TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

偉央いおに福助の往診に来てもらったのは、結局見合い後のことだった。

美鳥みどりが昼寝から起きてきた茂雄しげおに、娘にことの顛末てんまつを全て話したことを明かしたら、茂雄しげおが世話人をしている上司の顔を立てる意味でも先に見合いをしてから動いたほうがいいだろうと判断したからだ。



結葉ゆいはが、偉央いおから教えてもらった連絡先に電話してその旨を伝えると、偉央いおも賛成してくれて。



結果、面識のあるふたりではあったけれど、世話人のセッティングしてくれたホテルで見合いをする運びとなった。



当日、結葉ゆいはは薄いピンク色の膝より少し長いパフスリーブワンピースを、偉央いおはネイビーブルーのスーツ姿で来ていて。


結葉ゆいは偉央いおのスーツ姿を釣書と一緒に入っていた見合い写真で一度見てはいたけれど、やはり実際にの当たりにするとすごくカッコ良いなと見惚れてしまった。


幼い頃から片思いをしてきた幼なじみのそうが、こういう格好をしたところを見たことがないのもあって、結葉ゆいはは若い男性のスーツ姿に耐性がなかった。


そうちゃん、いつもラフな格好だったからなぁ)


今でも父親の建設会社で働いているそうは基本作業服姿で、スーツなんて着ているところは想像がつかなくて。


強いて言えば高校生の頃、そうの通う男子校の制服がネイビーのブレザーに燕脂えんじのネクタイ、グレーにタータンチェックのスラックスだったのを見たことがある程度。


そうちゃんの制服姿、すっごく新鮮で見かけるたびにドキドキしたっけ)


偉央いおのスーツ姿に見惚れると同時に、彼女が出来たと知ってでさえもなお、未練タラタラでそうのことに思いを馳せてしまっていた結葉ゆいはは、「――結葉ゆいはさん?」という偉央いおの甘やかで落ち着いた低音ボイスに呼び掛けられてハッとして。


「ごっ、ごめんなさい、私っ」


気が付けば、世話人や互いの両親の挨拶なども一区切り付いていて、結葉ゆいは偉央いおを残して他の面子めんつは別の場所で時間を潰すという話になっていた。


偉央いおとふたり最上階の高級レストランに行くように言われた結葉ゆいはは、てっきり全員で歓談するんだろう、ふたりきりにされるにしても、その後だろうと思っていたので、予想外の展開にテンパってしまう。



「行けそうですか?」


結葉ゆいはの戸惑いを察してくれたらしい偉央いおから優しくそう尋ねられて、結葉ゆいはは一瞬だけ不安いっぱいの目で両親に視線を流した。


だけど母美鳥みどりは「頑張れ」と声に出さずにそんな結葉ゆいはを応援してくるばかりで。

茂雄しげおに至っては、世話人をしてくれた上司や、偉央いおの両親との会話に忙しいらしく、結葉ゆいはの視線に気付いてくれなかった。



「緊張、なさってますか?」


再度柔らかな声音で問いかけられて、結葉ゆいははすぐそばの偉央いおを情けない顔で見上げる。


オロオロしてばかりの結葉ゆいはと違って、偉央いおの言動は始終落ち着いていて穏やかで。

眼鏡の奥の柔和な目の光に、結葉ゆいはは少しずつ気持ちが落ち着いてくるのを感じた。


目の前の偉央いおは、先日病院で見かけたスクラブにドクターコート姿の時とはまた違った雰囲気で、本当にカッコ良くて。


あの時はそういう目で見てなかったから気付かなかったけれど、立ち姿も姿勢がよくてすごく品があるように見える。


(こんな素敵な人が私のお見合い相手だなんて)


偉央いお自身に対して初見の時から抱いていた評価の高さを思い出して、結葉ゆいはは今更のようにドキドキしてきてしまった。


「……すみません。緊張はしてますけど……大丈夫です」


一度だけ深呼吸をしてざわつきをそっと抑えると、結葉ゆいは偉央いおに小さく頷いて見せる。



少し離れた場で話をしている五人に頭を下げると、結葉ゆいは偉央いおとともに予約されているレストランがある最上階へと向かうため、エレベーターに乗り込んだ。



***



「小林結葉ゆいはさん。結婚を前提に僕とお付き合いして頂けませんか?」


見合い後も特にお断りする理由もなく。


結葉ゆいはに一目惚れをした、もっと貴女のことを知りたい、と熱烈に求愛してくれる偉央いおの熱意に押される形で交際を開始した結葉ゆいはだったけれど、もともと偉央いお見目みめ自体は嫌いではなかったこともあり、少しずつそうへのやるせない恋心の隙間を侵食するように偉央いおからの愛情が沁み込んでくるのを感じるようになった。


見合い直後に「結婚を前提に」と偉央いおから言われていたこともあり、交際開始から三ヶ月が過ぎる頃には結葉ゆいは偉央いおとの未来を漠然と思い描くようになっていて。


結葉ゆいはは幼なじみへの片思いの話を偉央いおにした覚えはなかったのだけれど、何か気付かせるものがあったのだろうか。

偉央いお結葉ゆいはの気持ちの整理がつくまでは、と結葉ゆいはに手を出すことはなくて、しても触れるか触れないか程度の軽いキス止まりだったし、男性経験のない結葉ゆいはを気遣うようにそれ以上のことも無理には求めてこなかった。


月に四〜五回程度のデートを重ね、遅くとも22時までには結葉ゆいはを家まで送り届けてくれる偉央いおとの交際も数ヶ月を過ぎると、結葉ゆいはの方も自分を大切に扱ってくれる偉央いおに少しずつ惹かれるようになっていて。


それを確かめるように、偉央いおはここ最近、必ず別れ際に結葉ゆいはの額か唇にふわりとかすめるようなキスを欠かさず落とすようになっていた。



「……偉央いおさん、おやすみなさいっ」


未だそんなティーンのような触れ合いにすら照れて頬を染める結葉ゆいはが、偉央いおには堪らなく愛しくて好もしいのだ。



「おやすみなさい」

今夜もそう言って結葉ゆいはを見送ろうと思っていたのだが――。



助手席のドアハンドルに手を掛けた結葉ゆいはが、彼女の自宅、隣の家から出てきたTシャツにジーンズ姿の男を見るなりピクッと肩を震わせたのが見えて。


偉央いおからは死角になっていて結葉ゆいはの表情までは見えなかったけれど「そうちゃん」と小さくつぶやいた声だけはしっかりと耳に届いてしまう。


その瞬間、偉央いおは思わず結葉ゆいはの手を引かずにはいられなかった。

結婚相手を間違えました

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

112

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