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「香織、いらっしゃい」

久しぶりの休みに、香織が心配してくれているのだろう。

昼前、大きな紙袋を持ってやってきた彼女に、私は微笑んだ。

「アビスのサンドイッチ買ってきた。一緒に食べよう」

香織は袋の中を私に見せてくれる。

それを受け取り、一緒にリビングへと向かい、私はテーブルにサンドイッチを広げた。

「美味しそう、ありがとう」

香織の分も一緒にコーヒーを淹れると、私たちはゆったりとランチを始めた。

「今日は弘樹さん、大丈夫なの? デートじゃないの?」

うまくいっていると聞いていたため、私のために時間を使わせてしまったのではないかと、香織に尋ねる。

「大丈夫。弘樹くん、今日は少し会社に行くって」

野菜たっぷりのサンドイッチを食べながら答えた香織は、一息つくと私をじっと見た。

「そんなことより、莉乃は大丈夫?」

「うん。そろそろ出てくると思って、不安だったけど……」

誠のことをどう話すべきか迷い、とりあえずそう答えたが、そんなことはお見通しの香織は、単刀直入に私へ問いかける。

「誠さんでしょ」

「……まあ、そうかな」

私が少し苦笑しながら答えると、香織はまっすぐに私を見据えた。

「ここにも来てるのよね? さっき手を洗った時に見たけど、あのスエット男物よね?」

香織の言いたいことがわかり、私は慌てて否定する。

「身体の関係はないよ!」

「え? そうなの?」

むしろ泊まっているということで、何かあると思っていたのか、香織は少し驚いたような表情を見せた。

「だって、付き合ってないし。私の男性恐怖症を治す手伝いをしてくれてるのかなって……」

そんな私の言葉に、香織は確認するように口を開いた。

「莉乃は好意を持ってる。付き合ってはいないけど、一緒にいる……」

確かに、情報だけを並べればそうなる。

「好意がある……よね」

断定されたように感じながら私が答えると、香織はため息をついた。

「当たり前でしょ? 莉乃が好きでもない男、家に入れるわけないじゃない」

「そうだよね……」

はじめは何も考えずに家に入れていたけれど、きっとあの頃から、私は彼のことが好きだったのだ。


「でも、今のところ遊ばれてるとか、そういう感じはないんだよね? 言い方が悪いけど、誠さんってすぐに誰にでも手を出すイメージがあったから」

香織は少し言葉を選びながらそう言った。それは、私自身も気になっていたことだった。

「私なんか、遊びにもならないってことだよね……」

「どうしてそうなるのよ?」

私の言葉に、香織はため息をついた。

「だって、誠の周りって本当に“大人の色気”がある人ばかりじゃない? 私みたいにトラウマがあって、面倒くさい女にちょっとだけでも手を出したら、『やっぱり面倒だった』って思われてそう」

「それは、ないとは言えないかもしれないけど……でも、誠さんの気持ちはさておき、恋は理屈じゃないし、莉乃がもう一度、人を好きになれたってことは本当にすごいことだと思うよ」

