テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……クルッポー」
「く、くぁっ!?」
ユキの前に立ちはだかった黒い影――それは、一羽の黒ベルドリだった。
黒光りするような羽毛、低く構えた姿勢。
その鋭い瞳は、目の前の怪物をただひたすらに睨み据えていた。
「(く、くろい……ベルドリさん、です……?)」
「キシャアアアアア!!」
怒り狂った【オビキカメレン】が再び舌を振るう。
だが、黒ベルドリは一歩も引かず、地を蹴った。
バシュッ――!
軽く踏み込んだ足が、まるで“薙ぎ払うように”舌を一閃。
鋭利な切れ味が走り、舌の表皮が裂けた。
「ギシャアアアアッ!!」
鮮血が噴き上がる。怪物がのたうつ声に、森が震えた。
「……クルッポー」
静かに、勝者の声。
だが【オビキカメレン】は懲りていなかった。
再び舌を飛ばすも、黒ベルドリはあざ笑うように身をかわし――
また同じ箇所に、ピンポイントで蹴撃を叩き込んだ。
ズバッ!
その足に巻かれた錆びついた小さなナイフ――おそらく、どこかで拾った代物だろう。
だが、黒ベルドリはそれを“武器”として完璧に扱っていた。
「(す、すごいです……!)」
ユキは目を奪われていた。
巨大なモンスター相手に、まるで舞うように駆け、跳ね、斬り込む。
「……クルッポー」
黒ベルドリは再び飛び上がり、振るわれた舌の上に着地する。
――そのまま、
ザクッ。
ナイフを突き立てると同時に、舌を一気に切り裂いた。
「ギ……シャァッ……!」
舌の半分以上が真っ二つに裂け、オビキカメレンの口へと戻った瞬間、
異形の巨体がビクンと跳ね、喉を掴まれるようにもがき始めた。
【オビキカメレン】――それは、プラチナ級冒険者でも対処できる理由が明確な魔物。
一つは“存在さえ知っていれば罠にかからない”こと、
もう一つは“最大の武器=最大の弱点”という構造の単純さだった。
「……クルッポー」
静かに羽ばたいた黒ベルドリの背後で、
オビキカメレンは息も絶え絶えにのたうち回り、
やがて――バタリ、と土埃を巻き上げて動かなくなった。
舌を失った結果、人間で言う“気道の閉塞”。
窒息死という、あっけない最期だった。
気配を感じ取ったのか、周囲にいた【ウッドリーワンド】達も元の木に擬態し直す。
森が、静けさを取り戻していく。
「く、くぁー……」
ユキは小さく鳴いた。
「(この……ベルドリさんのおかげで助かった、です……)」
黒いベルドリは倒れたオビキカメレンの背に残っていた《ルンゴ》の実をひとつ――
丁寧にくちばしで切り取り、ユキの目の前に“置いた”。
「……クルッポー。」
「くぁ……?」
「(……くれるのです?)」
小さく首を傾げるユキを見て、黒ベルドリは何も言わずにふいっと振り返る。
そのまま、オビキカメレンの亡骸のもとへと、ゆっくりと歩いていった――。
「……(ごくっ)」
ユキは、目の前に差し出された《ルンゴ》をじっと見つめた。
そのまま、唾を飲み込む――ようやく緊張がとけ、忘れていた空腹が一気にこみ上げてきたのだ。
「くぁ……」
慣れないくちばしを使って、ぎこちなく《ルンゴ》を咥える。
そして……勢いよく噛みついた。
シャクッ!
皮が裂け、果汁がくちばしの隙間から滴り落ちる。
その甘みが喉を通り、空っぽだった胃に染み込んでいく。
「くぁぁぁあ……!(おいしぃぃぃですぅぅぅ……!)」
まるで夢中になってかぶりつく子どものように、汁を垂らしながら一心不乱に食べ進める。
1個目が終わる頃には、目が潤むほど幸せに包まれていた。
「(も、もっと……)」
そんなユキの様子を見ていたのか――
それとも、最初からそうするつもりだったのか。
黒ベルドリは、大きな葉っぱをひとつ運んできて……
その上に《シクランボ》《エレンジ》《ルンゴ》を器用に載せて、ユキの前へと差し出した。
「く、くぁ……?」
「……クルッポー」
「くぁくぁくぁー♪(ありがとぉですー!)」
ぎこちない鳴き声同士の“会話”。
でもそれだけで、ユキの心にはぽかぽかとした灯りがともっていた。
ユキが果実に夢中になっている間、黒ベルドリは静かにオビキカメレンの元へ戻る。
そして、足にくくりつけたナイフを巧みに操り――
骨と肉を分け、部位を切り分けては葉に乗せていく。
……その仕草は、どう見ても“ただの魔物”のものではなかった。
「(すごいです……ほんとに、人間みたいです……)」
ユキが最後の果実を食べ終えると、それを見計らったように――
「くぁ?」
黒ベルドリがユキの前にふたたび姿を見せた。
「……クルッポー。」
今度は、片足を軽く上げて、ちょん、と前方を示すような仕草を見せる。
まるで「ついてこい」と訴えかけているようだった。
「(……ついてきて、ってことです?)」
黒ベルドリは、大きな葉にのせた大量の肉をくちばしでくわえて引きずりながら、のそのそと歩き出した。
「(う、うん、何はともあれ……一人はヤーです!)」
ユキは慌てて後を追いかける。
その小さなベルドリの足が、くるくると回るように動いていく。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!