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「(ん、んぅ……なにがあった、です……?
てんびん? というのに乗せられて……そのあと、目の前が真っ白になって――)」
――太陽の光に、ユキは目を覚ました。
開いた瞳に映ったのは、さっきまでのピラミッドではなく、ひんやりとした石の天井……まるで、どこかの洞窟のようだった。
「(あれ……? 起きれない、です……)」
ごろん、と横に転がってなんとか上半身を起こす。
だがその動きにすぐ違和感を覚えた。――身体が、重いというか、うまく動かせない。
「(よ、よいしょっと……)」
手元を確認する。
そして、その瞬間――
「くああああああああーーーーーーーーー!?!?」
ユキは思わず絶叫した。
「(えええええええええ!?!?)」
自分の手は――いや、“翼”は、ふわふわのピンク色の羽毛で覆われ、まるで鳥のような形になっていた。
「く、くあ!? くくくぁあ!?(ど、どうなってるです!?)
(足も!? 尻尾も!? ある、です!?)」
全身を覆うピンクの羽。短いくちばし。丸い体躯。
――ユキは、まるでぬいぐるみのような可愛らしいフォルムの小鳥……いや、小型の【ベルドリ】になっていた。
「くあーっ!! くああああーーーーっ!!」
混乱のまま洞窟を飛び出す。
目の前に広がるのは、見晴らしの良い森。どこか幻想的で、鳥のさえずりと風の音だけが響いていた。
「(これは夢です夢です夢です夢です夢です夢です)」
否定するように、何度も心の中で唱えながら走る――いや、羽ばたくように跳ねるユキ。
しかし、地面に伝わる柔らかな土の感触。
木々の匂い。陽の温かさ。
どれもが、現実を突きつけてくる。
「くあ……く、ああ……」
気がつけば、森のかなり奥まで入り込んでいた。
慌てて振り返るが――
そこに、来たはずの道はなかった。
「(ど……ど、どうしてです!?!?)」
森の中、小さなベルドリのユキが、一人きりで羽ばたいていた――。
しかしユキは知らなかった。
この森が、獣道のような“道”を作って侵入者を誘い込む性質を持つ魔物──【ウッドリーワンド】の縄張りだということを。
「(か、帰れない、です……)」
人間や冒険者なら、「森に道などあるはずがない」と気づき、自力で外周から脱出しようと考えるだろう。
だが、知識のない者は、この“用意された道”を信じてしまう。……ユキのように。
「(で、でも……道があるってことは、人間が通ったってこと……です)」
――間違った希望。
ユキの考えは、知らず知らず、最悪の方向へと誘われていった。
「くぁ、くぁ……くぁー……」
弱々しい声が漏れる。
不安と恐怖、そして孤独に押し潰されそうな心。
「(……辛いことは、考えちゃダメ……考えちゃダメ……!)」
ユキは必死に感情を押し殺す。
そうだ、おかぁさんが言ってた――“言葉”の話を、思い出そう。
―――――――――――――――――――――――
「おかぁさん」
「ん? どしたの? ユキちゃん」
「おかぁさんって、なんで時々独り言言ってるの?」
「あちゃー、聞かれてたか……。あのね、ユキちゃん」
「?」
「言葉ってね、相手に伝えるだけじゃなくて……自分にも届くんだよ」
「……じぶんに?」
「うん。辛い時、一人でどうしようもない時……声に出すと、自分の心がちょっと元気になるの」
「じゃあ……おかぁさん、辛いから独り言言ってるの?」
「うーん……まあ、そうなるかな?」
「……えいっ」
「わっ? どしたのユキちゃん、急に抱きしめて」
「おかぁさんには、ユキがいる」
「……! ……そうだね。おかぁさんには、つよーいユキちゃんが居るね」
「えへへ、強いユキがいるの!」
「うん……ユキちゃんが居るから、おかぁさんは辛くないよっ」
―――――――――――――――――――――――
「(……おかぁさん……)」
思い出しただけで、涙がこぼれそうになった。
「(……ちがうです……泣かないです……!)」
ユキは自分に言い聞かせる。
「(辛いときは、声を出すんです!)」
「くあーっ!! くあっ、くあーーーっ!!」
……そう。うまく喋れなくてもいい。
