テラーノベル
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俺と翔太は生まれた時から一緒だった。
同じ病院で生まれて、家も近所で、記憶のない頃から俺はずっと翔太のそばにいた。
あれは確か、俺が幼稚園に通っていた時まで遡るのかな。
園庭で遊んでいる俺のところに、翔太がやってきて、近くに生えていた黄色いたんぽぽの花を一本摘んで、俺に差し出し言った。
「おれ、おっきくなってりょーた、むかえにいく」と。
あの頃の俺は、翔太が言っていたことの意味もわからないまま「ありがと」と返して、小さな手に握られていたその花を受け取った覚えがある。翔太は嬉しそうに笑って、俺に抱きついていた。
数年経って、翔太とは学区が分かれてしまい、別々の小学校に通うことになった。
それでもお互いの家は近かったので、翔太は時折遊びに来てくれた。
小学三年生の夏休み、俺の家族と翔太の家族とで旅行に出かけたことがあった。
どこだったのかはもう覚えていないけれど、あたり一面にひまわりが咲いている場所で、翔太とかくれんぼをした。なぜか翔太は、俺がどこに隠れてもすぐに見つけてしまうので、俺はすごく悔しがっていたことを、朧げに覚えている。
どうしてそんなに見つけるのが早いのかと聞くと、翔太は「涼太がどこにいても、見つけられる」と言った。
俺が鬼になる番になって、翔太がどこかに隠れるために駆け出す。十秒数えて、翔太を探したけれど、全然見つからなかった。翔太は見つけるのも隠れるのも得意だったので、もっと悔しくなった。もう降参しようと大きな声で翔太を呼ぶけれど、返事はない。
不安になって、そこらじゅうを走り回って翔太を探した。
それでも翔太は見つからない。そのうちに迷子になって、通りかかった民家で翔太を見かけなかったか聞こうと、その敷地に入ると、翔太がおじいさんと何かを話していた。
「ありがとう!」
しばらくおじいさんと話していた翔太はひまわりを受け取った後、お礼を言って駆け出していった。
その様子をずっと見ていた俺は、走り出していってしまった翔太を追いかけた。
「しょうた!しょうたっ、どこいくの!待ってよー!!」
「? あ!りょうた!!」
「はぁ、はぁ、どこ探してもいないから心配したんだよ!!」
「ご、ごめん…」
「なにしてたの?おじいさんにひまわりもらってたけど」
「あ、これ。りょうたにあげる」
「俺に?ありがとう!きれいだね!」
「…ん、別に。」
翔太はたくさん走って暑くなったのか、顔を真っ赤にしていて、そっぽを向きながら返事をした。
それからまた時間は経って、俺と翔太が中学生に上がった頃のこと。
放課後、俺は、家に遊びに来ていた翔太と漫画を読んだり、ゲームをしたり、お互いに好きなことをして過ごしていた。
不意に翔太が「涼太って好きな奴とかいんの?」と聞いてきた。
あまりにも突然の質問だったのですごく驚いた。
あっけに取られて何も言えないでいると、少し怪訝そうな顔をした翔太が俺の目の前まで体を寄せてきていた。
どうしてか。今、翔太に迫られているということに、ものすごく心臓がバクバクしていて、言葉に詰まる。その間にも翔太はどんどん距離を詰めてきて、俺は思わず後ずさる。ついに背中が壁に付く感覚がして、逃げ場がなくなった。
何も答えない俺に怒っているのか、翔太はむすっとした顔をしてまた口を開いた。
「何にも言わないってことは、いるってこと?」
「ぁ…ぇっと…」
何かに苛立つような翔太の舌打ちが聞こえて、次の瞬間唇に温かいものが触れた。
翔太にキスされていると気づいたのは、咄嗟のことで止めてしまっていた酸素が肺に届かなくなって苦しくなってからだった。
息をしたくて薄く口を開けると、翔太の舌が入り込んでくる。
「んんぅッ!? しょぅたぁ…っ、ん、んぅ、ふぁ…ぁっ……」
「ん、りょうた…ふ、は…ぁ……」
「…ちょ、っと…しょうた…んんッ、、、やめてッ!!」
思いっきり翔太を突き飛ばした。
「いきなりなにするの!!!」
「……っ、ごめん。」
