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ああ最悪だ。目の前に広がる黒い空間を見てそう思った。
またあの夢か。覚めろ覚めろと心の中で唱える。が、駄目みたいだ。
目の前の奏は微笑んで、私をただ見据えていた。隣にいた絵名は、私の手を握っていて、それに勇気付けられた。
──まふゆ、今までありがとう。
奏はそんなことを言った後、後ろを向いて離れていく。私は追いかけることをしなかった。無駄だと分かっているから、体が動かないのが怖くて、何もしなかった。
「……どうして、みんな離れていくんだろう」
「さあ」
「ミク達も、瑞希も、奏も、なんでどこかに行っちゃうんだろう」
「それで、どう思ったの?」
「わからないけど、でも、何か嫌だ。胸に穴が空いたみたいで、苦しくて、息がしにくくなる」
「ふーん」
絵名はそれから何も聞いてくることはなく、ただ私を見つめていた。
「絵名は、どこにもいかないよね」
「さあ。それは私が決めることじゃないから」
「…………」
「……いなくなってから、色々分かるようになったみたいだけど」
「…………」
「いなくなってからじゃなきゃ、貴方は気が付かない?」
「何、どういう意味?」
「さあ。まあ、わからないなら思うままにやってみてよ」
「……それが難しいんだけど」
「そう。暫くは見ててあげるから。大丈夫、思うままに行動すればいいんだよ」
「思うままって……」
絵名はそう言って不敵に笑った。絵名とは似ても似つかないなと、再認識した。
「……ちゃんと思い出してね。自分の持っていたもの」
絵名がそう言うと段々とその世界の存在は薄くなっていった。意識が離れ、目を開くと天井が目に入る。
起きたのだ。時計を確認すると午前五時。起床にはまだ早い。
『思うままに行動すればいいんだよ』
無性に、絵名の声が聞きたいと思った。絵名とは夢の中で話したが、雰囲気は全く違う偽物のような存在。
起きているだろうか。いや流石にこの時間は寝ている。迷惑だろうか。でも今は声が聞きたくて。
ぎゅっと。絵名のカーディガンの存在を思い出して、抱きしめる。
夢の絵名のせいで声が聞きたくなった。でもその夢の絵名に背中を押されて、私は電話を掛けていた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール……。
『ん……もしもし』
「絵名……?」
『はいはい、絵名だけど。何、寝てたんだけど……』
掠れた声で答える絵名。
「声が聞きたくなって」
『こえ……? 何か恋人みたいなこと急に言い出さないでよ』
「ごめん、急に」
『いやまあ、別にいいけど』
眠そうに受け答えをする絵名。私はスマホを持つ手を強く握り、絵名と話せることに少し喜びを感じていた。
『嫌な夢でも見た?』
「え、ああ、まあ、少し……」
『そっか。セカイにでも行く?』
「ううん、迷惑だしこのままでいいよ。それに絵名の声が聞きたかっただけだし」
『そ。なら、いいけど』
眠そうな絵名を呼ぶのは気が引ける。そもそも電話を自分の都合で掛けてしまったから、申し訳ないのだ。
「絵名が寝るまで繋いでおくから」
『なにそれ……』
「少しでも長くいたい……から?」
『んー、ねれないじゃん』
「寝てもいいよ。うん、私は絵名の声が聞ければいいから」
『よくわかんない』
声が幼くなり、受け答えが怪しくなってきた。眠気が近いのだろう。
電話を切るのは早そうだと、ちょっと残念に思った。