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ルシンダたちが生徒会室に戻ると、なぜかテーブルの上に豪華なお菓子が用意されていて、ユージーンがこれからお茶を淹れるという。 大好きなバウムクーヘンを見つけたルシンダは思わずはしゃいでしまったが、クリス、アーロン、ライルは驚きのあまり固まっている。
「……ユージーン、菓子に紅茶までご自分で用意されるなんて、今日は一体どうしたのです?」
「そんなにおかしいか? 後輩の初仕事なんだ。これくらい、いいだろう?」
ユージーンのあまりの変化にクリスが疑問を投げかけるが、本人はどこ吹く風だ。
「今まで生徒会室でお茶なんてしたことないでしょう。それに、公爵家の令息であるあなたが紅茶を淹れられるとは思わないのですが……」
「生徒会室でお茶会をしてはいけないという決まりはないだろう。それに、だいぶ昔だけど、自分で紅茶を淹れたことがあるから心配無用だよ。昨日も練習したし」
「練習……? 今日のために?」
「練習くらいするさ。失敗したら恥ずかしいだろう?」
ティーポット片手に優雅に紅茶を注ぎ入れる姿はスマートで様になっているが、なんとなく違和感がある。昨日のクールなユージーンはどこに行ってしまったのだろう。
アーロンとライルも絶句している。
「ルシンダ、紅茶に砂糖は入れなくてよかったかな?」
「はい、ストレートで大丈夫です」
思わず普通に返事をしてしまったルシンダに、ユージーンがにこりと微笑む。
「ほら、お菓子も遠慮せずに食べるといいよ。アーロンもライルも、毒なんて入ってないから安心して飲んでくれ」
「は、はい……」
アーロンとライルがぎこちない手つきでカップに口をつける。
動揺して味なんて分からないだろうに「美味しいです……」と感想を伝えるのは、さすが育ちがいいんだなぁと、ルシンダはぼんやり思った。
◇◇◇
そして謎のティータイムの後、最初に約束したとおり、ルシンダはユージーンと書類の整理を始めた。
アーロンとライルは二人とも外せない用事があるとのことで先に帰っており、クリスはデスクで書類仕事をしていた。
「署名が必要な書類はここにまとめて、先生に渡す書類はそちらの棚の上に置くんですね」
「ああ、覚えが早くて助かるよ」
書類の分類方法や収納場所などを教えてもらい、メモをとって復唱する。
色々な書類があって混乱しそうになったが、ユージーンが丁寧に教えてくれるので、なんとか覚えられそうだ。
(ユージーン会長って、ラスボスの先入観のせいか暗くて冷たい人なのかと思ってたら、意外と面倒見がいい方だったんだな)
マンツーマンで教えると言われた時は少し緊張してしまったが、実際のところ一緒にいると不思議と心が落ち着いて、二人でいるのも嫌ではない。
生徒会の仕事も、雑用ばかりではあるけれど、学園のためになっていると思えばやり甲斐もあった。
(生徒会のお手伝い、けっこう楽しいかもしれない)
前向きな気分になるルシンダだったが、一方で気になることもあった。
(このままユージーン会長と仲良くなったら、魔王戦に影響出ちゃうかな……)
最初は絶対に関わらないと固く決意していたルシンダだったが、早くもその決意が崩れ始めようとしている。
(だって、ユージーン会長があまりにもフレンドリーなんだもんなぁ……)
まさか生徒会長がこんなに優しくて親切な人だとは思わなかった。講堂での生徒総会で見かけた時も、生徒会室に見学に行った時も、いかにも高位貴族といった雰囲気で近付きがたいオーラがあったのに、今ではまるで近所の気のいいお兄さんのようだ。今さら邪険にするのも気が引けるし、一体どうすればよいのだろう。
そして気になることはもう一つあった。
(お兄様の視線が痛い……)
ルシンダの背中に、クリスからの視線が突き刺さる。
ユージーンから一対一で手取り足取り教わっているのが気にかかっているようだ。
(私がユージーン会長にご迷惑をお掛けしないか心配してるのかな……?)
なんせ会長であるし身分も高いので、何か粗相をしてしまわないか気が気じゃないのかもしれない。
ルシンダはパッと振り返ると、こちらを見つめる兄に大丈夫だと伝えるべく真顔でこくこくと頷いた。
するとユージーンが「よそ見したらダメだよ」と言って、両手で優しく頭を掴んで前を向かせる。
すぐさま後ろから紙がグシャッと握り潰されるような音がしたが、クリスがうっかり書き損じてしまったのだろうか。
いつも隙のないクリスでもミスをするんだなと、内心微笑ましく思っていると、ユージーンが少しいたずらっぽい顔で話しかけてきた。
「いずれ、予算や経費の計算も手伝ってもらえるとありがたいな」
「えっ、この数字がいっぱい書いてあるやつですか⁉︎」
「もしかして、数字は苦手かな?」
「得意ではないですね……。でも、足し算と引き算なら大丈夫かも……? はぁ、電卓があれば楽なんだけどな……」
なんの気無しに呟いた言葉を、ユージーンが笑顔で聞き返す。
「でんたく?」
(あっ、しまった。電卓はこっちの世界にはないのに……!)
うっかり前世にしかないものの名前を出してしまい、ルシンダは慌てて誤魔化した。
「いえ、なんでもないです! 頑張って計算します!」
「ありがとう、嬉しいよ」
にっこりと笑みを深めるユージーンに、ルシンダもへらりと愛想笑いを返すのだった。