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「昨夜はありがとう、助かったよ」
ほらきた。
「なんのことですか?私はよくわからないままなので、説明していただけますか?」
「いやぁ、まいったよ。まさか嫁さんがあのタイミングで帰ってくるなんて予想外だった」
「……」
なんて返事をすればいいのかわからない。
「でもまぁ、もしかしたらいいタイミングだったのかも?」
「なぜ?」
くいくいと手招きをして、小さな声で話す。
「あの子、いい子なんだけどね、ちょっと強引なところがあってさ。マンションを見てみたいとか言って、訪ねてきたんだよ。そしたら嫁と鉢合わせ。まぁ、書類の封筒を手にしてたから言い訳できたし、茜との電話もあったから事なきを得たし」
「強引?日下さんが?」
「そう、なんていうか、グイグイきてさ。俺もほら一応男だからつい、ね、そういうこと。それで、なんか本気になられても困るなぁと思ってたら、昨夜のことがあって。これでうまく終われると思ってさ」
_____何が言いたいのかわからない
コンコンと壁を叩く音がして
「失礼します、コーヒーお持ちしました」
結城が、淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう、いただくね」
酸味がなく苦味も抑えられてて、香りがすごくいいコーヒーだった。
「美味しい!」
結城は、グッと親指を立てた。
「チーフの好きなコーヒーですからね」
「ふーん、ありがとう」
私の好きなコーヒーって何だろ?なんで結城はそれを知ってるのだろう?不思議だった。
「じゃ、ごゆっくり」
結城が離れたことを確かめてから、話題を戻す。
「えっと、それから、なんでしたっけ、話は。あ、そうそう、日下さんが本気になったとかどうとか?」
「うん、そう。こっちは結婚してるからね。本気になられても困るなぁと思ってたとこなんだけど。それでさ、昨夜あんなことがあったから落ち込んだり泣いたりしてたら、茜から慰めてもらおうと思ってきたんだよ」
「茜と呼ばないでください、それから、日下さんには好きな人がいますから、余計な心配はご無用です。私はてっきり、日下さんと連絡がつかないからわざわざ職場まで来たのかと思いましたよ、新田さんは社長付きの仕事をしてる人なのに」
ゲフッとコーヒーにむせる健介。
「そ、そうなの?そうか、好きな人がいるならよかった。彼女が泣いてるんじゃないかと気になったから」
「泣く?朝から、大笑いしてましたよ。昨夜よほど面白いことがあったのかもしれませんね。あとで訊いてみなきゃ」
_____嘘だけど
「……」
「それに、新田さんは彼女の好きなタイプじゃないみたいですから、大丈夫ですよ。もういいですか?」
「あ、あぁ、うん」
私はコーヒーを一気に飲み干してデスクに戻った。少し遅れて、新田も出て行った。
日下千尋からいきなり連絡を絶たれたくせに、自分からふったような言い方。
_____アイツはなにも変わってないんだな
それにしても。
日下に『いいね』をしたくなった。グッジョブ!
あー、せいせいした。
定時後、帰ろうとしたら結城に呼び止められた。
「チーフ、よかったらこの後、買い物に付き合ってくれませんか?」
「あー、歩美ちゃんの?いいよ。どこ行く?」
「なにをプレゼントするかにもよるけど…、チーフのおススメとかありますか?」
結城と並んで帰ろうとした時、いきなり前に立ちはだかったのは日下。
「何?」
返事をする結城は、少し苛立ってるように見える。
「結城先輩とチーフの2人で、お買い物ですか?私も行きます」
「どうして?日下さんも?日下さんは忙しいんじゃないの?書類届けたりとか」
「それは…え?」
話したんですか?と言いたそうな視線で私を見る。
「昨夜、日下さんがチーフに電話してきた時、俺もいたし。チーフが話しているのを聞いてれば、大体想像がつくよ」
なんだか雰囲気がおかしくなってきた。こんなところで話す内容でもない。
「ま、まあ、いいじゃない、日下さんの方が私よりセンスいいと思うから、一緒に行きましょう」
私はさっさと歩き出した。
「あ、チーフ、待ってください、三人は歩きにくいから2人で行きましょうよ」
「2人なら日下さんと並べば?」
急ぎ足で歩きながら答える。
「どうしてですか?」
「結城君と日下さん、お似合いだからよ」
「えーっ!なんでですか」
なんだかんだ言いながら、可愛いものを取り扱っていそうなデパートにやってきた。けれど小学生の女の子が喜びそうなものが、まったくわからない。
_____そういえば、歩美ちゃんのことは日下さんには話してないけど
気がつけば、ここはアクセサリーのフロア。いつの間にか結城と日下は腕を組んで歩いている。
「お友達の誕生日なら、こんな感じがいいんじゃないかな?」
「いや、ピアスは開けてないと思うから、ペンダントの方がいいよ」
離れてみていると、恋人同士で買い物に来ているように見える。
「あ、あれ?森下じゃないか、偶然だな」
すぐ近くにいた2人連れが私を見た。健介だった。隣にいるのは昨夜の電話の相手、奥さんだろう。
「お疲れさまです、奥様とお買い物ですか?仲がよろしいんですね?」
「結婚記念日に何も用意してなかったから、何か高いものを買わされそうだよ」
おおかた、浮気の罪滅ぼしというところだろう。あ、そうだ。
「日下さん、こっち来て」
私は日下を呼んだ。日下は結城とともに腕を組んだままやってきて、2人は健介を確認すると頭を下げた。
「あの、昨夜はうちの日下が失礼をしました」
改めて謝罪する。きっと健介は浮気ではなかったと、奥さんに確実に信じさせるためにわざと私に声をかけたのだろうから。
「あー、あなたがその子の上司だったのね。えっと森下さんでしたよね?昔、新田がお付き合いしていた…」
奥さんの発言に、結城の表情が変わった。日下が私を見る、私の表情も変わったはずだ。
_____この人、知ってたんだ、知ってて結婚式に招待したんだ…
考えてみたら当たり前のことだ、女の親友なんて紹介の仕方もおかしいし。私は聞こえないふりをした。
「新田さんは、日下のことを何か誤解されていたので説明しておきますね。こちらが日下さんの恋人の結城君です。見た目も仕事っぷりも我が社では一番かもしれません」
結城は慌てて日下から離れようとしていたけど、日下はがっちりとホールドして離さなかった。
「あ、そうか…なるほど」
健介は視線を外す。
「そういうわけで、奥様、私は新田さんのことはなんとも思ってないので、安心してくださいね。格段に結城先輩の方がいい男ですから」
まるで勝ち誇ったような言い方の日下。今日二度目のグッジョブ!
じゃあこれで、と日下は結城を引きずって行ってしまった。奥さんの口元が歪んで、小さく舌打ちが聞こえた。