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「あれっ?
この手錠、本物じゃないですか」
しばらくして、やっと嘘発見器を外してもらった蓮は、寝たまま、手錠をいじってみる。
「それはな。
俺が子供の頃、悪いことした俺を徳田が机につなぐときに使ってたんだ」
どんな使用人だ、と思うが、未来の母親もそんな感じだった。
子供の渚が、もうしません、と可愛らしく泣きじゃくる様を想像し、つい、笑ってしまう。
が、今、横に居る渚は、
「はめてやろうか」
とにやりと笑う。
可愛らしい頃会いたかったな……とちょっと思った。
「……嫌ですよ」
と言いながら、こっちはもともとそのつもりで持ってきましたね? と思う。
「それにしても、徳田さんは何処からこんなものを仕入れてくるんですか」
「さあ?
うちには警察の人間もよく出入りしてるからな。
徳田は若い頃は綺麗だったから、誰かに頼んだか、ちょろまかしたかしたんじゃないか?」
と言ってくる。
それは軽く犯罪ではないだろうか……。
「他にもなにかいろいろ持ってたぞ」
「傘から毒針が飛び出したり?」
「……そりゃ暗殺道具だろ」
スパイから離れろ、と言われる。
お隣スパイ説がまだ渚の頭にもあるようだった。
「ふーん。
うちの地下室には先祖代々の拷問道具がありますけどね」
「張り合うな……」
と言いながら、渚は、手錠を振った。
あっ!
蓮の手に手錠がかかる。
「ああ、鍵忘れたな」
「渚さん~っ」
「隣のスパイにでも外してもらえ」
「だから、お隣、スパイじゃないですってば。
……だんだん、そんな気がしてきましたが。
人間の思い込みって恐ろしいですね」
「まあ……外すの後にしろ」
と言って蓮を抱き寄せる。
確かに。
今はなにも考えたくないな、と思っていた。
家のことも、未来が言っていたことも。
……とりあえず、鍵がないことも。
「すまんな、脇田」
オモチャではなかった手錠は結局、外れず、脇田が通勤途中に渚の自宅に鍵を取りに行ってくれた。
「……あの、徳田さんに説明するの、大変だったんですけど」
っていうか、気まずかったんですけど、と脇田は言う。
「いや、蓮が悪さをしたんで、手錠をかけただけだ」
「悪さをしたのは、貴方でしょうが」
と渚を睨んだあとで、
「すみません。
脇田さん」
と何故か、蓮が謝る羽目になる。
いや……、と脇田が微妙な顔をしたとき、渚のスマホが鳴った。
徳田だろうかと一瞬、緊張する。
怒られるっ!
『蓮様』
と威圧的に自分を見る徳田の幻を見た。
だが、違ったようで、渚は話しながら、少しずつ離れていく。
仕事の電話のようだ。
「そういえば、石井は諦めたみたいだね」
え? と脇田を振り返った。
「あれ?
もう忘れちゃったの?
石井に脅されたこと」
「ちょっと誘われただけですよ」
「でも、石井は結構、本気だったみたいだよ」
「そんなことないですよ。
すぐにそんなこともあったねって、いい思い出話になりますよ」
「そうかもね。
でも―― 非情だね」
えっ?
「いい思い出になんか、僕はならないよ」
と脇田が口づけてくる。
渚はエレベーターの方を向いていて、見てはいなかった。
朝、仕事をしていると、
「蓮ちゃん、なにか困ってる?」
と葉子に訊かれた。
「え……。
困ってるように見えました?」
顔を上げ、横の葉子を見ると、
「いや、いつもほど、キラキラ感がないから」
と言ってくる。
「もう年なんじゃないですか?」
と誤魔化すように笑って言うと形相の変わった葉子に、
「……蓮ちゃん、殴るわよ」
と言われた。
しまった。
浦島さんの方が年上だった……と思いながら、はは、と笑う。
まあ、困ったことならあるが。
夕べの手錠が外れなかったときも困ったが。
今朝の脇田さんと、どっちが困ったことだろうな、と思ったとき、脇田が社長室から出てきた。
ちらとこちらを見たが、そのまま行ってしまう。
葉子の視線が脇田を追った。
「脇田さん、彼女でも出来たのかな?」
「え?
なんでですか?」
「格好いいのは前からだけど。
なんか最近、色気が出てきたっていうか」
「……そ、そうなんですかね~」
うーむ。
じゃあ、今朝のあれはなんだったんだろうな、と思っていると、
「蓮」
と社長室の扉が開いて、渚が顔を出す。
はい、と立ち上がった。