陽が完全に沈み、真夏の暑さも和らぎ美しい星空が広がる時間。夜となったが、断続的な砲撃は続いていた。狙いは正確性に欠けており大半が陣地から外れた場所に着弾。陣地内に落下した砲弾も塹壕やトーチカが将兵を護っているため今現在目立った被害は確認されていなかった。
だが着弾する度に発生する振動と轟音、なによりいつ自分の真上に落ちてくるか分からない恐怖が『暁』将兵の精神を磨り減らしていた。
何度か砲兵隊による反撃も提案されたが暗夜であるため狙いをつけることが難しく、なにより周辺に展開しているであろう味方の戦車隊への誤射を恐れ、されるがままの状態が続いていた。
「戦車に攻撃させりゃ良いんじゃないかい?」
「今宵は月明かりも期待できぬ暗夜、夜間機動訓練は行っておりますが、残念ながら危険過ぎます。戦車隊には夜明けと共に強襲するよう伝達していただきました」
イラつきながら提案するエレノアに、マクベスは勤めて冷静に応じる。
「敵の狙いは、此方の精神的な疲労です。痺れを切らして飛び出せば敵の思う壺。忍耐力が試されております」
マークスもマクベスを援護する。二人の言葉にエレノアはイラつきながら荒々しく椅子に座る。
「けどこれじゃあ眠れないよ。朝の戦いで不覚を取るんじゃないかと心配さ」
「この中で眠れるのはあの娘達くらいですよ。ある意味才能ですね」
カテリナの視線の先には、壁に背を預けて床に座り、隣に座るルイスの方に頭を乗せて眠るシャーリィと、同じくシャーリィの膝枕で熟睡するアスカがいた。
「シャーリィお嬢様、眠ると決めたらどんなに騒がしくても眠れるんですよね」
それを見てエーリカも苦笑いを浮かべる。
「良く眠れるよなぁ。俺は無理だ」
「まあ、休ませてやれよ。安心して眠れるならそれで良いさ」
ルイスも身動きが取れずに困ったように笑い、ベルモンドはそんな三人を優しい目で見つめていた。
「しかし、砲撃を受け続けるのも考えものです。いつラッキーパンチが炸裂するか分かりませんよ?」
カテリナの言葉に皆が頷く。
「夜襲を仕掛けますか?」
「いや、連中だってそれを警戒してるだろうさ。下手に動けば彼方の思う壺だ」
エーリカの提案にベルモンドが難色を示す。
「敵は此方の位置を陽が沈む前に確認しています。夜襲を仕掛けると見せ掛けて砲撃位置を誘導してみてはどうでしょう?」
リナの提案に皆が視線を向ける。
「出来るのかい?リナ」
「お任せを。松明やランプなどをそれなりの数用意する必要がありますが」
「松明なら腐るほど作ってある。遠慮無く持っていけ」
リナの提案にドルマンが頷き、夜戦に備えて用意していた大量の松明を引き渡した。
リナは動ける二十人を率いて砲撃が行われている陣地から密かに出撃。ドルマンから渡された大量の松明を可能な限り持っていくことも忘れなかった。
森で暮らすエルフ達は夜目が効いており、暗夜ではあるが問題なく目的地へと辿り着いた。
そこは『黄昏』と高台のちょうど中間に位置する何もない平原で、少しばかり傾斜していて、背の高い草が生えている以外以外特徴の無い土地である。
その場所に先客が居た。
「マーサ姉さん」
「来たわね、リナ。待ってたわよ」
マーサがエルフの装束を纏って待機しており、隠されていた簡易な作りの荷車が複数設置されていた。
「ご協力ありがとうございます」
「可愛い妹分達のお願いだもの、構わないわ。それに、廃品を処理するにはちょうど良いし」
マーサが用意したのは『黄昏商会』で使用していた荷車で、酷使に堪えられず故障したものばかり。廃棄しようと考えていたところにリナが声をかけて今回の策が考えられたのである。
「ありがとうございます、姉さん。皆、準備するわよ」
小声で指示を出し、皆が頷き作業に取りかかる。
出来るだけ音を立てないよう注意しながら、荷台に火をつけていない松明を複数取り付けていく。
「子供騙しね。上手くいくかしら?」
「彼らも夜襲を警戒しています。攻撃しないと言う選択肢はないと思う」
「まあ、そうよね。月明かりも期待できないし、無視は出来ないでしょ。さっ、始めるわよ」
松明を取り付けた荷車から火を灯し、留め具を外す。すると下り坂に従い緩やかに動き始める荷車。
高台から見ると、多数の明かりがゆっくりと高台へ向かって動いているように見えた。
「狙い通りだ!奴らが出てきたぞ!」
「狙いを変えろ!あの連中を狙うんだ!早くしろ!」
砲撃を続ければ堪らず『暁』が押し出してくるはず。そこを殲滅するため、大砲二門以外に百名からなる傭兵達が高台周辺に待機していた。
直ぐ様M1917C 155mm榴弾砲二門は松明の群れに対して砲撃を開始。傭兵達も迎え撃つために高台へ集まる。
策略ではないかと疑った傭兵数名が馬を駆って荷台へ迫ったが、周辺に待機していた『猟兵』によって尽く討ち果たされた。
「焦らず順番を護りなさい。さっ、次よ」
全ての荷車を同時に動かすのではなく時間差で行い、大部隊が迫っていると錯覚させるように工夫を凝らした。
この結果『黄昏』陣地への砲撃は止み、彼らは廃棄処分の荷車を破壊する手伝いをする羽目となった。
「処分費用が浮いて助かるわ。そこだけは、彼らに感謝しないとね」
尚、この策は事前に高台周辺に潜んでいる戦車隊にも知らされていた。
「有難い。敵を一ヶ所に纏めてくれれば、一気に殲滅できるぞ」
戦車隊を率いるハインツは無駄弾を盛大に撃つ様子を聞きながら、夜明けに始まる強襲のため隊員たちを集めて最後の打ち合わせを行っていた。
「夜明けと共に一気に高台へ登り、敵の砲兵陣地を蹂躙する。当初は鹵獲する予定だったが、破壊の許可が出た。大砲を破壊したあとは全速力で『黄昏』へ戻り、本隊の決戦に馳せ参じる。大事な前哨戦だ。必ず成功させよう」
隊員たちもハインツの言葉に力強く頷く。
全ての荷台を破壊した『血塗られた戦旗』ではあったが、暗夜のため再度『黄昏』に砲撃を加えることが出来ず夜明けを待つこととなった。
『暁』の部隊を殲滅したと勘違いした彼らは意気揚々と夜明けを待ち、一部は酒を飲み始める始末。
大砲を操る者達は『血塗られた戦旗』所属であるが、百名の傭兵達はフリーの協力者であり、規範に乱れが生じていた。
そして、その好機を逃すほど『暁』戦車隊は愚かではなかった。
夜明け、陽が水平線から顔を出すその時。
「各車前進!敵を殲滅せよ!」
車体に被せていた擬装ネットや草木を取り外し、力強いエンジン音を轟かせながら、身を潜めていた陸の王者達が姿を現す。
『暁』と『血塗られた戦旗』、決戦最初の戦いが今始まろうとしていた。
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