テラーノベル
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椅子が固い。背もたれが、背中に当たるたびに、さっき押しつけられた場所が痛む。
何度目だろう。
「ちゃんと授業に出ろ」と、無理やり制服を着せられて連れ戻されるのは。
シャツの中、肌が擦れてヒリつく。
指を入れられた場所がじくじくと重い。
見えない場所に、見えない痣がいくつもできてるのがわかる。
脚を閉じて座るのも、少しの角度が痛い。
でも、姿勢を変えようとすると机が軋んで、誰かの視線がくるから、動けない。
空気が静まり返った。
教室の前方、扉が開いて、教師の声が響いた。
「今日からこのクラスに転入してくる生徒を紹介します」
立っていたのは──日下部だった。
一瞬、息が止まった。
声も、姿勢も、あの頃と変わっていない。
でも、少しだけ背が伸びていた。
目つきだけは、何も変わっていなかった。
「あー……日下部拓真です。よろしく」
何人かが「イケメンじゃん」とか「知り合い?」とかひそひそ言っている。
担任が「じゃあ、空いてる席に──」と指差したのは、遥の斜め後ろの席。
……隣、じゃない。
でも、近すぎる。
汗がにじんだ背中に、冷たい空気が張りついて、さらに痛む。
日下部が教壇から降りてくる。
無言のまま、教室の床をゆっくり歩いてくる。
誰も気にしていない。
先生も、クラスも、何事もなく進んでるつもりでいる。
遥の隣を通った瞬間、日下部がかすれた声で言った。
「……また、ひどいやられ方してんな」
背筋が凍った。
指先から血が引いた。
ふっと、息が漏れた。
そのまま、日下部は何もなかったように椅子に座った。
顔も見ていない。
ただ、“知ってる”という事実だけを、置いていった。
遥は、前を向いたまま、動けなかった。
目の奥が乾いていて、涙も出ない。
身体の痛みと、首筋を這う冷や汗だけが、生きている証みたいに感じた。
どうして。
なんで、今ここに、あいつがいるんだ。
なぜ、地獄が一つに重なるようなことが起きるんだ。