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クラスの出し物が決まってから一週間。学園ではどのクラスも文化祭の準備で大忙しだった。

ルシンダはアーロン、ライルとともに生徒会の手伝いでクラスの準備は欠席しがちだったが、ミアが意外にもリーダーシップを発揮して、着々と準備を進めてくれていたようだ。


すでに役割分担を決めて、衣装や内装やテーブルウェアを手配するところまで済んでいるらしい。


「ルシンダたち生徒会組はホール係にしたから。お客様を席に案内して、注文を聞いて、キッチンに伝えるのよ」

「分かった。キッチンってことは料理もするの?」

「食べ物は出来合いのものを出すだけだけどね。紅茶は自分たちで淹れるつもりだから、紅茶係の男子が特訓してくれてるわ」

「へ〜、すごいね」

「キャシーが手芸が得意だからクッションを作るって言ってくれたり、みんなやる気いっぱいよ」


ミアが力こぶを作る真似をしてみせる。クラスで一致団結して楽しく準備しているようだ。


「そういえば、当日は衣装を着るの?」

「もちろん。カフェと言ったら制服でしょ!」

「デザインはもう決まった?」

「ええ、クラシカルなメイド服と執事服っぽい感じね。これがデザイン画よ」


ミアが小脇に抱えていたスケッチブックを開いて、直筆のデザイン画を見せてくれた。

メイド服と言われて一瞬心配になったけれど、デザイン画を見る限り露出も少ないし、真っ当な衣装のようだ。さすがにクラスの出し物で変なことをする訳ないかと、ルシンダは安心した。


「あと、デザイン画には描いてないけど、ヘッドドレスも着けてもらうからね。そうそう、すぐに衣装制作を始めないといけないから、明日にでも採寸表を持ってきてくれるかしら」

「分かった。私も何か準備しておくべきことがあったら教えて」

「そうね。メニューを覚えてもらうのと、配膳がスムーズにできるように練習しておいてもらえると助かるわ」

「それじゃあ、練習しておくね」


ルシンダが力強く頷く。生徒会の手伝いでクラスの準備に参加できない分、やれることはしっかりやって、自分もクラスに貢献したい。


「あとは前日に内装を整えて、簡単にリハーサルするのだけ参加してもらえれば大丈夫だから」

「うん、色々ありがとうね。ミアがクラスリーダーでよかった」

「うふふ、こちらこそ夢が叶えられて役得だわ。頑張りましょうね!」


ミアが聖母のような温かな微笑みを浮かべる。

いつも彼女の変な妄想に巻き込まれて苦労させられていたが、こんなにもクラスのために尽力して、今回ばかりは素直に感謝しなくてはならない。

ルシンダは「頑張ろうね!」と笑顔で返し、出し物の成功のために完璧にホール係をやり遂げようと決意したのだった。



◇◇◇



そしてあっという間に文化祭の前日となった。

今日はクラスのみんなで内装の仕上げを行う予定だ。

ルシンダも今日は生徒会の手伝いはないため、クラスの準備に参加していた。


図面で確認しながらテーブルや椅子を並べて席を作ったり、キッチンカウンターを設置したり。壁に草花の模様が刺繍されたタペストリーを飾ったり、ベンチや棚に動物のぬいぐるみを置いたり。だんだんと、どうぶつカフェらしい雰囲気が出来上がっていく。


ふと壁際に目をやれば、キャシーとマリンがきゃっきゃと笑い合いながらタペストリーの位置を調整していた。

その反対側では、サミュエルが甲虫類の標本を抱えて「昆虫は動物に含まれるだろうか?」とミアに尋ね「含まれません」とすげなく返されている。


みんな明日の本番を目前にして、わくわくしているのが伝わってくる。


「私もたくさん手伝わなくちゃ! ミア、この虹の絵のタペストリーはこっちの上のほうに飾るね」

「あ、うん! 気をつけてね」


ミアの許可をもらって、虹の柄のタペストリーを飾ろうと踏み台に上る。


(こっちにちょうど雲の飾りがあるし、もう少し左のほうにしたほうがいいかな?)


そう思って爪先立ちのまま左に体を傾けた瞬間、うっかりバランスを崩して踏み台から大きく体がはみ出した。


(ま、まずい……!)


