夜になって、マンションに柊君がやってきた。
チャイムが鳴って、樹がドアを開ける。
柊君の声が聞こえる。
数秒後、リビングのドアが開いた瞬間、柊君はとても驚いた顔をした。
「来てたの? 柚葉……?」
「柊君、私ね。今、樹と一緒に住んでるの。いろいろ複雑な事情があって、一緒に住むことになって、今もずっと……」
「柊……。俺は柚葉と暮らしてる。俺は、柚葉が好きだし、今、俺達は付き合ってる。どうしてそうなったか、細かいことはわざわざ言わないけど、これが現実だ。柚葉とは、いずれ結婚したいと思ってる」
柊君は、何も言わずにじっと立ったまま聞いている。無表情で……
「ごめんね。柊君と別れたばっかりで、結婚はすぐには考えられないって思ってる。でもね、私は、本当に樹が好きなの。この気持ちは……嘘じゃない」
柊君は、まだ黙ってる。
「柊君……大丈夫?」
一点を見つめる柊君に、私は声をかけた。
「……うん、大丈夫だ……よ。そっか、知らなかったよ。2人で住んでるなんて……樹がそんなことするなんて……ちょっと……」
柊君は、樹を見た。
とても悲しくて、冷たい目。
柊君は、こんな目をするんだ……
「柊、悪い。俺のわがままで」
そう言った瞬間、柊君は樹に掴みかかった。
その勢いで、樹はテーブルの横に倒れ込んだ。
「ちょっと止めて! 何するの?」
思わず私は叫んだ。
柊君がこんなことするなんて驚きを隠せない。
「お前は僕から柚葉を取り上げるの? 僕はこんなに柚葉を愛してるのに」
柊君は樹の上に乗り、襟を掴んでる。
でも、樹は、されるまま何も抵抗しなかった。
「殴っていい。柊の気が済むまで。俺はお前の大切な人を好きになった。それは……殴られても仕方ないことだ」
その言葉に、柊君はこぶしを高く上げた。
「お願い、柊君止めて!」
私は、柊君の腕を掴もうとした。
「柚葉、いいから離れてろ」
樹のその言葉にビクッとして、私は2人から離れた。
「僕は……僕は柚葉が好きだ。でもやっぱり……お前のこと……殴れないよ」
襟を掴む手が少し緩んだ。
「頼む、柊、俺を殴ってくれ!」
「樹……。む、無理だよ。僕は情けないな、弟を殴ろうとするなんて。本当、最低だ」
柊君はそう言うと、ゆっくりとこぶしを下ろし、樹から離れた。
そして、柊君は……泣いた。
床に四つん這いになって、とても悲しそうな声で。
その姿を見てたら、涙が止まらなかった。
柊君、ごめん、本当にごめんね。あなたは、本当に優しくて素敵な人だったよ。ただ、恋愛感が合わなかっただけ。
今はすごく……感謝してるから。
だから、絶対に、絶対に幸せになってほしい。
たとえどんな恋愛をしたとしても、柊君が毎日笑っていられるように……
私は本気でそう願ってる。
「悪かったな、樹。今度こそ柚葉のこと頼んだよ。本当はここに来る前からこうなることはわかってた。柚葉の気持ちが、もう僕にはなくて、樹にあることを。でも、何か……それが悔しくて……本当に情けなくて。ごめん」
「俺は、柚葉1人だけを愛する自信がある。柊が、本当に柚葉を好きなら……頼む、見守ってやってくれ。この先、俺が絶対に柚葉を守るから」
樹……
「……そうだね。柚葉を……幸せにしてあげて。柚葉、樹はいいやつだよ。いっぱい幸せにしてもらうといいよ。じゃあね、本当に、さよなら」
柊君は、そう言ってリビングを出ていった。
肩を落とす柊君の後ろ姿が、とても切なく見えて、すごくつらかった。
さよなら、私の大好きだった人……
ありがとう……
「下まで送ってくる」
樹は、柊君を見送りに後を追いかけた。
そして、20分くらい経った頃、部屋に戻ってきた。
「大丈夫?」
「ああ。柊はもう大丈夫だ。俺が話したせいで柊を混乱させてしまった。それは申し訳ないと思うけど、やっぱり俺達が柊の近くにいることは、柊にとって良くないことなんだ」
「……うん、そうだね。でも、樹は、毎日柊君と一緒だもんね」
「ああ、だから今、柊に言った。ISを辞めるって」
「え!? どうして? そんなことしたら……」
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