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※原文(笑)通り進めるとなかなか終わらないのでここでは情報一気に出していきます。
天井は白い。いつもと変わらないはずの、ただの天井。でも、今は、それがずっと、見ている気がする。
誰の目よりも冷たく、無表情で。
動けない身体ごと、ここに貼り付けられているような感じがした。
──日下部だった。
まぎれもなく、あいつだった。
扉が開く音と、誰かの気配。そのあとすぐに、背中を貫くような視線。
あの目は、昔から変わらなかった。
見透かすようで、何も語らず、でも全部わかってるみたいな目。
どうしてここにいる?
なんで、よりによってこのタイミングで、オレの前に出てきた?
なんで、こんなふうに見下ろされてる?
怖い。
本当に怖いのは、何をされるかじゃない。
何を言われるかだ。
家より、学校のほうがマシだなんて、思ったことはない。
どっちも地獄だ。
どっちでも殴られるし、命令されて、笑われて、見られて。
でも、学校のことは……もう、見られてきた。
毎日、何時限目にどこで何をされるか、あいつらはスケジュールみたいに決めてる。
掃除用具室、トイレ、保健室、階段裏──
どこも、密室になる場所。
オレの制服は、脱がせやすいように着させられて、
口を開かせるために、叩かれて、つかまれて、押し込まれる。
録られて、笑われて、それが“日常”になってる。
……でも、家のことは違う。
あそこは、“まだオレだけの地獄”だった。
晃司の手の癖も、玲央菜が指を這わせる場所も、沙耶香の笑い声も、
颯馬の重さも、父親の吐く酒の匂いも──
それは、オレの中だけにあった。
まだ、「オレの傷」として保たれていた。
だから、耐えられた。
そう思えなくなったら、もう立てないから。
でも──
あいつは知ってる。
全部じゃなくても、日下部はずっと前から、察してた。
オレが何を言わないか、何を黙ってるか、どうして笑えないか。
日下部だけは、昔から「知ってるやつ」だ。
……それを、バラされたら。
家のことまで知られたら、きっとオレは、「哀れなやつ」にされる。
「しょうがないよね、あの家庭じゃ」
「だからこんななんだ」
「だったら少しくらい……」──
それが一番怖い。
“理由”がつけられた瞬間に、オレは終わる。
「痛み」は、誰かに説明されたら、その時点で「他人のもの」になる。
オレの痛みは、オレだけのままでいてほしかった。
汚くて、醜くて、誰にも言えないままでいい。
その代わり、誰にも渡したくなかった。
学校で何をされてようが、
「家庭でこうされてるから壊れてるんだ」って思われるくらいなら、
黙ってたほうがマシだった。
“愛人の子”──
オレが生まれたこと自体が、誰かの不倫の証で、裏切りの象徴で、
父親の正妻にとっての、呪いの証明だ。
義母がオレを見下す目は、まるでゴミを見るみたいだった。
沙耶香も玲央菜も、オレのことを「同じ姉弟」と思ったことなんて、一度もない。
晃司は……
あいつは、違う意味で“オレだけ”に執着してる。
オレが“そういう存在”だから。
「血が違うから」「守られないから」「言えないから」「諦めてるから」
だから、好きにできるんだ。
それを、あいつらは知ってる。
もし、学校のやつらにそれを知られたら──
ぜったいに面白がられる。
笑いながら、「ああ、だからか」って言われる。
先生に知られたら、「事情がある子」として、変な同情をされる。
どっちも地獄だ。
“可哀想”にされるくらいなら、
何も知られずに、“笑いもの”のままでいたほうがマシだ。
家庭のことまで“共有されたら”、
地獄が、ひとつになる。
オレの逃げ場が、全部、なくなる。
もう、オレという存在を守ってくれる“他人に見せてない部分”が、なくなる。
壊されるのは慣れてる。
でも、晒されるのは──まだ、無理だ。