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実際にこの契約婚の話を進めるとしたら、これは美冬と槙野がお互いにメリットがあると判断してお互いに決めたことだ。
「契約結婚は結婚に際し結婚生活に関する事項について、あらかじめ夫婦になる者達の間で取り決め、つまり婚前契約をした上で結婚をすることだ」
──夫婦……。
槙野にそう言われてそんな場合ではないのに、ついそんな言葉を心の中で噛み締めてしまった美冬だ。
「やっだー! 夫婦とかー!」
そんな言葉に思わず照れてしまって美冬は目の前の槙野の肩をバシッと叩く。
「痛いんだが……」
「分かったわ。契約結婚、ね」
「気のせいか、お前はしゃいでないか?」
槙野から呆れ気味の声が聞こえた。けれど、美冬はそんなことは気にしない。
「えー、はしゃぎますよー。したかったもん結婚。おじいちゃんは安心してミルヴェイユを任せてくれると思うし、契約ってあらかじめいろいろ決められたら、あとで聞いてなかったー! とかないのでしょ?」
美冬の明るさに反して槙野の首が折れてゆく。
「お前……恋愛とかしたいとか思わねーのかよ……」
俯いた槙野からそんな低い声が漏れてきた。
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「好きな奴とか付き合ってるやつは、いないのか?」
「それ、最初に確認して欲しかったけど、先ほどもお伝えした通りでおじいちゃんが心配するレベルでいないんですよね」
美冬のそんな言葉を聞いて、槙野はふ……っと笑った。
「ふうん? じゃあ、お互いに利害は一致しているんだな。では今度詳細なお互いの条件について詰めよう」
「分かりました」
「おい、結婚するならミルヴェイユの社長は降りなくていいわけだが、この案件については俺の預かりで構わないか? 悪いことはしない」
そう言って槙野は美冬と一緒に手にしていた書類を振って見せた。
確かに、結婚するのなら美冬の社長問題は回避される。
でも経営状態はせっかくなので改善はしていきたいし、その件について槙野が案件にしてくれるのなら言うことはなかった。
「お願いします」
美冬は槙野の膝の上で頭を下げたのだった。
* * *
その週の金曜日だ。美冬の会社のメールボックスに槙野からのメールが入った。
題名は【契約の件について】
契約について詳細な内容を詰めたいので、今日の夜に時間を作って欲しいということだった。
(あれ、ちゃんと本気だったんだわ)
その後は特に連絡もなかったので、夢でも見ていたのかと美冬は疑いだした時期でもあったから。
美冬は手帳を確認する。
今日は夜も特にアポイントメントは入っていない。
『時間はありますので、よろしくお願いします』
そう送り返すと、すぐに返事があった。
メールには駅前のタワーの最上階のレストランのURLが貼ってある。
そこの個室を用意した、ということだった。
そして、連絡先を返送してくれと書かれてあったのだ。
そう言えば、個人携帯やメールアプリなどの個人情報の交換はしていなかった、と美冬は個人携帯の連絡先をメールに添えて送った。
美冬は社長室のパーテーションの奥にある全身鏡を見る。
美冬がお出かけ前に必ずそこで全身をチェックしてから出るためだ。
『ミルヴェイユ』のスーツはカッコいいけれど、フレンチレストランにはどうなんだろう?
少し考えた美冬はデザイン室に向かった。
「あ! 社長! こんにちは!」
「お疲れさまー」
デザイン室に入ると美冬は社員達に歓迎される。
「どうしたんです?」
「私がデートに行く、として服を着るとしたらどんなのがいいかしらね?」
そう言って美冬が首を傾げると、猫の耳がピンっとした時のような表情になる社員達である。
「社長! デートですか?」
「するとしたら、だってば」
社員にとって、美冬は美人で自慢の社長なのだ。
「夜の高層ビルのフレンチレストランで結構高級な雰囲気のお店かな」
ちょっと特別な気分で特別な服。
まさにミルヴェイユのコンセプトにぴったりではないか。
「社長! これはどうですか?」
そう言ってスタッフが持ってきたのは、ピンクのワンピースで肩が出ているデザインだ。
けれど、その上を品のあるベージュのチュールで包んでおり、袖も長めなのでセクシーになりすぎず可愛らしい。ウエストと袖がサテンで飾られているのもいい。
今までは槙野は、美冬のスーツ姿しか見ていないし、美冬も普段はパンツスーツが多いので、ミルヴェイユの服を見てもらうにはいい機会だろう。
まさか、槙野に着せるわけにもいかないのだし。
「うん! これにする」
「きっと似合いますよ」
デザイン室の奥にはフィッティングルームもあるので、美冬はそこで着替えをする。
シャッとカーテンを開けて出てきたら社員達が釘付けになっていた。
「社長~! めちゃくちゃ可愛い!」
「チュールとワンピースの色違いも展開しようと思ってるんです。ワンピースはグリーンとか、パープルとか」
「でも社長はデートなので、このピンクでお願いしますね!」
ミルヴェイユの洋服は今こうして美冬を囲んでいるデザイナー達が作っている。
美冬が囲まれている中、デザイン室のトップである石丸が打ち合わせから返ってきた。
「ああ、そのワンピやっぱ可愛いよな」
「ねー、似合いますよね! デートって感じで!」
「デート? デートなの? 美冬?」
「打ち合わせなんだけど、高級フレンチなのよね」
「うち合わせで高級フレンチ? ふうん……。でそのワンピはどう?」
石丸が近付いてきて、サイズが合っているか、確認している。
「むちゃくちゃ可愛くて気に入った!」
「ラインに乗せようと思ってる」
「いいんじゃないかな」
わーい!とデザイン室のみんなが喜んでいた。
可愛くて、綺麗な服は自分の気持ちも盛り上がる。
やはり、ミルヴェイユが好きだと美冬は思った。