重力には逆らえず、床めがけて倒れそうになったその時。ふわりと身体が持ち上げられるのを感じた。


「おい、大丈夫か⁉︎」


気がつけば、ライルに抱きかかえられていた。どうやらタイミングよく助けてくれたようだ。

思い返せば彼はいつも危ないところを助けてくれて、本当にいい人だ。いつか恩返しをしなくては。


「ライルのおかげで助かりました。ありがとうございます」

「気にするな。足を捻ったりはしてないか?」

「はい、大丈夫みたいです」

「それならよかった」


ライルが安心したように表情を緩める。ルシンダもあのまま変な転び方をしなくてよかったと安堵しつつ……少し遠慮がちに囁いた。


「あの、ライル……もう下ろしてくれて大丈夫ですけど……」


もう平気だというのに、ライルの腕に抱えられたまま下ろしてもらえないのだ。

それによく考えたら、これはお姫様抱っこというやつではないだろうか。よくゲームで勇者がお姫様を助け出した時にこうやって抱きかかえていた。


密着感がすごいし、整った顔がものすごく近いし、自分の体重が重くないか気になってしまって異様に恥ずかしい。こんな抱え方をされて平然としているお姫様は、案外肝が据わっているのかもしれない。


ルシンダが思わず顔を赤らめると、ライルは満足げに微笑んで、ようやく床に下ろしてくれた。


「本番前に怪我しないようにな。高い場所は俺がやるから、貸して」


そう言ってルシンダの手からタペストリーを奪い取り、先ほど飾ろうとしていた場所にさっと掛けてくれた。長身なので踏み台いらずで羨ましい。

そんなことを思いながらライルを眺めていると、視線に気づいたライルが一歩近づき、ルシンダの髪を一束そっと掬い取った。

亜麻色の髪を見つめるライルの目は眩しそうに細められている。


「あの……ライル?」


ルシンダが恥ずかしそうに尋ねる。


「もしかして、髪にゴミでもついてました……?」

「…………。ここ、糸くずがついてた」

「すみません、ありがとうございます!」


ライルが小さいものを探すような目で見ていたので、もしかしてと思ったら、やはりゴミがついていたようだ。タペストリーのほつれた糸でもくっついていたのかもしれない。

うっかり踏み台から落ちかけてお姫様抱っこをされ、髪に糸くずまでつけて、さっきから恥ずかしいことばかりだ。


ライルにお礼を伝えると、背後からおかしな気配を感じて、ルシンダはパッと振り返った。

見れば、ミアが満面の笑みを浮かべ、こちらに向けてサムズアップしている。


(また何か変な妄想してる……)


「あの、私、職員室に行って、カフェのチラシを複写してきますね」


ライルに行き先を告げ、ルシンダは小走りで教室の外へと出た。

あのまま教室にいては、ミアに絡まれて質問攻めにされてしまう。今のうちに逃げておくに限る。



カフェのチラシを持って職員室へと向かっていると、渡り廊下の側の木々から美しい紅葉がはらはらと舞い落ちてきた。赤や橙、黄色に色づいた葉っぱを見ると、もう秋だなぁと思う。そのまましばらく眺めているうちに、奥の棟の教室に兄のクリスの姿があることに気がついた。


(そういえば、今日は遅くなるから先に帰るよう言われてたっけ)


……と思っていたら、クリスは真顔で向かいの女子生徒に近づき、彼女の顎に片手を添えてそっと持ち上げた。


(!?!?)


あれはいわゆる「顎クイ」というものではないだろうか。ミアの自家製スチルに、ルシンダと攻略対象たちのあんな構図の絵があって延々と妄想話を語られた記憶がある。

たしか、愛を囁くときの尊いシチュエーションだとかなんとか……。


(お兄様が、愛を囁いてる……?)


なんだか、見てはいけないものを見てしまったというか、兄のそういう姿は見たくなかったというか。


(なんだろう、ショックな気持ち? ──もしかして私、結構なブラコンになっちゃってたのかな……?)


よく分からない気持ちのまま、ルシンダは勢いよく顔を逸らして早足でその場を後にした。

えっ、ここは乙女ゲームの世界? でも私は魔術師を目指すので攻略はしませんから

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