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 高地と出会って1週間。
 俺の病状は安定していた。
 仕事は渋々辞めた。担当医が言うのだからもう仕方がない。
 
 俺に残り少ないことを伝えた医者は、突然病院を辞めた。
 なんの前触れもなかったらしいが、ある日院長室に退職届が置かれていたそうだ。
 新しく俺の担当医になったのは、いかにもチャラそうな男の医者だった。
 金色のネックレスと腕時計、髪は金髪。
 派手すぎるだろ、いくらなんでも。
 だが俺の心配をよそに、その担当医はとても親身になってくれた。
 笑った顔がとても優しくて、心が安らぐ。
 苗字は覚えていないが、下の名前が珍しかったからよく覚えてる。
 樹。
 樹木の樹でじゅりと読むらしい。
 よく似合っている名前だなと思った。
 彼の胸元には、いつも猫のキーホルダーがぶら下がっている。
 立体的な黒猫のキーホルダー。見た目からは想像できない趣味に内心戸惑いながら、俺は聞いた。
 「その胸元のキーホルダーめっちゃ可愛いですね。買われたんですか?」
 『これ、貰ったんですよ。彼女から』
 「彼女さんですか!素敵ですね。憧れます。」
 『でも…亡くなってしまって』
 「そうだったんですか…」
 『僕が担当だったんです。彼女の。病気でどんどん弱っていく彼女見てたら…もうほんと耐えられなくて。でも…彼女はすごいポジティブで。残りの人生楽しむぞ…って』
 「すごいですね…」
 『で…最期に、このキーホルダーをくれたんです。2人で飼おうって言ってた黒猫の。』
 『だからこのキーホルダーはもう…命よりも大切なんです。』
 「そうなんですね。とても良いと思います。」
 大粒の涙を流しながら、樹さんは話してくれた。
 俺にも、何か刺さるものがあった。
 残りの人生が少なくても、前向きに生きてみよう。
 そう思えた。
 「僕も猫めっちゃ好きで、家猫まみれです」
 『ふふっそんなに好きなんですか?』
 「ええ…もう、ほんとに。ちょっと前まで飼おうって思ってたんですけど、もう飼えなさそうで…」
 『じゃあうち来ます?』
 「え?」
 『彼女が亡くなってから、猫飼ったんですよ。彼女をずっと思い続けるためにも』
 「見てみたいです!」
 『是非、住所渡すのでいつでもどうぞ。』
 「ありがとうございます。」
 
 そして今、俺は樹さんの家にいる。
 毛並みが綺麗に揃った黒猫。
 その猫は、不思議なオーラを放っていた。
 「可愛いですね。」
 『でしょうでしょう』
 『あ、良かったら樹って呼んでよ。』
 「え?樹って呼ぶんですか」
 『敬語も外してくれて良いし。こっちは全然慎太郎って呼びたいんだけどいい?』
 「うん…全然いいよ」
 『ふっ引くなよ』
 「引いてないよ!ただ…」
 『ただ?』
 「めっちゃ…良いなと思って。こういう関係」
 『…』
 「ぇ…」
 『っはは!おもろ慎太郎。確かにめっちゃ良いねこういう関係。』
 「ふふっありがとう」
 『いえいえ』
 
そうして、俺と樹の関係はスタートした。
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