にこりと笑ってくれた香織に、私も曖昧な笑みを浮かべながら、こくんとうなずいた。

「でもね、一つだけ言わせて」

香織はそこで言葉を区切ると、私をじっと見つめた。

「あまりにも苦しくなる恋愛なら、早めに心の整理をつける努力をしてね。いくら莉乃が誠さんを好きでも、傷つく莉乃を私は見たくないから」

香織の気持ちは、痛いほどよくわかる。

私はコーヒーカップについたリップを指で拭いながら、自分がどうしたいのかを改めて考える。

「本当に、今まで見てきた誠の周りにいた人は家柄も良くて、きれいな人ばかりだったな。……そのうち婚約者とか現れたりして」

自分で言った言葉に、心がひりついて、自嘲気味に私は笑った。

「確かにね。私も弘樹くんと一緒にいて不安になることばかりだよ。あの人たちから見たら、私たちってまだ子供に見えるのかもね」

ため息交じりにこぼした香織の言葉に、私は大きく息を吐いた。

「……好きになるなら、もっと普通の人が良かったな。身の丈に合った人とか」

「でも、そういう誠さんだからこそ、好きになったんじゃないの?」

香織の核心を突いた言葉に、私は否定することができなかった。

「……そうだね。もう少しだけ様子を見てみるよ」

その言葉の本当の意味は、「もう少しだけ誠と一緒にいたい」だった。

でも、それを言葉にはできなかった。

久しぶりに会った香織との会話は尽きない。

「莉乃、どう? 久しぶりに飲みに行かない? 大丈夫?」

「そうだね、行こうか」

香織が一緒なら大丈夫。私はそう思って、マンションを出て電車に乗り、誠たちと初めて出会った店へと向かった。

「あれから、そんなに時間は経ってない気がするけど……いろいろ変わったね」

香織の言葉に、私は心からそう思う。

こんなふうに、自分の近くに男の人がいるなんて想像していなかったし、人を好きになることなんて、もう一生ないと思っていた。

夜空を見上げると、いくつかの星が瞬いていた。

カウンターに座ってビールを頼むと、グラスを掲げて乾杯。

それを一口飲むと、香織が満足そうに声を上げた。

「あー、おいしい!」

「香織、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」

泡を口の周りにつけた香織に、私は思わず笑ってしまう。

そんなふうに楽しく飲んでいた時、不意に背中をポンと軽くたたかれ、私は驚いて振り返った。


そこには、自分たちと同じくらいの年齢だろうか、金髪の少し軽そうな雰囲気の男が二人立っていた。

「女の子二人じゃ寂しいでしょ? 一緒に飲まない?」

ただ肩に触れられただけなのに、全身に嫌悪感が広がる。言葉が出てこない私の代わりに、香織が鋭い視線を二人に向ける。

「寂しくないので、大丈夫です」

ピシャリと言い放った香織の態度にもかかわらず、男たちはまだ諦めない様子だった。

「そんなこと言わないでさ。一緒の方が絶対楽しいって。ねえ……」

しつこく絡もうとする彼らと香織のやりとりを、私は横目で見ながらも、ある方向から目を離せなくなっていた。

「莉乃? どうしたの?」

私が呆然と遠くを見つめたままでいることに気づいた香織が、不思議そうに問いかけた。

香織がその視線の先に目を向けると、そこには――

VIPの個室席。少し距離はあったが、そこにいたのは誠と、隣に座る美しい女性だった。

香織もすぐに気づいたようで、私の様子を確認すると、苛立ったように男たちへと声を上げた。

「もう帰るの。どいて。行こう、莉乃」

彼女に手を引かれるまま、私は返事もできずにその店を後にした。


「お茶でもしようか」

店の外に出ると、香織は静かにそう提案し、少し離れた場所にあるカフェへと入った。

ミルクティーの甘い香りとともに、ようやく一息つく。

私はカップに口をつけながら、小さく息を吐いた。

「わかってたんだけどね……」

「莉乃……」

誠に女性の影があることなど、最初から覚悟していたはずだった。

だけど――

「本音を言うとね、私、その中の一人でもいいって思ってたの」

「莉乃!」

香織は驚いたように声を上げる。私がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。

「……そう思ってた。でも、やっぱり無理だな」

私は自嘲気味に笑う。

「好きな人を誰かと共有するとか、遊びで付き合うとか、私にはできない」

「……それはそうだよ。私も無理」

一気に言葉を吐き出したあと、二人の間に静寂が流れる。

頭では理解していたはずなのに、心は追いついていなかった。

涙が零れそうになるのを、必死にこらえる。

「あーあ。恋愛なんて絶対しないって決めてたのに、どうして一番好きになっちゃいけない人を好きになっちゃうんだろうね」

そうつぶやくと、私は香織を安心させたくて、無理に笑顔を作る。

「香織、ありがとう。私は大丈夫だから」

本当は大丈夫じゃない。だけど、そう言い聞かせなければ崩れてしまいそうだった。

まだ引き返せる――。

そう思った私は、香織と別れて家に帰ると、部屋に残っていた“誠の痕跡”をすべて片づけた。

スエット、歯ブラシ、コップ、箸――

ひとつずつ丁寧に箱に詰めて、テープでしっかりと封をした。

「これで大丈夫」

誠はただの上司。

それ以上でも以下でもない――そう自分に言い聞かせる。

シャワーを浴びて早く眠ろうとベッドにもぐりこむと、ふと微かに香る誠の匂いに気づき、慌ててシーツを取り替えた。

新しいシーツに身を沈めると、涙が静かに頬をつたう。

「寂しい」――その感情を押し殺そうとしても、心が勝手に反応してしまう。

何度も寝返りを打ち、うつらうつらを繰り返すうちに、気づけば空が白んできていた。

私は静かにベッドを降りた。

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