コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「どうする? 正面玄関には二人の警備がいるが」
森を抜けると、屋敷の全貌が明らかになってきた。やはり、要塞のような灰色で無機質な壁に囲まれている。どうみても別荘とは思えない。
屋敷の門の前にいる見張り二人を見て、どうするかと隣にいる紅蓮に問いかける。魔法を使えば、強行突破できるがさすがにそう簡単にはいかないだろうし、そもそも仲間は周りにも沢山いるだろう。見るところ、他に出入り口はないようだ。建物の屋根に登るもあの高さだと簡単には登れそうにない。風魔法で高く浮かぶことは出来たとしても、その先が問題だ。
(強行突破……しかし、相手もそこまで馬鹿ではないだろう……)
俺はどうするつもりかと紅蓮を見れば、何かを思いついたかのように立ち上がった。
「策があるのか?」
「ああ?」
と、アルベドは嫌そうに顔を歪める。
確かに、連れてきてもらった身としては、こう口を出すものか考えたが、考えもなしに突っ込むわけではないだろうと一応の確認で聞くと、そんなに嫌そうな顔をする。とてもじゃないが、貴族の顔とは思えない。勿論、皇族に向ける顔でもない。
俺だって色々考えて行動しているというのに、まさか俺の事が頼りないとでも言うのだろうか。
(そうだったら、今すぐにこの男を囮にして俺は正面突破をする)
そうとも考えていたが、その必要はなかったようで、彼は少し考え込んでから口を開いた。
「作戦か? あるぜ」
「その作戦とやらを聞きたい、教えろ」
相変わらず、上から目線だな。などと小言を言われ、俺は眉間に皺を寄せる。此の男に敬意も何も必要ないだろうと俺は思っているのだが。
この男が本当に信用出来る人間なのかどうかも確かめるためにも。
アルベドは、ニヤリと笑ってみせた。
彼の笑った顔は何処か不気味だと感じる。それが何故なのかは分からないが。
そういえば、初めて会った時も彼の笑顔は不自然だった気がした。何とも言えない違和感を感じたのだ。それは何故か。今はもう分からない。
ただ、嫌な予感がする――――そう考えたときには、遅かった。
「そりゃあ、正面突破するに決まってんだろ!」
「おい、待て!」
紅蓮は茂みから飛び出し、正面玄関に立っている警備の男二人に向かい風魔法を発動させる。見えない刃は、警備の男達を柱へと吹き飛ばし、打ち付ける。その威力は、凄まじく、目では追えないほどの早さだった。
確かに、これなら周りに気づかれずにすむだろう。
だが、あまりにも無理矢理というか無茶というか……俺は、ため息をつきつつも茂みから出た。
「これが、お前の作戦なのか」
「そうだよ。どう考えても、ここ以外の入り口はねえからな」
「……そうか」
彼の言っている事は正しいのかもしれない。俺よりも、この屋敷の構造について知っているのなら、確かにそういう方法をとらざる終えなかったのかもと……だが、本当に此の男は。
俺がそんな風にアルベドを見ていると、アルベドは「何だよ?」と不機嫌そうに睨んできた。俺は何でもないと言いつつ、目の前の扉を見た。何の変哲もない扉。ただ、内側から魔力がかすかに漏れ出ているのが分かった。これは、何かしら仕掛けられているのではないか。そう思った。
「どうした、開けないのか?」
「お前は気づいていないのか、この扉内側から魔力を感じる」
そういえば、アルベドは、首を傾げた。此奴は気づいていないのかと、再び尋ねた。
アルベドは、満月の瞳を丸くさせて、何言ってるんだ。とでも言わんばかりに俺を見ている。
(光魔法ではない……闇魔法の類いか……厄介そうだな)
どんな魔法が仕掛けられているか分からない以上、うかつに手を出すことは出来ない。これが罠だったとしたら。ここに入り口が一つしかないのなら、ここ以外からはいるしかない俺たちは明らかに不利である。ここに魔法で罠を仕掛けている確率は高いだろう。