羽根も生えて、くちばしもついて、言葉にならなくても――
それでも、自分の声が自分に届く。
この“鳴き声”だって、ちゃんとユキの中に響いていた。
「くぁ、くぁー。(これが……声の力、です)」
落ち着いてくる鼓動と共に、ユキは“おかぁさん”――アオイの言葉を、心の底から実感した気がした。
不安なはずなのに、胸の奥がほんのりあったかくて……嬉しくて。
「くぁ♪ くあー、くあー♪」
そのまま鳴き声を響かせながら森の道を進んでいくと、不意に視界がひらけた。
「くぁっ!」
目の前に広がっていたのは、まるで夢のような光景だった。
一本の木。
その枝には、子供の大好物である《シクランボ》《ルンゴ》《エレンジ》が、まるで飾り付けのようにたわわに実っていたのだ。
「(すごいです! 夢みたいです!)」
今まで何も食べていなかったユキの目がきらきらと輝く。
森の中でこれほど揃った果実など、本来ならあり得ない――だが、ユキは知るはずもなかった。
「くぁ♪ くあーくっ……くーーーっ!」
くちばしで《ルンゴ》をつかもうとしたが、うまく引っかからない。
まだ“鳥の動き”に慣れていないユキは果実を引っ張る力加減がわからず、くちばしがツルンと外れ……
「くーーーーぁ!!」
そのまま後ろにゴロゴロと転がっていった。
──それが、命拾いだった。
ユキが転がり落ちた直後、彼女のいた場所を“何か”がえぐり取る。
「ベロン……ッ!」
突如、木の根元から現れたのは、巨大な“舌”。
「キシャアアアアアア!!!」
「くぁっ!?!?」
ユキが驚いて見上げると、地面が――いや、“それ”が動き出す。
周囲の木々の輪郭が変わっていく。
木だと思っていたものが、少しずつずれて、蠢いて、まるで檻のように閉じていく。
「(も、モンスター……です!?)」
ユキの目の前にその全貌を現したのは――
【オビキカメレン】。
全身が土色に擬態しており、森の地面と完全に同化していた巨大な魔物。
体長はおよそ13メートル。背中のてっぺんまででも5メートルはあるだろう。
最大の特徴はその“舌”──
背に生やした《擬態木》に近づいた獲物を、まるでカメレオンのように素早く舌で絡め取り、
そして……
――バリバリ、と音を立てて、鮫のような歯で丸呑みにするのだ。
「くぁああああああ!!!(こ、こわいですぅううううう!!)」
ユキは逃げようと駆け出した――が、遅かった。
「くぁっ……!」
背後の“木々”は、既に檻のように閉ざされていたのだ。
「キシャアアアアア!!」
【オビキカメレン】が凶悪な舌を突き出し、ユキを追い詰めてくる。
必死で走るユキ。命からがら、舌の一撃を回避しながらモンスターの周囲をくるくると駆け回る。
「(こわいこわいこわいこわいこわい……!)」
だが、それは無謀な希望だった。
「くぁっ!?」
モンスターの背後に回った瞬間、鋭く振り上げられた“尾”がユキを捉える。
「……ッぐあああああああああああああっ!?」
小さな身体は吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
「くぁ……くぁああああ……!」
その鳴き声は、まるで“子供が泣いている”ような響き。
痛みと恐怖に震える羽毛の中、ユキはもがいても立ち上がれない。
そして──
「くぁ……やだよぉ……いたいよぉ……おかぁさん……おかぁさん……」
涙の代わりに、羽毛が震える。
あまりにも無力で、あまりにも哀しい声。
【オビキカメレン】の長い舌が、再びユキに迫る。
もう終わり――その瞬間だった。
「……クルッポー」
妙な鳴き声が、森に響いた。
次の瞬間、黒い影が【オビキカメレン】の顔めがけて急接近。
鋭い爪が、モンスターの“目”を抉った。
「キシャアアアアアッ!?」
舌が引っ込む。悲鳴を上げてのたうち回る【オビキカメレン】。
「くぁ……?」
呆然とするユキの前に、ゆっくりと立つ一つの影。
全身を覆う黒い羽毛。堂々とした体格。
その背には、風を切るような鋭さと、威厳があった。
「……クルッポ」
それは、一羽の――真っ黒い、立派なベルドリだった。
ユキを守るように翼を広げ、猛禽のように敵を睨みつける。