「ねぇ、なんで急にこんな、、理由を教えて?」
「…………すきだ…」
翔太が小さな声でなにか答えてくれたけれど、俺はうまく聞き取れなくて「えっ?」と聞き返した。そんな俺を待ってはくれず、翔太は逃げるように部屋を出ていってしまった。
その日から、翔太は家に遊びに来てくれなくなった。
俺も翔太の家に行ってみたけれど、いつ行っても翔太は家にいないと翔太のお母さんが玄関まで出てきてくれるだけだった。メールも電話も一方通行で、八方塞がりだった。
そのうち、受験勉強に追われるようになって、翔太の家に通うことも少なくなっていってしまった。俺は、翔太に奪われたファーストキスの謎を解くことができないままずっと過ごさなければならなくなった。
翔太に会えない日はつまらなくて、同じ時間を過ごせないのは寂しくて、翔太のことを考えるたびにモヤモヤして苦しくなった。
鈍くて疎い部分もあるけど、俺だって年頃の男子中学生だ。あの日のことを不意に思い出してしまって、ぶわぁっと顔に熱が溜まる。ぞくぞくと背筋が痺れる感覚に体が疼いて、切なさを外に出す方法として、一人で欲を吐き出すことをその時覚えた。そんなとき、決まって頭の中に浮かぶのは翔太の顔だった。
多分、俺の好きな子は翔太なんだろうな、と今になって気付いた。近すぎてわからなかった。どれだけ大切な存在なのか、会えないことがどれだけ辛いのか。
そこに気付いてしまえば、もう翔太のことしか考えられない。今だったら答えられるのに。あの日の翔太に、教えてあげられるのに。何度後悔したって、もう遅いのかもしれない。
どこにいるんだよ…。出てきてよ…。
俺がかくれんぼ苦手なの知ってるでしょ?
会いたいよ…。
俺の願いは叶うことなく、そのまま中学校を卒業して、なんとか合格できた高校へ入学した。
初日の教室は自己紹介や、どんな先生がいるか、誰と仲良くしようか、なんていう話で溢れていたが、一つも興味が持てなくて、窓の外で咲き誇る桜をぼーっと眺めていた。
外国にも桜って咲いてるのかなぁ、日本と外国で花言葉って同じなのかなぁ、なんて変な疑問が頭に浮かんで、暇だったので携帯のインターネットに接続して調べてみた。
外国で桜は、「私を忘れないで」という花言葉があると書いてあった。
自嘲がこぼれる。突き放したのは俺なのに、「忘れないで」なんて、わがままだ。
翔太は今何してるんだろう。
携帯をパタンと閉じて、また桜を眺めていると、「ねぇ」と誰かに突然呼ばれた。
声のする方を振り返ると、そこにいたのは、会いたくて会いたくて仕方なかったあいつだった。
「…しょうた……?」
「うん?」
「な、、なんでここにいるの!?」
「受験したから?」
「真面目に答えてよ!それに、なんで連絡もしてくれないし、全然会えなかったの!!」
翔太の手を引っ張って、教室を出る。全員の視線がこちらに向いていたけど、そんなことどうでもよかった。
今目の前にいる翔太に怒りたくて、やっと会えたことに喜びたくて、わけが分からなくなった。
俺は今まで溜め込んできた自分の気持ちを、人目につかない場所で、全部翔太にぶつけ続けた。
久しぶりに会う翔太は、どこか大人っぽくなっていて、俺が喚き立てるのをただ、じっと聞いてくれていた。
「ごめんな、ごめんな」と謝る翔太の腕の中で、俺はずっと泣き続けた。
「涼太、覚えてる?」俺の背中をさすりながら、唐突に翔太が切り出す。
「ん…ぐす、、、なに?」
「幼稚園の頃、俺が涼太にたんぽぽ渡した時のこと」
「うん、なんとなく…。」
「おれ、あの時涼太に言ったんだ。大きくなって涼太を迎えに行くって。」
「そうだったかも…」
「だから、その準備してた。連絡しないでごめん。会えなくてごめん。」
それだけ言って、翔太はまた俺を抱き締めた。
わかったような、わからないような、翔太が言ったことはそんなあやふやな答えだったけれど、また会えたことが嬉しくて、今は何も考えられそうになかった。
コメント
3件
不器用なゆり組さん可愛い💙❤️
キュン❤️キュン❤️しちゃいました🙂↕️