悪意を持って仕掛けられた魔法である。
俺がどうするべきかと、悩んでいればアルベドは扉の取っ手に手をかけた。
「何をしている」
「はいらなきゃいけねえだろ」
「だが、罠が仕掛けられているかも知れない」
「慎重だなあ……皇太子殿下は。それか、臆病なのか?」
と、アルベドは馬鹿にしたように笑う。
挑発だと言うことは分かっている。けれど、ここで言い返せば相手の思うつぼだ。
俺は冷静に対処しようと深呼吸をして心を落ち着かせる。此処で揉めていても仕方がない。俺は、再度どうしてそんなに平然としていられるのか、罠の可能性はないのかとアルベドに尋ねた。アルベドは、その質問に対して返しにくそうに口を尖らせると、一度取っ手から手を離した。
「罠の可能性はあるだろうよ。だが、ここからしか入れねえし、何より即死トラップではないだろうな。この屋敷に仕掛けられた魔法がラヴァインの魔法であれば、俺たちが傷ついて、傷ついて、ようやくボロボロになって自分の前に現われるのを待っている。趣味の悪い奴なんだよ」
そうアルベドは言うと忌々しそうに顔を歪めた。
今回のエトワール誘拐の犯人であるラヴァインの兄、アルベドが言うのならそうなのかも知れない。この扉の向こう側から感じる魔力は、相当なものでそこら辺の魔道士達とは訳が違う。魔力量、そして滲み出ている悪意。それらが感じられる。
それらを加味して、この扉を開けてはいけないと思っていたのだが、開けなければ前に進めないのは明白であり、強行突破するしかない。
(時間をかければかけるほど、此方が不利になる)
俺がそう考えていると、いつの間にか紅蓮が扉の前に立っていた。
この男も危険だと思ったが、紅蓮は俺に視線を向けてくると口を開いた。
「開けないのかよ」
「その前に一つ質問がある」
俺がそう言うと、アルベドは何だよと言わんばかりに俺を睨み付けた。
相変わらず、貴族とは思えないその態度に呆れてしまう。
一刻も早くエトワールを助けたい思いと、慎重にいって自分の命も大切にしなければいけないという思いがぶつかり合っている。
それは、俺が皇太子であるから。この帝国の次期皇帝であるから。ルーメンも待っている。怪我をして帰った日には何を言われるか分かったものじゃない。
期待と、自分の心、その板挟みに俺は苦しめられていた。
どんなときでも完璧でなければならない。
俺は、リース・グリューエンになってから、完璧であり続けることにさらに重点を置いた。そうしなければならない気がしたのだ。リースという男はきっとそうするだろうし、そういう男だっただろう。
周りから期待されて期待に応えるためか、誰にも隙を見せずに孤独の道を進むためか。どちらか分かったことじゃないが、彼は完璧でいようとした。
その証拠は、彼の部下や民の反応を見れば分かった。
だから、俺は完璧でいなくてはならない。
「それで、質問って何だよ。つか、聞いたくせに何処見てんだよ」
と、アルベドに言われ、俺は意識を彼のほうに戻した。
エトワールは完璧でなくていいと言った。だが、その完璧でいなくてイイのは彼女の前だけであって、いつ如何なる時も俺は完璧でいようと思った。アルベドに隙を見せて殺されたりでもしたら……いろんな考えが頭をよぎると気が抜けなかった。
俺は、この扉を開ける前に、彼に質問を投げることにした。
「お前は、弟に……ラヴァインをどう思っている?」
そう俺が聞けば、意外な質問だったのか、アルベドは数回瞬きをしたのちに、その視線を逸らした。
やはり何かあるのではないかと。
一番俺が恐れているのは、アルベドが弟に肩入れして、寝返って俺の敵になることだ。そうなるはずないと何処かで思っていても、兄弟というのは切っても切れない関係だ。何処かしら、何か思っているところがあるだろう。
俺はそう考えて、アルベドを見た。彼は応えにくそうに頬絵をかいた後舌打ちをする。
「どうもこうも思ってねえよ。ただの弟だ」