくる。
僕が箸を取ろうとした瞬間。
「熱いかも」
「わかってる」
「一口目、俺が確認する」
「は!?」
若井は本当に、自分の箸で一口取った。
「…大丈夫」
「大丈夫じゃない!!」
僕は慌てて声を潜める。
「周り見ろって、!」
「見てる」
「じゃあやめて!」
若井は不思議そうに首を傾げる。
「照れてる?」
「当たり前だろ!」
顔を覆った僕を見て、
若井はようやく理解したらしい。
「…ああ」
「なにその納得顔」
「甘やかしすぎた」
「“た”じゃなくて“てる”だよ!」
若井は小さく笑って、箸を置いた。
「でも」
「でも?」
「元貴が嫌って言うまで、やめないつもりだった」
僕は一瞬、言葉を失った。
「…ずる、」
そう言って、俯く。
「嫌とは言ってない」
「うん」
「でも…恥ずかしい」
若井は、テーブルの下で僕の手を軽く握った。
誰にも見えない、ちょうどいい強さで。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「恥ずかしいの、俺だけにして」
僕は観念して、息を吐いた。
「…ほんと、敵わない」
〜
後日、スタジオ。
「元貴、今日静かだね」
涼ちゃんが言うと、僕は即答した。
「若井のせい。
甘やかしたりするから、、」
「でもさ」
涼ちゃんは僕達2人を見て
少しだけ優しい声になる。
「それ、ちゃんと両想いだから成立してんだよ」
僕は何も言えず、耳まで赤くなる。
若井は、何も否定しなかった。
代わりに、僕の背中を軽く叩く。
「リハ、行くよ」
「…うん」
その距離は、今日も近い。