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「大事です。私、好きだもん。ミルヴェイユが好き。でも、今回のことで好きってだけでは守れないってことが分かりました。槙野さん助けてくれますか?」
大事かと聞かれて、美冬は迷いなく好きだと答えた。
それが真っ先に心に浮かんできたことだったから。
美冬の企画書を持って立ち上がった槙野が美冬を一瞥して鼻で笑う。
「それなら、いっそ契約婚でもするか?」
突然頭の上から聞こえてきたその言葉に美冬は身体を動かすことができなかった。
──契約婚!?
ドラマやコミックスでは見たことがある。結婚前に様々な条件を決めて婚姻することだ。
契約がある分、利害関係もハッキリしやすい。
「契約婚……?」
それならば、祖父の条件にも当てはまるし、お互いが条件なら面倒も少ないのかも。
悪くはない、と美冬は判断したのだ。
「ま、お前には無理だろうけどな」
そう言った槙野は美冬の顔を見て、ふっと余裕のある笑みを浮かべ、立ち上がり書類を手にして、美冬に背中を向けた。
(行っちゃう!)
美冬はガシッと彼の仕立てのいいスーツを後ろから掴む。
「なんだ?」
その顔は不機嫌そうだ。
ぎゅっとスーツを握った美冬の手元を見ている。
分かるわよ。高級スーツなんでしょ。シワになったって知らないわよ!
「……待って……」
つい、引き止めてしまった。
「なに?」
緩く髪をかきあげた槙野は美冬を見る。
その先美冬が口にする言葉なんて想像してもいないんだろう。
小馬鹿にしているのか見下しているのか、身長が高いだけなのか、その全部なのか、上から見られて美冬は一瞬怯みそうになった。
怖い!でも負けないからっ!
「するわ……」
「は?」
いつも人を睥睨するような槙野の瞳が一瞬大きく見開かれた。
「するわって言ったのよ。契約婚、する」
「お前……なに考えて……っ」
「自分が言ったのよ! 責任とってもらうから」
チッと舌打ちの音が聞こえて、美冬はその大きな身体に息もできないくらいに抱きしめられた。
「全くお前は……。覚えてろよ」
え……と美冬が思う間もなく、情熱的に唇を塞がれる。
それは美冬が知っている今までのどんなキスとも違って、肉食獣のような彼にふさわしい食べられてしまうかと思うようなものだったのだ。
唇を重ねるだけなんてことは許さないと言わんばかりに遠慮なく、美冬の口の中に舌が侵入してきて、逃げてももう逃さないと絡ませられる。
口の中で擦れる舌の感触が妙に官能的で、腰がぞくんとするのを止めることはできなかった。
無理に奪うようにされているはずなのに、求めているかのように彼に身体を預けてしまう。
「だったら、お前が持っているその重荷は……俺にも渡してもらうからな!」
息を継ぐ合間に囁くように、けれど強く言われたその言葉は、キスで頭がぼうっとしてしまっている美冬には聞こえていなかった。
──な、なに……? 今、なんて言ったの?
「だいたい、契約結婚というものが何なのか、お前に分かっているのか? おい、腰を抜かしている場合か?」
舌打ちして抱き上げられて先程のソファに運ばれて、膝の上に乗せられて、真顔で説明される。
だって……キス上手くない?
チカラ、抜けてしまった……。
あとこの状況、なに?
「お前に事情があるように俺にも事情がある」
真っ直ぐに目を見られてそんなことを言うので、美冬は見返して首を傾げた。
「その事情って……?」
今の今まで自信満々で肉食獣のように攻撃的だったのに、美冬が事情を尋ねると急にふっと目を逸らせる。
その姿は耳を垂れた大型犬のようだ。悪いことはしていません、という顔。
しかし実家に犬がいる美冬は知っている。
これはやらかした時の顔だ!
「今は言えん……」
「まさか借金とか……」
「なわけあるか! お前俺が金無いように見えるのか!?」
高級スーツはおそらくオーダー、シャツも同じくオーダーなのだろう。
スーツの襟元から見えるだけだが、生地も仕立ても相当良さそうだ。
ネクタイもブランドもの。
髪をかきあげた時にちらりと見えた時計もスイス製の高級腕時計だ。
おそらくそれだけで車が買える。
「見えませんね。じゃあ……女? 女性トラブルとか困るんですけどー」
美冬は口を尖らせる。
槙野はぎりっと奥歯を噛み締めて美冬を睨む。
「そのトラブルを回避するためだろうが!」
ん?気のせいかな? ほっぺた、赤くない?
「じゃあ、契約婚って、槙野さんにもメリットがあるってこと?」
「あるな」
「じゃあウィンウィンですね! シナジー効果もバッチリ! ん? これって政略結婚?」
美冬がそう言うと槙野にもうすっごくバカにされたような目で見られた。
その顔、止めて欲しい! 書いてあるのよ。顔に! お前はバカか!? って!
「いいか? 政略結婚というのは結婚当事者の家長や親権者が家の利益のために、当人たちの意向を無視してさせる結婚のことなんだよ」
確かに別に家長に家の利益のために意向を無視された、ということはない。
「そっか……」